第26話 ここどこ?
何やら周りは静かだ。
少し油臭いな。
そう思いながら、重い瞼を上げる。
目線の先には汚れたコンクリートが見える。
くすんだグレーの地面が冷酷さを感じさせる。
少し視線を上げるとどこかの家の土間のようだ。
椅子の足はコンクリートにアンカーボルトでとめられていて立ち上がることはできないようになっている。
「ふんっ!」
肩を振ると後ろに縛られた腕が軋む。
椅子の後ろで縛られ、足も縛り付けられている。
結束バンドを使用しているようで、手足に抜け出す隙はない。
「ん?……起きたのか?」
黒いパーカーのフードを被った男がこちらを振り返る。その男はセンター分けの今風の若い男。ひ弱そうに見える。
周りを観察して分析する。
どこかの廃屋を隠れ家にしているようだ。
ボロボロの柱などを見ると住めるようには見えない。
「なぁ、ここどこだ?」
バギッ
左頬に衝撃が走る。
その男は手を振るっていた。
殴られたようだが、殴った方は殴り慣れていないようだ。
「勝手に喋ってんじゃねぇよ! クソがっ! まいたんに近づくくそ虫が!」
あー。コイツは結構ヤバいやつみたいだ。
冷静に物事を分析できていない。
何されるか分からないと……。
「お前エレナちゃんとも一緒に居ただろ!? 一体なんなんだお前は!?」
「あの時のエレベーターの下にいたのはお前か。俺は別になんでもない。しがない会社員だ」
「けっ! ただのサラリーマンが俺の女に近づいてんじゃねぇよ! ぶっ殺すぞ!」
なんでか知らないが、興奮状態みたいだ。俺を拉致監禁したから興奮しているのか。
だとすると、ここまで動いたのは初めてということだろう。
それなら初犯だ。警察に情報はない。ウチにも情報はないだろう。ストーカーは恐らく常習犯。いい人を見つけては付きまとっているんだろう。
時計がないから今が何時かは分からない。どのくらい気を失っていたか。外は見えないように塞がれていてわからない。
この男は無精髭を生やしていてまともな生活はしていないだろう。資金はどうしているんだろうか。なにか資金源があるのか?
この部屋の先が男の書斎みたいだな。そこでパソコンのキーを叩く音がする。ここの家を見るに古い一軒家だと思う。だとすると、さっき居た場所からそんなに離れていないかもしれない。
「まいたんの家になんの用だったんだ!? 中が見える範囲に居ただろう!?」
「可愛かったから……」
ここで一か八か同じストーカーを装ってみた。吉と出るか凶と出るか。
「お前もまいたんの魅力に気がついた一人というわけか。だが、俺の女だ。お前には渡さない」
コイツは依頼人を完全に自分の女として話している。脳内がお花畑のようだ。俺には理解できないが、ここで抵抗することもできない。
「なぁ、仲間だろ? 解放してくれよ?」
「うるせぇ! 人の女に手を出すんじゃねぇ! ゴミ虫が!」
また左頬を殴られた。今度は拳ではなく棒の様なもので殴ってきた。痛みはもうどうでもいい。この場所を伴さん達に教えないと。
左のポケットの感触を足を広げたりしながら確かめる。
んっ? 携帯の感触がない。
「はっ! 携帯はここだよーん。ロックかかってるけど、電源切っておけば何もできないだろ?」
俺の携帯を見せつけてくる男。
時間によっては恵美さんが確認しているかもしれない。場所を把握はできないが、もしかしたら見つけてもらえるかも。
どうにかして脱出できないか。少し探ってみようか。
「なぁ、あんたはなんでまいたんに? 付き合ってるのか?」
「うるせぇよ! 俺はなぁ、付き合うとかそういう野蛮な仕方はしない。遠目から見て応援するんだ! だから、お前みたいに近づいてくる輩は排除している!」
その言い方をするところを見ると、これまでに同じ目に遭ったやつが居るということか?
「俺たちみたいにまいたんを思う人は多いんだな……」
「いや、お前が初めてだ」
まいたん人気ねぇじゃん。
あっ、そういう事じゃねぇか。
頑張ってシリアスな顔をしていた俺の顔が少し歪んでしまう。面白くて滑稽で、こいつがおかしくなってきた。
「クックックッ……」
「あぁ!? なにがおかしいんだぁ!?」
「いやーお前のクソさ加減に笑いが込み上げたのさ。こんな結束バンドなんて……」
後ろに組まれていた手を無理やり捻って交差させる。
ブヂッ
結束バンドはちぎれた。
足も同じように力一杯捻る。
それも外れた。
「あー。俺がこんな結束バンドなんかで抑えられるわけないじゃーん」
「あぁん!? 何者だ!? ただのサラリーマンじゃねぇのか!?」
「おい。お前うるさい。クソ豚野郎が」
「くそ虫が何言ってんだ!」
そう怒鳴りながら用意してきたのは馬鹿の一つ覚えみたいなスタンガンだ。
「ウラァ!」
スタンガンのスイッチを入れて押し付けてくる。その手首を掴むとクルッと翻してその男の体に押し付けた。
バチバチバチバチッ!
ドゴーンッッッ!
その男にスタンガンを押し付けたのと、扉がぶち破られたのは同じタイミングだった。
俺は思わず口をあんぐり開けながら、目を見張っていた。
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