第2話
「私、実家には戻りません」
「どうして?」
シエルがぎょっとしている。
彼は今、側近達から、出自不明の怪しいリーゼを安易に手放すなと、忠告を受けたはずだ。
それでも尚、言葉を撤回しないでくれた。
(本当は、好意に甘えるべきなんだろうけど……)
でも、リーゼもここで、野に放たれてしまったら、困るのだ。
「私にはこの城しか、生きる場所がないのです」
「ずいぶんと、悲壮感のこもった言い方をするね?」
シエルが目を見張っている。
どうしたらいいのか、自分でも分からないまま、リーゼは口を開いた。
「私、ずっと魔女に仕えてきました。あの人は私以外、ここに人を置きませんでした。だから、魔法のことは分かりませんけど、それ以外のことは、大抵知っているつもりです。この城は少し特殊なところもあるので、私のようなものがいた方が役に立つと思います」
何とか早口で言い終わると、リーゼは深呼吸をした。
こんなに話したのは、十代の頃以来だ。
必死だった分、肺が痛い。
リーゼを警戒している家臣たちは、不審を抱いているようで、あからさまに剣の柄に手をかける者までいたが……。
それを、シエルは視線だけで制した。
「……そうだね。確かに、君の言う通り、この城は異様だ。彼女の死後もまだ活きている魔法もあるかもしれない。最近巷では、そもそも魔法なんてものは、存在していないって声も聞かれるようになってきたけど、私はね、魔法があることを知っている。だから、君みたいな人にいてもらえると助かるよ」
「置いて……頂けるのですか? 私」
「構わないよ」
即答だった。
「……でも」
シエルは軽い咳払いの後に「悪いけど」と付け加えた。
「私はね、個人的に魔女のことに興味を持って色々と調べているんだ。その調査に、君にも協力して欲しい。それと、君の素性がよく分からないので、侍女という扱いはできない。元々、今回の滞在には、あまり侍女は連れていないんだね。あくまで、この城の使用人として雇う形になってしまうけど、良いかな?」
侍女とは、位の高い貴族の子女が、女主人の世話をする仕事だ。
使用人とは違う。
もっとも、王子付きの使用人ということであれば、侍女並みの地位がある人でなければ、雇ってももらえないはずだ。
シエルにとって、今のリーゼは、何処の馬の骨とも知れない怪しい人物なのだ。
(むしろ、私にとっては厚待遇なんじゃないの?)
そんなリーゼをちゃんと使用人として迎え入れてくれるなんて、神様みたいな人ではないか。
「もちろんです! 置いて頂けるのなら、何でもします。お給金だって、そんなにいりません」
「いや、そこはもう少し、強気に交渉した方が良いと思うけど?」
勢いで言い放ったリーゼに、シエルがくすくす笑っていた。
「私も準備不足のままここに来たから、人手も足りなくてね。この城の勝手も分からないから、宜しく頼むよ」
「は、はい!」
――良かった。
これで、突然、城の外に放り出されなくて済む。
「ありがとうございます! 私、頑張りますから!」
やる気満々に、床に頭をつけるほど、深々と頭を下げたリーゼだったが……。
(あれ?)
しかし、次の瞬間には、気づいてしまった。
(……て、ことは、私、今度は王子に仕える使用人になるということなの?)
選択の余地がなかったとはいえ、再び「召使い」生活が始まるということだ。
せっかく大魔女が死んで、楽な余生が過ごせると思っていたのに……。
どうして、リーゼはいつも茨の道を歩んでしまうのだろう。
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