第4話

「ねえ、リーゼ。このままじゃ、もっと状態が悪くなるよ。この部屋が使えなくなったら、リーゼ、嫌でしょう?」

「あー。この部屋、当面使わせてくれるみたいだから。大丈夫よ」

「はあ! 大丈夫じゃないよ! 当面って、いつまでなのか、分からないじゃない?」

「いい? ルリ。何度も言うけれど、ミゼルは死んでしまったの。元々、この城は国王の持ち物だったんだから、王子がここにいるのは当然の理由なの。仕方ないの」

「……だって」


 まるで、子供だ。

 ルリの長い髭が怒りに震えている。


(困ったなあ)


 もし、魔女ミゼルが生きていたら、この事態をどう収拾するだろうか?

 リーゼを矢面に立たせて、慌てふためくさまを、高みの見物でもするのだろうか。

 ――するかもしれない。あの人なら……。


「王子に出て行ってもらうより、本当は私が城から出て行く方が早いのよ」

「えっ? 死ぬ気なの? リーゼ」

「最終的には、それも、いいかもしれないなって」


 城の外に出ることは、魔女が気まぐれで、連れ出してくれることもあったが、リーゼの意思で、一人城を出ることは許されない仕組みとなっていた。

 何万回、リーゼは「出て行きたい」の一言を繰り返しただろうか。

 本音の時もあったり、口癖になっていた時もあったけど、月日だけが流れて、いつの間にか、この城以外で見る空の色も忘れてしまった。

 ずっと、色彩のない世界に生きていた。


(ああ、でも)


 まだ、自棄になって自殺行為のように、この城の敷地から出て行くには早すぎるかもしれない。


「でもね……。ルリ。私、使用人やるのも、正直うんざりしてたけど、もう少しだけ、頑張ってみようと思うわ」


 誰一人味方もなく、疎まれ、嫌われてしまったのなら、もう生きていくことを諦めても良いかもしれない……けど。


(優しい人は、いるかもしれないから)


 金色の光が、リーゼの無色の世界に煌めいていた。

 あの王子が、この城に現れた途端、リーゼの中で、色彩が蘇ったのだ。

 彼の金髪は、頭上から降り注ぐ木漏れ日のように、輝いていた。

 あの凛とした姿を目にすることが出来たのは、リーゼの一生の中でご褒美なのかもしれない。


「私ね、もう少しだけ使用人の仕事、頑張ってみることにする。あの王子様、良い方っぽいから……」

「えー。あの王子が? 胡散臭いよね? 絶対に顔が良いだけの腹黒で、リーゼは騙されていると思うよ」

「まあ……。その可能性の方が高いと思うけど」


 ――酷い言い草だ。

 そういう辛辣なところは、創造主の魔女によく似ている。


(胡散臭い……ね。私だって、そう思うわよ)


 単純に、ルリは誰も気に入らないだけなのだろうが……。


「ふふふ。いいじゃない。一度、格好いい男の人に、騙されてみたかったのよ。私」


 綺麗な顔をした王子様。

 普通に生きていたら、リーゼ如きがお目に掛かることが出来ない高貴なお方。


(近くに行くと、良い香りがしたな……)


 こんなぼろぼろの城に、あの方が滞在するかと思うと、心苦しいくらいだった。

 魔女の死後、十年間、惰性に過ごさないで、風呂も部屋も、庭もすべて、ぴかぴかに磨き上げておけば良かった。

 いずれ、彼もここを去って行く。

 長居する理由なんて何処にもないのだから。

 それまで、リーゼの寿命は持つのだろうか?

 どちらが早いか、賭けてみるのも一興かもしれない。

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