第25話 ややこしい

 黒パーカーは徐々に近づいてきた。


 もう追いつくという時に感じた匂いが感じたことがある匂いだった。


 スピードを一気に上げて腕を掴む。

 フードを少しあげると見知った顔だった。


「ちょっと! 恵美さん! 何やってんの!?」


「いやー。ちょっと……仕事ぶりが見たいなぁなんて」


「GPS消すよ?」


 睨んでそう呟くとシュンとして縮こまった。


「ごめんなさい。嫌いにならないで……」


 その姿は弱々しく子犬のようにプルプルと震えていた。


「恵美さん、俺の仕事は危ないんだよ?」


「でも……今日から女の人と同じ班なんでしょ?」


「別行動だし、俺は恵美さん以外の女と仲良くする気は無いよ? だから帰った方がいい。危ないよ?」


 俺は優しく諭す。

 ここであまり強く言ったら落ち込むだろうからな。


「ふふっ。そっか。なら安心して帰ってやろう!」


「頼むよ」


 にこやかな笑みを浮かべて帰って行った。

 やっぱりGPS怖いな。

 こんな事になるなんて。


 小走りで戻ると伴さんがゆっくりと周りを警戒しながら歩いていた。


「伴さんすみません! 何でもなかったです! ただの散歩してた人でした」


「なんだよぉ! お前の早とちりかよ!」


「はい! すみませんでした」


 頭を下げると笑いながら肩を叩いて歩くように促してきた。一緒に辺りの警戒に務める。


 本当のことを言ってもいいけど、恵美さんのことまだ話してないからなぁ。

 黙っておいた方がいいだろう。


 アパートの丁度裏側に来た。

 裏側には地元のスーパーがある。

 店舗の上に屋上があるタイプだ。


 ここで気がついたことがある。

 こっちは窓のある方だ。

 双眼鏡さえあれば部屋が監視できるかもしれない。


「伴さん、この屋上パーキング……部屋見えるんじゃないですか?」


 伴さんはアパートと駐車場の位置関係を確認すると目を鋭くさせた。


「ありえるな。となると、車の中から見てるかもしれないな……」


「まずいじゃないですか。ララさんいるのバレますよ?」


「とりあえずは友達みたいな感じで一緒にいればいいだろう。だが、俺たちは部屋には行けないな」


 伴さんは毛のない頭をガシガシとかきながらため息を吐く。

 こんなに良い監視場所があるなんて思わなかったからなぁ。


「駐車場ウロウロしてたら怪しまれますよね?」


「そうだな。翔に頼むか……」


 そう呟くとインカムに話しかけた。


「翔、部屋の窓が見える位置にスーパーの駐車場がある。そこに車止めて様子見れるか?」


『そんなのあるの? そりゃ困ったねぇ。わかった。この車スモーク貼ってあるし丁度いいかも。監視しようか』


「あぁ、俺たちは引き続き周りを見て回る」


『了解だよぉ!』


 御子柴さんは車を回してここを監視する。


 後は周りに怪しい人がいないか確認して回っておけば大丈夫だろう。


 見て回っているうちに薄暗くなってきた。


『ブッ───私は泊まるから外は適当にしてていいわよ。警戒はしててよ?』


「了解だよぉ」


 これに返事をしたのは御子柴さんだ。

 俺と伴さんは車の中で寛いでいた。

 例のスーパーの駐車場で怪しい車がいないか監視しながら、食事をとっていた。


「これ、車少なくなったらバレません?」


「あー。でもここ24時間営業だから大丈夫じゃねぇか?」


「伴さん、深夜にずっと止まってるのはおかしくないですか?」


 俺はおかしいんじゃないかと指摘したけど、伴さんは大丈夫だと言う。

 御子柴さんも一緒かな?


「御子柴さんはどう思います?」


「翔でいいよ。呼びづらいでしょ? 俺もずっと止まってるのはちょっと心配かな」


「ですよねぇ!?」


 翔さんの判断に賛成だ。


「そうかぁ?」


「あそこにずっと止まってる軽がいるんっすよ」


 伴さんは疑いの目を向けるが翔さんが指さす先に来た時からずっと止まってる軽自動車がいる。たしかに来てから一時間以上経つのに止まったままだ。


 しかも、アパートの方に座席が向いている格好で止まっているのだ。人影は暗くて見えない。他にも数台止まっているからまだ気づかれていないと思う。


「少なくなったら気づかれるかも知れないっすよ。一旦引きましょうよ。下で見張っててもいいっすよ。あれが降りてくるの」


「あぁ。その方がいいかもな!」


 ようやく伴さんが折れたみたい。良かった。バレたら一日目なのにヤバいもんな。


 しかし、飯食ったからかもよおしてきた。


「あのー。すみません。トイレ行ってきて良いですか?」


「あぁ。今のうちに行ってこい。怪しまれないようにサッと行けよ?」


「はい」


 バンの後ろを開けて降り立つ。

 冷たい風が頬を撫でる。

 お惣菜を作っているのであろう油の匂いが漂っている。


 屋上用の階段から降りてトイレを目指す。

 ようを足してあがってくると屋上の暗い中に佇んでいる人がいる。


 なんかしてんのかな?

 そう思い通り過ぎて自動ドアをくぐると。


 バチバチバチバチッ!


 首筋に痛みが走り、目にイナズマが走った。

 体に力が入らない。

 後ろに視線を巡らせるとそこには真っ黒なパンツに真っ黒なパーカーを目深に被っている奴がいた。


 なんだコイツ?

 起きろ!

 コイツこそこの……まえ……の…………。


 目の前に闇が降りた。

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