第35話 『粋』領にて

 コウジュは一回施設の守護者からは外してボクの直下に置くこととなった。


 そして、ミレイさんと一緒にタイガさんの遺体を『粋』領へと運ぶことにした。


 もちろん、戦場となったところを通る。

 嫌なものを見ることにはなるけど、仕方がない。


 この領は一時的にモーザさんに任せる。

 なんとかモーザさんも生き残ってくれたから。

 本当に生きていてよかった。


 タイガさんの遺体は棺に入れて前と後ろでボクとコウジュが持って移動することにした。

 戦場にはまだたくさんの遺体があり、見るも無惨な遺体が広がっている。


 そこに『覇』領の人のお面が見えた。

 その横には見知った顔が。

 思わず立ち止まった。


「どうしたんすか?」

「シュウイ? あんまり見ない方がいいわよ?」


 コウジュとミレイさんの声がしたけど、今はそれどころじゃない。


「ごめん。ちょっといいかな?」


 棺を置いて駆ける。

 ボクの見下ろす先には異様な面を付けた爺ちゃんがいた。


「嘘でしょ?」


 ボクはその場に膝をついてその顔をじっくりと見た。たしかにその人だ。


「それはだれっすか?」

「シュウイ? それが『覇』領の領主よ?」


「この人が『覇』領の領主……この人は…………ボクを育ててくれた……爺ちゃんなんだ……」


「えっ?」

「そんなことって……」


 まさか爺ちゃんが領主だったなんて。

 知らなかった。

 神様? なんでこんな仕打ちをボクにするの?


 なんでボクの大切な人ばかり……。


 ううん。ボクも誰かの大切な人を奪ったんだもんね。


 ボクだけじゃない。


 でも、悲しいものは悲しい。

 いつか会いたいと思ってた。


 爺ちゃん。意志を継いでもいいかな?


 爺ちゃんからも『覇』の文字を受け取った。

 これは人を支配することが出来るみたいだけど、使い方次第みたい。


 目から出た物が頬をつたい顎から爺ちゃんに落ちた。

 なんだか爺ちゃんが微笑んだように思えた。

 気の所為かもしれないけど。


「シュウイ? 大丈夫?」


 ミレイさんが心配して声をかけてくれた。


「うん。大丈夫」


 ボクにはミレイさんが居てくれるから。

 それだけで十分。


 また棺を持って『粋』領へと向かう。


 門には以前居た人が立っていた。


「ミレイじゃないか! そっちはシュウイか!? 二人ともちょっと見ないうちにやつれたんじゃないか?」


 それはそうかもしれない。

 ボクもご飯が食べられないんだ。

 この人は知らないからな。


「その棺は誰のだ? 一応、不審物じゃないのを確かめなきゃ行けない」


「見ておくれ」


 ミレイさんが許可を出し、棺をあけさせる。

 目を見開いた門番は震えだした。


「おい……嘘だろう?」


「この前の戦いでね……」


「あの一戦で死んだってのか? あんなに強かったタイガさんが!?」


「それが現実だよ。今回は領民への説明と供養に来たのさ」


 ミレイさんが説明すると涙を流し手を合わせた。そして一言、「ありがとう」と言って職務へ戻った。


 門をくぐると街への道のりで領民から声をかけられては説明をして歩いた。


 そしてタイガさんのいた街に着いた。

 懐かしい。

 そんなに離れて経ってないのに、とても昔のことのように思える。


「おぉ! ミレイちゃんじゃないか! タイガさんはどうした?」


「街の人を集めてもらえるかな?」


「あぁ! 少し待っていてくれ!」


 お爺さんにそうお願いする。

 少しすると人が集まってきた。


 ボクは棺を開けて見せた。


「みなさん、タイガさんはここに居ます」


「あぁ。タイガさん」

「えぇ!? どうして」

「タイガさん……死んじゃダメだよ」


 コウジュは街の人たちの前へ出た。


「タイガさんは、自分が原因となった戦いで死にました。自分のせいなんです! みんな、ごめん!」


「なんでコウジュが?」

「タイガさんを慕っていたのに……」

「どうして……」


 コウジュが頭を下げると口々に疑問を言い始めた。


「みなさん、コウジュのことはボクの責任です! 隣の領主を勤めていたボクが『獣』領からの和平の使者を死なせてしまいました。そのせいで起きた戦いでした。ボクの責任です! すみませんでした!」


 辺りは静まり返り、罵倒されるかも。

 そう思うと身体が震えた。

 元いた街とはいえ、恐い。


「タイガさんは粋な最後だったかい?」


 一人のお爺さんが呟いた。


「はい! ボクたちを助けてやられてしまいました。立派な。カッコイイ粋な最後でした!」


「それなら、タイガさんも納得するだろう。なぁみんな? それが本望だったんだよな!?」


 お爺さんは皆にも語りかける。

 すると、


「そうさ! それがタイガさんの希望だったんじゃないのかい?」

「あんた達が生きているからいいじゃないか!」

「本当にいい領主だったよな」


 口々にタイガさんのことを思い出し語る。

 それは供養するのと同じじゃないだろうか。


 ボクたちはもっと罵倒されると思っていた。


 目をキョトンとさせていると近くにいたおっちゃんが「なぁにを惚けてるんだ?」と聞いてきた。


 それはあんた達だろうと言いたかった。

 ボクたちはタイガさんを死なせてしまったんだ。こんな軽い話ではないんだ。


「シュウイ、腹ぁ減ってねぇか? また麺汁食べるか? そんなに痩せちまって、肉をつけなきゃダメだぞ? お前さんが領を立て直さなくてどうすんだ?」

「そうだよ! シュウイ! しっかりしな! 粋に生きるってのはねぇ、大変なんだよ!?」


 街の人たちからの激がボクの悲しみの氷を溶かし目から溢れさせていた。

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