第一話 不自由な少女
✣*✣*✣
――ポォォォォォォォォォォオッ!
「……ん」
旅行用のホテル式汽車の一室で
「ん〜……! ふぅ……」
半身を起こしてからひとつ伸びをして、ベッドから降りて窓際の椅子へ。
普通に座っては見えづらいので膝立ちになって窓から外を見れば目に入るのは線路を通したけれど、一目ですぐに分かるほどまだまだ未開拓の地。
駅近くとなればもう少し人っ気も出てくるだろうけど。それでもここ数十年に及び、数年前に運行を始めた機関車鉄道計画によって集められた開拓民による開拓村。観光できるほどの設備も特産物もない簡素な場所でしかない。
つまるところ、同じ景色がずっと続いているということ。
「もう
ではどこへ向かっているかといえば。軍事国家ジェルマンニールには珍しく伝統深い場所で、近々大市を中心としたお祭りが開催される場所。
廃棄処分も兼ねた大きなバザーは時に掘り出し物も多く出る。伝統衣装を着た踊り子達によるショーやパレードもあるけれど目玉は掘り出し物漁りの方。
とはいえ、食文化の違う外国人からすればただの出店ですら観光対象。子供となれば尚の事。全てが物珍しく、心踊らせるだろう。
……なのだけど。
「暇……ね」
問題は道中。
旅の始めはワクワクもした。高揚感で最初の夜はなかなか寝付けなかったくらいに。
しかして。同じ景色しか続かず、暇を潰せる物も対してなければ子供には辛かろう。
大きなベッドが二つに三人掛けのソファが二つ。間にテーブルが一つ。それから窓際に景色を楽しみながらお茶を飲むための椅子が二つ。お茶用のテーブルも窓側の壁に取り付けられていて、身だしなみを整える為の化粧室とバストイレが一緒になってる場所も部屋の備え付けされているほど広いスペースはあるにはある。お人形遊びだとかボードゲームくらいなら十分。
ではあるが、如何せんこの少女。まずもってお人形遊びはあまり好きじゃない。ぬいぐるみも買い与えられはするが、特に心動かされることもない。
代わりに好奇心や知識欲が強いので勉強は好き。だから旅行自体は楽しみだったし、人形やぬいぐるみの代わりに持ってきたのが八百ページ超の分厚い医学書だったりする。
……けどそれは。
(他にすることがないとすぐ読み切ってしまうのよね)
例えるならば、二百ページほどの小説を一日一冊読んでる方ならばわかるだろうか。八百ページならばそれが四巻分。単純に四日で読み終えられる。
もちろん文字数や内容で読む速度が変わる。そうだとしても他にやることがなければ? 例えば休日とかならば二巻読めたりはしないだろうか? なんならもっと。
彼女に起きてるの正にそれ。故に彼女は特に何を目的にするでもなく無表情なままボーッと窓の外を眺めているわけだ。
(あ、そういえばパパとママはどこに行ったんだろう?)
寝起きだからか気づくのが遅れた。部屋には自分ひとりだけということに今気づく。
(まぁ、いっか。そのうち戻るでしょう)
「すぅ〜……はぁ〜……」
ため息ひとつ。また窓の外を眺めて。ふと目に入った鳥を目で追ってみる。
そして、よく言われている言葉が頭に浮かんでくる。
(鳥は自由……ね)
「ふっ」
鼻で笑いながら無表情な彼女の口の端がコンマ数ミリほど上がる。いったい彼女はなにを思ったんだろうか。
(なんで、そう思うのかしら? 強要されてるに等しいだけなのに)
彼女の持論として。鳥は不自由である。
何故なら、鳥は飛ばなければ捕食される。飛ばなければ食事ができない。飛ぶことによって地を走ることが叶わない。
飛んでるほとんどの時間は巣作りや食事か逃走に当てなくてはならず、娯楽などの
故に鳥は不自由。空に逃げるしかなかったのだから。
(人間のが、よっぽど自由にしてると思うわ。生きるのに必要のない無駄を楽しめるんだから。普通に生きるだけなら死からは遠い場所にいるんだから。まぁ、自由という概念を持ってるのが人間だから不自由という感情も生まれてしまったんだろうけど)
「はぁ〜……」
達観したような。哲学的にも聞こえそうな持論で数十秒程度時間を浪費したところでコツンと額を窓につけて、目を細める。
(こんなこと考えてはいるものの、私も結構不自由を感じてるのよね。ずーっと。フフ。贅沢)
内心では自虐的に笑ってるつもりでも、
自由に笑えない。これが彼女の感じる不自由感というやつ。
ここまでくればおわかりになると思うが、彼女は少々変わっている。
「とーりさんこーちら〜♪ グーリルのほうへ〜♪ ……フフ」
暇を持て余し、思いつくまま歌えば少々ブラックジョーク気味だったり。先の考え方もそう。ただ鳥を見ただけで自由について持論を展開してしまったり。齢十一で医学書を読んでいたり。ついでに他者からの評価と自己評価がズレていたり。
どこがズレてるかと言えば……おっと。
――ガチャ
「あ」
扉が開き、ズレを証明してくれる人物たちが帰ってきたようだ。
そう、この少女の両親。父――チャーリー・イングリスと母――ローラ・イングリス。
「おかえりなさい。パパ、ママ。どこにいっていたの?」
「あぁ、ただいま。この前ジェルマンニールの中央医学院に向かっている先生と知り合ったろう? その方と少しおしゃべりをね。キャシーも寝ていたから置いていったんだが……寂しかったかい?」
「…………うん。目が覚めたらひとりだったからとっても驚いたわ」
「そ、そうか……すまない」
「ううん。ママは? どうしてたの?」
「私は売店でキャシーのおやつを探してたの。ほら、見て? キレイな輪っかでしょう? チョコレートもかかっててきっと美味しいわ。もうお昼の三時だし、お茶にしましょ?」
「うん。ありがとうママ」
「……よろこんでくれて嬉しいわ」
娘との短い会話の終わりには二人共必ずと言っていいほど悲しげな表情を見せる。
その理由は単に娘の表情が動かないから。
声は喜んでいるはずなのに、顔がほとんど動かない。まるで人形のようなキャサリン。
頭の中は実に愉快な子なのに。この両親からすればキャサリンは心を閉ざして、けれど
父は思う。この子は既に難しい医学書を読めるほど聡明で、自分たちに気を遣える優しい子で。将来は立派な医者になるだろうと。
母は思う。とても優しい子なのに全然喜んでるようには見えない。お菓子をあげてもどんな物でも黙々と食すだけ。可愛らしいお人形をあげてもその場では抱きかかえるも翌日には箱にしまっている。それに、日曜学校に行かせても友達がひとりもできない。こんなの正常な子供なわけがない。きっと心の病気なんだと。
正直、この二人の認識は半分は当たっている。
キャサリンはとても聡明。頭の良い子。既存の認識に囚われず、自分の意見を持っていて、到底子供とは思えないほど。ただ知識が頭にあるだけじゃないというところがミソ。あと、両親に気は遣ってる。ものすごく。
キャサリンは人形に大した興味はない。好奇心も知識欲も刺激しないから。でも母からの贈り物故にぞんざいにも扱えず、とりあえずしまうしかない。そして友達はいない。なにをしてもされても顔が同じなのでよく叩かれてはいるけれど。
違っているのは別に優しいわけじゃないこと。叩かれたりしたら普通に痛いし。殺意くらい湧く。それに、凡人基準で優しかったら解剖なんてできやしない。すでにカエルやら川魚やらネズミは
他に違っているのは心の病気とは少し違う。発達障害とかではあるだろうけれど。顔が動かないのもただ癖になってしまっているだけ。だからお菓子を黙々と食べるのもただ美味しくて集中しているから。
これが両親の認識と実際の彼女とのズレ。そして、これが。
「このチョコレート、すごく黒いわ。血が固まるとこんな風になるよね。……あ、剥がれ方も固まった血みたいパキパキって」
「「…………」」
「……とってもおいしそうだわ。いただきます」
(はぁ、せっかくのジョークなのに。今回も相手にしてくれないのね)
心なしかしょぼんとした顔になったような気がしなくもないけれど。本人ですらその表情の変化に気づかない。
(あ、おいしい。お高いやつだからかしら? それともアンゲリィよりもお
「……私達もいただきましょうか」
「そうだね」
キャサリンが黙々と食べ始めるのを見て、両親もお菓子へ手をつける。
会話は弾むことなく、淡々とティータイムは流れゆく。
(本当……気が重い。どうしてパパもママもこうなのかしら?)
どうしてこんなにも心配されてるのかわからない。
どうしてこんなに気まずげにされてるのかわからない。
どうして毎回ジョークを無視されてるのかわからない。
自分はユーモラスで、会話を繋げようとして、なにより――。
こんなにも、良い子にしているのに。
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