第3話
(……私、とんでもない安請け合いをしてしまったのよね?)
悶々として、迎えた深夜。
使用人の業務内容を事細かに聞いて、身だしなみまで徹底的に教え込まれたリーゼは、よろよろになってから、ようやく解放された。
やはり、リーゼは考えなしだった。
(王子から逃げて、城の裏庭にでも、緊急避難しておけば良かったのに……)
目が回る忙しさを自ら志願して経験しようとするなんて……。
我ながら、愚かだ。
泣きそうになりながら、自室の扉を開けたら……。
「あー。つまんない。あいつら、いつもみたく追い出そうとしても、しつこくここに居座るんだ。どうして、出て行かないの?」
毛並の良い黒猫がぶつぶつと、文句を言っていた。
いつの間にか、人から、猫に変化していたらしい。
「ルリ……。来ていたのね」
「にゃあ」
わざと、ルリが猫っぽく鳴いた。
可愛い声だから、今宵はメスのようだ。
多少、魔力を使った悪戯が出来るので、普段は、この子の使う低級魔法で、来客はすぐに逃げ出していた。
……だが、今回ばかりは、そうはならないだろう。
尻尾をくねらせながら、ルリは下を向いている。
明らかに、不機嫌そうだった。
「ねえ、どうしてなの? リーゼ。一体、いつまで、あいつらはいるの?」
純粋な子ではあるが、暴走すると、一番危険だ。
リーゼは子供を言いくるめるように、ゆったりとした口調で諭した。
「あのね、今回ばかりは追い出したところで、無理なのよ。ルリ。今までの来客とは相手が違うの。この国の王子様なのよ。だから、いくら意地悪しても、王子様の面子にかけて、ここに居座るわ。あまり魔法で嫌がらせすると、下手したら、貴方も私も捕まっちゃうかもしれないのよ」
「大丈夫。捕まらないって」
「いやいや。魔女が使っていた大きな魔法が使えるのなら、ともかく。私達じゃ無理よ。多勢に無勢、絶対に捕まっちゃうわ」
「だとしても! 知らない奴らが我が物顔で、ここにいるのは……。リーゼだって、好きな本も読めないんだよ?」
「……本」
ああ、そうだった。
今日は配達の日だったはずだ。
「ルリ。今日、配達の本は、何処にあるの?」
リーゼはその場に座って、目線をルリに合わせた。
「ああ、リーゼの処に持って行くのは危険そうだから、裏庭に埋めておいたよ」
「……埋めた……の?」
「うん。見つからないように」
随分と徹底して隠してくれたものだ。
(これって、ありがたい……のかしら?)
よりにもよって、裏庭の土の中とは……。
魔女は裏庭と呼んでいたが、裏山と言い変えた方が良いくらい、鬱蒼とした森の中だ。
結構、城からも距離がある。
(遠いわねえ……)
ルリに罪悪感はないのだ。
単純に人が嫌いだから、誰もいないところに。
リーゼの大切なものだから、見つからないように。
地中深くに埋めただけなのだから。
(……本、読める状態だと良いけれど?)
いつ掘り起こしたら、良いのだろう。
――それと。
(秘密裏に本の配達を止めてもらうよう、本屋さんに頼んでおかないと)
王子がここに居る限り、リーゼの趣味全開の本を受け取って読むわけにはいかない。
「やることが一杯で、目が回るわ」
「そうだよ。だから、早く出て行ってもらおうよ!」
「それが出来ることなら、とっくに……ね」
リーゼは苦笑するしかない。
疲れたから休ませて欲しいのに、使い魔は夜の方が元気なのだ。
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