月野の過去

第7話 「好きになろうと思ったから」

 月野莉乃は中学時代、今のように学校一の美少女と謳われていたわけでもなく、地味で目立ちもしない至って普通の女子生徒だったのだという。


 今の月野からは地味な月野なんて想像できないし、にわかには信じ難い。


 しかし、月野本人がそう言うのだから中学時代の月野が地味だったと言う話は事実なのだろう。


「私ね、中学時代は地味な女の子だったっていうのに、気持ちが抑えきれずにクラスで一番人気だった男の子に告白したことがあるの。例えるなら藤堂君が今の私に告白するみたいな感じかな」


 ……昔話をしているはずなのにナチュラルに俺のことをディスってきている気がするが、いちいちツッコんでいたらキリがないので無視しておこう。


 俺をディスしていることが気になってインパクトが薄れてしまったが、毎週のように告白されている程の美少女である月野が、中学時代男子に告白をしてフられているというのは衝撃の事実である。


 他の生徒に話せば一瞬で学校中に広まり、その時期の話題を席巻するレベルの内容だ。


 そんな話を俺たちにしてしまっていいのか疑問ではあるが、それだけ俺たちを信頼してくれているということなのだろう。


 気になる部分は多いが、まずは月野の話を最後まで聞いてみよう。


「それでね、私がその男子に告白して振られたって話題は瞬く間に学校中を駆け巡って、『身の程知らず』『勘違いブス』って呼ばれていじめられ始めたの」


 月野がいじめられていた……?


 一瞬で俺のキャパを超えていく情報が次々と押し寄せてくる。

 今のイメージからは、月野がいじめられていたなんて考えらはない。


 とにかく、中学時代に月野に対してそんな言葉を投げかけた奴らに、今の月野を見せてギャフンと言わせてやりたくなるな。


 仮に月野の外見が相手の男子に受け入れられるようなものではなかったとしても、告白をする権利は皆に平等に与えられている。


 その権利を剥奪するような言葉を投げかける権利は誰も持っていないし、それがきっかけでいじめをするだなんてあってはならない。


「何それ、最っ低。この場にいたら目潰ししてやりたいところなんですけど」


 目潰しはやめようね。痛いから。


「そう言われ始めたことには腹が立ったけど、正直その通りだなと思って。あの時の私、何も努力してなかったから。でもね、そんな経験があったから、高校では誰にも文句言われないくらい可愛くなってやるって頑張って、可愛くなって、今の立場を手に入れたんだよね」


 月野はただ自分を虐げてきた奴らを仲間だけではなく、自分に足りなかった部分を認め、自分を磨き、今の立場を手に入れたのだ。


 ただわからないのは、月野がなぜ俺たちに素性調査を依頼してきたかである。


 そもそも月野には男子と付き合う気はなさそうだし、昔のトラウマ的なものを克服できたのであれば、俺たちに素性調査を依頼する必要なんてないだろう。


「……なるほどな。それで、中学時代みたいに好きな男子作って告白したりはしなかったのか?」


「……男の子のことをね、好きになれなくなったの」


 月野は過去と向き合い、努力をして今の立場を手に入れた。


 それでも、中学時代にいじめられる原因となった男子に対する恋心や告白という者に対しては、拒否反応のようなものを示してしまうのだろう。


「それだけならいいんだけどね。告白されるってことは、オッケーって返事をしたら付き合うってことでしょ? そう考えると、その相手のことを知ろうとするのも怖くて」


「だから代わりに俺たちに素性調査をしてほしいってことだったのか」


「うん。まあそれだけじゃなくて、シンプルに告白してくる人数が多すぎてその相手のことを知る時間が足りないっていうのは本当にあるんだけどね。それに、男の子のこと好きになれないとか言ってるけど、告白を断られた時の気持ちは痛いほどわかるの。だからね、できるだけ真面目に向き合った上でお断りしないといけないと思ってる」


 誰にだって苦手なことはある。


 それこそ俺は閉所恐怖症だし、狭いところは避けて避けて生きている。


 そんな俺と違って月野は、自分が苦手な男の子と向き合い告白の返事をしようとしている。


 こんなにすごい女の子のことを虐げていた中学時代の月野の同級生には、電気イスにでも座ってもらわないと気が済まない。


「とまあ昔話はこれくらいにしておこうかな。そろそろ知りたいでしょ? 私が藤堂君のこと、知りたいと思った理由」


 月野の話に夢中になって、もう一つの目的を忘れていた。


 しかも、月野の話を聞いたからこそ、その謎はさらに深まってしまっている。


 月野が俺を調査する目的とは一体なんなのだろうか。


「気になるから早く教えてくれ」


「……藤堂君のこと、好きになろうと思ったから」


「--え?」


 俺を調査しようとしている目的が、俺のことを好きになろうと思ったから?


 え、いや、あの、色々と矛盾が大きすぎて、もう探偵の頭脳を持ってしても何が何だかわからない状況となっていた。

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