1人目の調査

第5話 「私も君のこと、調査しちゃおっかな?」

 中野の素性調査を引き受けた俺は、土日の間に中野について徹底的に調べ上げた。


 まずは中野の自宅前まで足を運び、道路の隅に立っている電柱に隠れて中野が休日に何をしているのかを調査した。


 土曜日、サッカー部に助属している中野は練習着姿で家を出て練習に向かい、誰よりも真面目に練習に取り組んでいた。


 そんな中野を他の部員は大層慕っている様子で、上手くいかないプレーがあれば他の部員から中野に質問が飛ぶなど、中野に対する信頼は側から見ている俺にも容易に伝わってきた。

 三年生がいなくなったらきっとキャプテンなるのだろうと、そう思わせる程の姿だった。


 翌日日曜日、中野は自宅であるキッチン中野という定食屋の仕事を手伝っていた。


 外から見ているだけだと詳細がわからなかったので、中野に気付かれないようメガネとマスクで変装して潜入調査を実施した。


 仕事中の中野はサボりることなく終始真面目に働いており、どのお客さんとも仲良さげに会話をしていた。


 中野の両親も非常に人当たりが良い人で、付き合って最終的に結婚したとしても問題はなく、更にはキッチン中野は大繁盛しているため、お金に困ることもないだろう。


 これだけ調べれば十分かとも思ったが、一応聡乃には女子's Networkを駆使して中野の情報を集めてもらうようお願いした。


 女子's Networkの中で中野に関する悪い情報は一切なく、むしろどの女子も中野と付き合いたいと思っている程のモテモテイケメンだった。


 月野も女子's Networkに入っていると言っていたが、悪い情報が見つからなかったのが逆に怪しかったのかもしれない。 


 調査づくしの土日を終えた俺は日曜日の夜に調査結果をまとめ、月曜日の放課後、月野を探偵部屋に呼び出し全てを話した。


「……とまあこんな感じで、正直言って振る理由は全く見当たらなかった」


「なるほどねー……。てかすごいね。完璧に調査してきてるじゃん」


「そりゃまあそれが仕事だからね」


「え、しかもこの資料土日だけで集めたの?」


「そうだがなにか?」


「……暇人だね」


「賞賛されると思いきやまさかのディス⁉︎」


「暇人じゃないと探偵なんてできないよね」


「助手が探偵を馬鹿にするなよ⁉︎」


 相変わらずこの二人の連携には手を焼く。


「嘘だよ。本当にすごい。私のためにここまでしてくれたの、藤堂くんが初めてかも」


「俺は依頼があれば依頼主のために全力を尽くすからな」


「ふーん……。すごいね」


「探偵活動に対するやる気だけはすごいからね」


「サトノン君、君本当に助手?」


「うん、でも本当にすごいよ。びっくりした。だって藤堂君って普段クラスでは全く目立たないし、こんなにすごいなんてびっくりだよ」


 探偵は自分が探偵だと言うことを隠して調査をするもの。


 だから俺はクラスであえて目立たないようにできるだけ静かにしている。


 掲示板に貼っている調査依頼募集の張り紙にはアドレスしか記載していないし、依頼者たちには調査人が俺だと言うことは伏せてもらうようにお願いしているしな。


 俺が探偵だと言うことを知っている人間は数少ない。 


「これくらいしか取り柄がないからな。好きこそものの上手あれってやつだよ。それでどうだ? 中野は。付き合えそうか?」


「うーん……」


 この調査内容を聞いたら、『よし、じゃあ付き合う』と思える程度には素晴らしい素性をしていた中野だが、月野は歯切れ悪く、表情は暗い。


 これだけ完璧な中野にまだ何か求める部分があるのだろうか。


 それとも何か他の理由でもあるのだろうか。


「何かお気に召さない部分でもあるのか?」


「逆にお気に召さない部分がないから断れないというか」


「断る前提で考えてるのかよ」


「前提ってわけでもないんだけどさー」


 月野は恐らく何かを抱えている。


 そうでもなければわざわざ俺に告白相手の素性調査を頼んだり、中野程の好物件に難色を示すことはないはずだ。


 その何かがなんなのかはわからないし、きっとそれがなんなのかを訊くべきではないのだろう。 


「まあいいと思うけどな。告白の返事なんて告白された側次第なんだし」


「……へぇ。君は無責任な大多数の人間みたいに『ちゃんと返事しないと可哀想』とか言わないんだ」


「そりゃ言わないだろ。俺は月野からの依頼を受けて立場なんだから告白相手の立場にたって話す必要なんてないし。弁護士だって自分が弁護する側のことしか弁護士ないだろ? それと一緒だよ」


「……君、もしかして面白い?」


「今の会話のどこに面白いと思う要素があったんだ」


「よし、とりあえず中野君からの告白は断る」


 長考するのかと思いきや、意外とあっさりどう返事するのかを決めてみせた月野はすっきりした顔をしている。


「てか正直中野以上の物件なんていないと思うんだが? それでも素性調査は続けるのか?」


「うん。それはよろしく。もう次告白してくる人もわかってるしさ。ってことで早速次の調査をお願いしたいんだけど……」


「したいんだけど?」


「私も君のこと、調査しちゃおっかな?」


「……は?」


 月野が俺を調査する……?


 え、別に俺月野に対して悪いこととかしてないよな?


 じゃあ月野が言う『調査』ってなんなの?

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