第33話 ボクたちはどうしたらいいの?

 そこは見慣れた天井だった。


「あれ? ここは? なんで……」


 たしかあの時、タイガさんが死んじゃって。

 悲しくて悲しくて、もうこんなところどうにでもなっちゃえって思ったんだよね。


 その後にどうなったのかはわからない。

 服も着替えさせてもらってるし。

 もしかしてミレイさん? まさかね。


 なんだか力が入らない。

 フラリと立ち上がる。

 部屋から出るとシゴクがいた。


 こちらを見て目を見開いて固まる。


「……兄さん! ミレイさん! 兄さんが!」


 大きな声を上げて下へと降りて行く。

 ミレイさんは下にいるのかな。

 下へと一段一段階段を下りて行く。


 部屋から出てきたミレイさんが駆け寄ってきた。


 なんだか。ミレイさん、さらに痩せた?


「シュウイ……」


「あの……ごめ──」


 ──ガバッとミレイさんが抱き着いて来た。


 軽いなぁ。ミレイさん。


「シュウイまで死んじゃうかと思った」


「あのさ……一体、どうなったの?」


「本当に覚えてないんだね。あのね……」


 ボクが記憶のない間暴れ回ったこと。そしてあそこにいたほぼ全員が死んだこと。全部の領が壊滅状態だということ。


 そして、ボクが五日間も眠ったままだったことを知った。


「そんなに寝てたんだ。ごめんね。タイガさんのこと」


「シュウイが謝る事じゃないわ! あのバカ兄貴が最後まで格好つけたってことでしょう⁉」


「そうだね。最高にカッコいい最後だったよ」


 ボクはあの後正気を失って暴れ回るくらいおかしくなったのに。ミレイさんはちゃんと受け止めているんだね。


 やっぱり凄いや。

 実の妹なのに。ボクより冷静で。

 誰よりも悲しいはずなのに、ボクの心配なんかして。


 そんなに痩せちゃってさぁ。


「ミレイさん、ちゃんと食べてる?」


「ふふふっ。シゴクにも怒られたんだけどね。あんまり食べられないんだ」


「あんまりボクも強くは言えないけど、ご飯食べないとじゃない?」


 俯いて震え出した。

 段々と前へと屈んできてボクの胸に顔をうずめる。


「くっ……うっ……うぅぅ…………うぅぅぅ」


 背中をなでることしかできなかった。

 ボクが死んだらとも思って辛かったのかもしれない。辛い思いさせちゃったな。


「タイガさんのこと、ちゃんと供養しよう」


「……ぅん。まだ『粋』領の人に伝えてないんだ」


「そっか。話さないとだよね……」


 こうしているとミレイさんの温もりが伝わってくる。

 ボクたちは生きてる。


 あの時ボクが死んでいればタイガさんは死なずにすんでいたのかな。

 そもそもボクが領主じゃなければ良かったのかな。


 誰か違う人なら良かったのかな。


「ねぇ、ミレイさん。ボクがりょ──」


 口を塞がれた。

 すぐ目の前にはミレイさんの顔。

 暫く動けなかった。


「シュウイが生きててよかった」


 それは女神のような。

 悟りを開いたように神々しい笑みだった。

 その笑顔に見惚れてしまう。


「二人でどっかに逃げちゃおっか?」


 首を傾げ、今度は小悪魔のような笑みでボクを誘惑する。


「みんなに説明するのも悲しいしさ。もう悲しいことを知りたくもないじゃない?」


 ミレイさんの言いたいことは分かるよ。

 ボクも本当に逃げたい。

 部屋にこもっちゃいたい。


 でもね。ボクの内側からタイガさんが訴えてるんだ。


 生きろ!って。

 平和な世の中にするんだ!って。


「ボクさ、タイガさんが死んだ後意識なかったのに、『生』と『粋』の字を貰ってたみたいなんだ。だから、内側からタイガさんが訴えてるんだよ」


 ミレイさんは目を細めて怪訝な顔をした。


「兄貴が中にいたらうるさそう」


「はははっ。そうだね。なんか内側から生きろ! そして、平和な世の中にするんだ! って言ってる気がするんだ。なんていうかな。突き動かされるみたいな。そんな感じ」


「うわぁ。勘弁して欲しいわぁ」


 天井を見上げて笑った。

 そんな光景が目に浮かぶよね。

 タイガさんてエネルギーのある人だったから。


「ここからどうしたらいいかは考えながら慎重に進めようかなって。みんなにとってシビアなことだから」


「うん。そうだね。兄貴を慕ってくれていた人って沢山いたからみんな悲しむと思う」


「そうだよね。それこそ、お前が死ねばよかったのにって言われるんじゃないかって恐いよ」


 それがボクの本音。

 あの領に行きたくないのは責められるのが恐いからなんだ。


 そんな臆病なボクに一体何ができるだろう。


「それは、私も一緒よ?」


「えっ? なんで?」


「妹が死ねば良かったのにって。そう言われるんじゃないかって……」


「そんなこと!」


「あるんだよ。私はねぇ、昔から兄貴と比べられてきたんだ……戦いは強いしカリスマ性もある兄貴。私は戦いがそこそこ。希少な天漢だからチヤホヤされていただけ」


 そんなことないと思うけど。

 みんなミレイさんを見ていたと思ってた。


「みんな私へご馳走する時に言うの。兄貴にはお世話になってるからって……私は見てないの」


 たしかに最初にご馳走してくれたおじいさんもそう言っていた。

 今思い返せばミレイさんへ声をかける人はタイガさんにはお世話になってるよって声をかけていたかもしれない。


 そっか。

 ミレイさん、昔から苦しんでたんだ。


「シュウイだけが、私を見てくれた。シゴクもかな?」


「はい! ミレイさん! 今日もお綺麗です!」


 シゴクは安定してるね。

 そういえば、頼んでいたことがあったね。


「シゴク、例の件はわかったの?」


「はい! 使者を殺した人ですが──」


 ボクたちはまたどん底に落とされる。

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