第7話
「君が忙しいことは承知しているけど、悪いね。今夜も、話したいことがあって」
言葉だけ聞くと、何ともうっとりするような台詞だが、彼が何をしたいのか、リーゼには見当がついているので、ひきつった笑みしか浮かべることが出来ない。
夜も遅いというのに、相変わらず爽やかな王子の黒い軍服は一切の乱れがなく、髪も整っていた。
この人が欠伸をしたところなど、リーゼは目にしたことがない。
むしろ、リーゼの方が、緊張のあまり、会話を交わす度に気を失ってしまいそうだった。
「ええ、はい。魔女のことですよね。今夜もあの人についての話を?」
「ああ、君が魔女の使用人だったことは、理解したよ。残念ながら、父も君のことについては知らないようで、私もここに来て初めて君の存在を知ったんだけど。本当に、魔女は亡くなったんだね」
「はい。……十年前に。お墓は庭に作りました」
「そうなんだね。魔女は百五十年前の隣国との戦争にも参戦したという話を聞いたから、少なくとも百五十歳以上か。もしかしたら、まだ隠れて生きているんじゃないかって、ほんの少し期待もしたんだけど……」
「しかし、もし、あの人が生きていたとしても、ちゃんと会話が成り立つかどうかは、保証できませんよ」
「どうも、癖のある人だったみたいだね」
「人としては破天荒すぎて、終わっていましたから」
高潔で聡明だったなんて、口が裂けても言えない。
いつも、何をやらかすか分からない、恐怖の人だった。
「他にまだ知りたいことがございましたら、答えられる範囲でお答えいたしますが?」
「うん。君の話から、魔女の人となりについては、何となく分かったよ。あとは魔法のことだけど、君は使えないんだものね?」
「残念ながら、魔女が使っていた魔法の呪文に関しては、ある程度、詠唱も出来ますが、私には肝心な魔力がないのです」
「うん。それなら、いいんだ。仕方ない」
シエルは、あっさりと退き下がった。
(個人的な魔女の研究をしていると仰っていたけど、研究対象って何なのかしらね?)
てっきり、今夜も王子の好奇心で、魔女の話を延々朝方までするのだろうと、リーゼは予想していたのだが……。
しかし、シエルは珍しく黙り込んで、かつて書庫として使っていた丸い部屋をぐるりと見渡してから、リーゼの方に視線を落とした。
王太子の使用人として、お仕着せは、厚手の黒生地に精緻な刺しゅう入りの上等なものを提供されたが、前髪は未だに長くて残念なままだ。
いつもながら、そんなに凝視されると、恥ずかしくて仕方ない。
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