第29話 嫌な奴

 その日の朝は護さんがピリついていた。


「集まってもらったのは緊急の案件があったからだ。昨日、亮がメデューサに関する手がかりを掴んだ」


「ついにですか⁉ 居場所がわかったんですか⁉」


 即座に反応したのは流さんだ。

 なぜそんなに食いつくのかはわからない。

 ただ強い人と戦いたいとかだろうか。


「わからん。ただ、掲示板を発見した。そこで依頼が書き込まれているんだ。匿名で。何かの連絡手段をもって金を振り込んでいるようだ」


 一拍置くと神妙な面持ちで口を開いた。


「実はとある社長令嬢を殺害するように依頼が入っていた」


 その一言に俺達は凍り付いたように動けなかった。

 この前の病院の先生を思い出す。

 きっとあの人も依頼で殺害されたのだろうから。


「で、その社長知り合いだったんだ。だから連絡してみた。お困りじゃないですか? ってな」


「狙われているのを知っていたんですか?」


 流さんがまた質問した。


「いんや。ただ、お嬢さんはかなり過激な人らしくてな。毎回付き合って金をばら撒いて酷いフリ方をしていたそうだ」


「じゃあ、容疑者は複数……」


「あぁ。これは俺達だけで納められる話ではない。警察にも連絡を入れた。その上で俺達は社長からの依頼で身辺警護を行う」


「それって、警察と被るってことですか⁉」


「そうだ。かなりやりづらいと思うが仕方がない。やつらは銃火器を持っているし、魔法者部隊MCTもいる。使わない手はない。メデューサは手強いからな」


 流さんが苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 そんなに嫌な物なのだろうか。

 警察がいてくれれば安心だと思うけど。


「この案件は急を要する。まず、お嬢様を保護することから始める。亮、家へ迎えに行ってこい」


「お、おれですか?」


「エレナ嬢から気に入られるくらいだ。社長令嬢からも気に入られてくれ」


 そんな面倒な……。


「は、はい……」


「翔。車回して付いてくれ」


 御子柴さんは「うっす」と返事をすると軽快な足取りで外へと準備に行ってくれた。

 俺もロッカーで必要な物を持ち、防弾チョッキをして出動する。

 もちろんわからないようにスーツの下にするのだ。


「おい! 新人!」


 流さんに絡まれてしまった。


「公私混同してるらしいな?」


「気に入られてしまったのでしかたありません」


「だからってキャバ嬢に手出したのか?」


 いい加減、イライラしてきた。


「手は出してません。なんです? そんなに羨ましいんですか?」


「なんだとぉ? このヤロー⁉」


「今はそんな時間ないでしょう? この案件終わったらいくらでも相手になりますよ」


 俺はあまりの苛立ちに喧嘩を売ってしまった。

 やっちまった。そう思いながら足早にエントランスへ降りる。

 あー。面倒なことしてしまった。


 天を仰いでいると車を付けてくれた御子柴さん。


 助手席に乗ると発進した。


「御子柴さん、すみません。なんか車回してもらってパシリみたいに……」


「はははっ。たしかにな。でも、自分ではなんとも思ってないんだ。それが役割だと思っているから」


「大人ですね。流石です。流さんとは違う」


「ふっ。なんかあったのか?」


 御子柴さんは笑みを浮かべながら真っすぐ前を見据えて聞いてくれた。


「なんかさっきのエレナさんの件で突っかかってきたんですよ。公私混同するなとかなんとか」


「はははっ。流らしい。アイツはいきなりエリートみたいな扱いでな。三年目でリーダー張ってるからすげえよ」


「いや、仕事はできるんでしょうけど。人としてって部分があるじゃないですか!」


 今度は大口を開けて笑っていた。

 なんか人間味がある人だな。

 あんまり話す時間無かったからなぁ。

 良い先輩だ。


「あいつも一生懸命なんだろうよ。プライドもあるだろうしな。実際、亮みたいにコミュニケーション能力にはたけていない。だから羨ましいんだろうな。嫉妬もあるんだろう」


「やっぱ、そうですよね!」


「まだまだお子ちゃまだな。流もだけど、お前もな? お互い様だ。そんなんで怒ってたらこれから身が持たねぇぞ? 警察の奴らの嫌味ときたら腸が煮えくりかえるぞ?」


「そんなですか? でも銃が使えるし、魔法者もいるし有利じゃないですか。公執でしょっぴけるんですよね?」


「まぁな。けど、メデューサ……奴らは限度ってもんを知らないんだ。最悪の場合、蜂の巣にされるぞ?」


 ララさんの過去を聞いた時にも言っていた。メデューサは平気で蜂の巣にすると。恐ろしいという恐怖と共に怒りが込み上げてくる。


 そんな力ずくが通用していい世の中じゃねぇんだよ。納得いかねぇ。俺にもっと力があれば。無法者は魔法を使えない。その代わり、俺は体術には絶対の自信がある。


 接近戦に持ち込めばもしかしたら勝機はあるかもしれない。


 なんだか光が見えた気がした。


「御子柴さん、有難う御座います。なんか、俺吹っ切れました。メデューサとは超インファイトに持ち込みます!」


「はははっ。どうしてそうなったかは分からないけど、いいと思うよ。自分の土俵で戦えばいいんだから」


「やっぱり御子柴さんは大人です」


「その御子柴ってのやめないか?」


「自分のことは翔でいい」


「はい! 翔さん! もうすぐ着きますね」


 車は高層マンションの下に着く所だった。

 

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