第30話 逃亡?

 マンションの入口に車をつけて貰い、インターホンでお嬢様の部屋をプッシュする。

 呼び出す音がなり、少しすると若干不機嫌な声で応答してきた。


「はい? だれ?」


「お父様にご連絡しておりました。身辺警護を担当させていただきます。イージスの舘と申します。お嬢様のお迎えに伺いました」


「あーー。いいって言ったのに。わかったわ。今行く」


 無愛想な感じで切られたので嫌なモヤモヤが胸を支配する。落ち着かないとダメだ。あまり不機嫌さをこちらも気取られるとマズイ。


 少し待っていると男を伴って現れた。


「おはようございます。舘と申します」


「……いい顔。気に入ったわ」


「有難う御座います」


 俺を見るなり隣の男を突き放した。


「あんたはもういいわ。じゃあね」


 男に手を振ると睨みつけながら「このクソアマ!」と言って去っていった。あの男も見る目ねぇなぁ。


「さっ、どこに連れていってくれるのかしら?」


 そう言いながら俺の腕に自らの腕を絡みつけてきた。胸を押し付けながら歩く。


 はぁ。ったくなんでこんな奴らばっかりなんだよ。勘弁して欲しいものだ。そのまま車に乗り込む。


「翔さん、お願いします」


「あぁ。出るぞ」


「70点」


 俺と翔さんが話をしていると何か点数を言い放ったお嬢様。一体なんの点数だ?


「お嬢様? それはなんの点数ですか?」


「運転手の顔」


 それを聞いた俺は顔に出たかもしれないが胸の中が尖ったもので突かれるようだ。翔さんはケラケラと笑っている。


「お嬢様、失礼ですよ?」


「ふんっ! 別にどうでもいいでしょ。貴方は100点ね」


「良かったな、亮?」


 翔さんからそう言われるが、目に見えてからかっている。何せ口を歪めて笑っているからだ。からかうのはやめて欲しい。


「はぁ。勘弁してくださいよ」


「まぁ、いいじゃねぇか。じゃあ、行くぞ」


 アクセルが踏まれ、緩やかに車が滑り出す。車線へと入っていき、流れに乗って走り出す。


「ねぇ? どこに行くの? このままホテルに行く?」


「お父様にお嬢様を頼まれております。警察関係者の待つホテルでしばらく警護されることになると思います」


「いやに決まってるでしょ!」


「そう仰られましても……」


「降りる!」


「ちょっ! 待ってください!」


 咄嗟に腕を掴む。ドアは開け放たれて今にもお嬢様の体が投げ出されそうだ。


 困ったな。このじゃじゃ馬娘は。大人しくしてくれよな。


「触らないで! いや!」


「このまま降りたら命を落としかねないですよ!?」


「とめて! 止めろよぉ!」


 俺に向かって爪を立てて引っ掻いたり殴ったりして抵抗する。大した傷に放ってないが、このまま暴れられたら困るな。


「ちょっと止めてください。少し話をします」


「大丈夫なのか?」


「はい」


 少し海の見えるところで話をすることにした。車から降りるとベンチに座り、潮の匂いの風を感じながら横にいるお嬢様を見る。


「どうして、警護されるのが嫌なんです?」


「だって、ホテルにずっと居たら暇じゃない。しかも、オッサンばっかりの中に私が一人でしょ? 何されるか分からないじゃない!」


「何もしませんて。警護ですよ?」


「そうだけど、警察もろくな奴は居ないのよ。女を買ってる人もいるし。それに、裏に通じてるやつも居るらしいわ」


 それは初耳だが?


「そうなんですか?」


「そうよ。男なんてクズばっかりよ!」


「だから、色んな男に酷いことしてるんですか?」


「あっちだって、体と金しか目にないわよ! だから、私も同じようにしているだけ。それだけよ」


 お嬢様の心は荒んでいるようだ。どうしたものか。


「じゃあ、このまま逃げますか?」


「えっ? いいの? だって、警察待ってるんでしょ?」


「いやーなんか、警察関係者と関わるの面倒らしいので。だったら逃げた方がいいかなって。ただ、殺人テロリストから逃げられる訳ではないぞ? 逆に危険かもしれない」


「暇よりいいわ」


「わかった」


 俺はお嬢様に返事をすると、インカムで翔さんへと最後の言葉を告げた。


「翔さん、エレナさんに宜しく伝えてください。俺は姿を消す。追わないでくれって」


『あぁ? どういう──』


 ──インカムを取り海に投げる。


 これで、俺も追われるものになった。なんでか分からないけど、このお嬢様は放っては置けない気がした。ただ、それだけの理由だが。


 手を引いて歩く。


「行きますよ」


「えっ? ちょっ。どこに行く気?」


「仕方ないんで。昔の仲間を頼ります」


「昔の仲間? 頼りになるわけ?」


「一番信頼できる仲間たちなんで」


 お嬢様にはそう説明し、スマホを取り出して電話をする。相手は一番信頼出来るやつだ。


『ブルルルルル……プルルルルル…………亮か?』


「あぁ。そうだ。久しぶりだな」


『お前……元気なのか? 灯さんが亡くなって屍のようだっただろ?』


「あぁ。今は身辺警護の仕事してんだ。それで命を狙われている依頼人がいる。助けてくれ」


『ハッハッハッ! いきなり電話してきたと思ったらなんだよ! 上等じゃねぇか! 今どこだ?』


「今は海沿いの──」


 俺たちはここから逃走する。

 そして、この子を護るために姿を消す。

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