第30話 獣の王

 「きさまらぁぁ! 気を抜くなぁぁ! 悪魔をたおせぇぇぇ!」


 虎さんはまだそんなことを叫んでいた。

 あの人たぶん話の分からない人だよね。

 仕方ないよ。そう言い聞かせるしかない。


 「【ぶっとべ】」

 言霊を使い、正面に居た獣人たちを吹き飛ばす。


 そいつらは懲りずにボクへと立ち向かってくる。

 虎は高みの見物を決めている。


 あいつは好きに離れない。

 あんなやつは『粋』じゃない。


 ボクの中にはタイガさんの『粋』な精神が宿っている。

 たしかにボクの方が強いかもしれない。

 でも、あの人の強さはそういうことじゃない。


 右から左から迫りくる敵を『力』で殴り飛ばす。

 時には地面へ叩きつけて気絶させる。

 こうすることで殺すことはないだろう。


 タイガさんは敵領をも敬うんだ。

 ただ『魔』領の人達はあまりにも救いようがなかったから沢山殺してしまった。

 

 この人達は直感だけど、悪い人達ではないと思うんだよね。あの虎さん以外は。

 

 あの人は悪意に満ちている気がする。恐らく部下にも嫌われているような嫌がらせをするタイプ。


 一応守るように部下が前に立ちはだかるけど、ボクが殴ると倒れたフリ・・をしている。


「おい! 虎ヤロー! そんなところで見てないでかかってこいやー!」


 こんな挑発に乗るのかどうかはわからないけど、一応ダメもとでやってみる。


「あぁ⁉ なんだクソガキがぁぁ! てめぇらどけ! アイツは許さん! 俺がやる!」


 あっ。意外と簡単に釣れた。


「部下にばっかり戦わせていたのに、自分戦えるのぉ?」


 ここで更に火に油を注ぐ。

 煽ることを忘れない。


「ぐぬぬぬぬ! きぃぃぃぃさぁぁぁぁまぁぁぁ!」


 虎さんは剣を振り上げ、力いっぱい振り下ろしてきた。そんなことでボクが殺せると思っているのかな?


 ボクは『瞬』時に後ろを取り、耳元で囁いた。


「ねぇ? そんなんで倒せると思う? マジうけるwww」


 もはやこの虎さんは白ではない。赤くなっている。怒りの余り体と頭が真っ赤だ。

 

 こんだけ煽れば冷静に戦うことなど、もはやできないだろう。


「グルルルルルァァァァァァァ!」


 上空を見て雄叫びを上げたかと思うと体から煙が上がり四つん這いになった。心なしか牙が生え、目つきが獣のそれになっている。


 完全に獣を思わせる容姿となった虎は毛を逆立ててこちらを睨み付ける。


 こんなに冷静さを失っていればしてくることは読める。


「グルルルウウウアアア」


 ボクの身体目掛けて飛び掛かってきた。


 身体に手を付けるのは危険。


 屈伸すると『跳』躍した。数メートル跳ぶと虎は周囲を確認してボクを探している。


 ボクは宙を『蹴』った。落ちるスピードが上がる。また宙を『蹴』った。数度蹴ればスピードは音速に達する。

 

 普通の身体では耐えられないだろうけど、鋼の身体なら耐えられる。


 そのスピードを保持したまま音速の『鋼』が落ちてきたら。ただではすまない。


 チュドォォォォンンッッ


 爆弾が着弾したかのような音をまき散らして周囲に衝撃波を放つ。


 クレーターの中心には何かがいたかの如く赤いシミが付き。


 虎の姿は微塵もなかった。


 それを見た獣人が領へと戻っていく姿が見える。


 これで戦いは終わるかに見えた。


 しばらく戦闘が止まっていたのだが、門から出現したライオンの姿により『獣』兵達は息を拭き返してしまった。


 上半身裸のライオンの胸には『獣』『王』の文字が。


 この王様も二文字持ちだったようだ。


「「「わぁぁぁぁぁぁ!」」」


 歓声が沸き上がった。獣王コールが鳴り響き、終わりムードだったこの戦いは長引きそうな状況になっている。


「あなたが、この領の領主ですか?」


「さよう。お前達のような悪魔を駆逐する存在よ」


「前の領主は死にました。今はボクが領主となりまとめています。この領の使者はうちの不測の事態で死亡してしまいました。ですが、今犯人を突き止めています。こんなことボクの領はしたくない! こんなことやめませんか⁉」


 ボクの訴えに獣王は目を瞑り少し考える仕草を見せた。


 なんとかこれで戦いは終わって欲しい。これ以上犠牲者はだしたくない。


 獣王は目を見開くとボクの目を見つめた。


「そうか。だが、ワレにはそんなことは関係ない。そなたの領も滅ぼすのみ」


「何のための和平の使者だったんですか⁉」


「あの者はワレの一番上の息子よ。跡取りとなるべき男が殺されたのだ。もうワレにはそなたの領を亡ぼす以外に道はない」


 目の前が夜になったようだ。光が見えない。もう戦うしかないんだ。


「ワレの為に死んでくれ」


 そう言い放った獣王の瞳は無機物を見るような眼をしていた。


 大きな体から繰り出された爪による切り裂きは無防備だったボクの身体を切り裂いて吹き飛ばした。


「「領主様⁉」」

「シュウイ⁉」


 地面へと投げ出されたボクは一瞬放心状態になった。


 どうすればいいんだろう。タイガさんならどうするだろう。


 あの獣王は殺すべき人なんだろうか。殺したとして下の人はボクについてくるだろうか。


 タイガさんみたいに背中を見せればいいのか。


 ボクは傷を『治』しておもむろに立ち上がった。


 この背中を皆に見せよう。


 ゆっくりと軍勢へと歩を進めた。

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