第6話
◇◇
「……なんて、そんな話。信じてくれるかしら?」
本来であれば、リーゼは孫がいてもおかしくない年齢だ。
見たところ、シエルは若そうだし、孫世代確定だろう。
(……六十八歳)
リーゼの実年齢だ。
十年前、魔女の死と同時に、自分も死ぬのだろうと思っていたが、なぜか生き残ってしまった。
この五十年の間に、二回、国王が代わったことは知っている。
リーゼがよく知っている国王は、おそらく、シエルの祖父だ。
魔女を心底怖がっていたので、生前、一度もこの城に寄りつこうとはしなかった。
その後、国王の息子である、第一王子……。これはシエルの父だろう。
第一王子が王位を継いだと聞いたが、やはりその国王様も、ここには近寄ろうとしなかった。
(そのうち、魔女も動けなくなってきてしまって、みんなの記憶からも薄らいでいってしまって……)
大掛かりな魔法を扱えるのは、リーゼの知っている魔女だけだった。
彼女がいなくなれば、魔法なんてものは、最初から怪しい幻術と等しくなる。
だから、これほどの年月が経って、リーゼの言い分を、あの王子がそのまま鵜呑みにするとは思えなかった。
(一応、信じてくれるふりはするだろうけど、人体実験とかされたら嫌だし)
何にしても面倒だった。
見た目は十八歳とはいえ、リーゼは自身の老いも意識している。
若い頃に比べて疲労は感じやすくなってきているし、たまに白髪だって発見することもある。
(王子がいくら格好良いからって。見た目につられて、ほいほいと……。いい歳して、私という奴は)
――王子がサロフィン城を占拠してしまってから、一カ月余り。
(……やっぱり、使用人なんて、やめておけば良かった)
リーゼは、魔女が亡くなって以来の大忙しの生活に、寝込んでしまいそうだった。
「この城のこと、よく知っているのでしょう。ちょっと、教えてよ」
「はい、ただいま」
「ねえ、この皿は処分してしまっても良いわよね?」
「それは、多少値打ちもあると思うので、地下の倉庫にでも移して」
四方八方から、怒号のような問い合わせが殺到する。
並々ならぬ使用人の数だ。
王子様の引っ越しなのだから、当然だろう。
しかし、この十年、ほぼひきこもり生活を送っていたリーゼには、大きすぎる試練だった。
未だに自分の使っている言語が通用するのかなんて、常日頃、そんなことを気にしていたのに、もはや、そういうことを考えている余裕すらないのだ。
(今更、運動不足を悔いることになるとは……)
朝一番で、厨房の手伝いをして、洗濯を終えて、昼食の準備に取り掛かり、掃除を終えてから、夕食の準備を始める。後片づけの後、ようやく眠れると思ったら、王子の側近が待ち構えていて、リーゼをシエル王子のもとに拉致するのだ。
(もしかして、これは刑罰の一種なんじゃ……)
ある意味、過労死してしまいそうな過密行程だった。
――密会。
そんな甘い言葉は一切感じられない寒々しい空間で、リーゼは今宵もシエルと対峙する羽目になっていた。
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