1章 自虐的な魔女の召使いは王子様に癒される
第1話
◇◇
どういう風の吹き回しで、将来を嘱望されている王子様が、こんな寂れた城にまでやって来たのか……。
(今まで、私が生きて来た中でも、衝撃的なことが起きてるわ)
リーゼが口を挟む間もなく、何が何だか分からないままに、家具やら生活道具一式が持ち込まれてしまい、少し遅れて、沢山の従者や使用人が我が物顔で、入城してきた。
気が付けば、ものの七日で、王子の生活の基盤は整えられてしまっていた。
何日か連泊するという体ではない。
この方は、当面この城に住むつもりなのだ。
(いやいや、ちょっと待ってよ。何の前触れもなかったじゃないの)
今まで、王家とのやりとりは、したことがなかったが、魔女は死ぬ直前に、自身の死について国王には伝えていたらしく、リーゼも王城に手紙を送ったので、お悔やみの使者は来たことがあった。
けれど、この城は十年間、そのままだった。
魔女が国王に遺言していたのか、それとも、朽ち果てた、いわくつきの古城に誰も興味を示さなかったのか……。
ともかく、リーゼは、毎日同じような日々を過ごしてきた。
年齢も年齢だし、もう少しで人生の終わりが訪れるかもしれない。
まあ、それも仕方ないだろうと……。
ただ、城から見える隣国に続く山々と、麓の村の長閑な景色を
しかし、やっと手に入れたリーゼの平穏は、あっという間に崩れ去ってしまったのだ。
「君はどうする?」
怒涛の七日間を経て、魔女が生前使っていた遊戯場を貴賓室に変えてしまったシエル王太子は、凛々しい軍服姿でリーゼに問いかけた。
(軍服……。私を制圧するつもりでいらっしゃったのかしら?)
魔女は間違いなく、国にとっての怪物だったかもしれないが、リーゼは無害だ。
だが、そんな事情、王子様の知るところではないのだろう。
とりあえず、リーゼの存在に対して説明を……。
「私は……」
――が、上手く話せない。
舌が回らない。
今までリーゼは、どうやって喋っていたのか。
遠すぎて、思い出せなくなるくらい、使い魔のルリ以外とリーゼは話して来なかった。
だから、沈黙に耐えかねて、シエルの方がリーゼの言葉の先を話してしまうのだ。
「あの……さ。君、まだ若いでしょう。魔女の墓守をするには、早すぎる。どういう契約を魔女と結んでいたのか分からないけれど、一度、実家に戻ってみてはどうかな?」
「……実家に?」
――帰れるはずがない。
しかし、実家に帰れるように促してくれているのは、王子の温情だ。
角が立たないように、お断わりしたいのに、配慮のある言葉が出てこない。
「わ、私は……」
「どうしたの? 話してごらんよ」
元々、魔女が愛用していた豪奢な椅子に、シエルはちょこんと座っていた。
赤絨毯の上にじかに跪いたままのリーゼは、上目遣いに訴えるしかない。
(話したところで、この方が信じてくれるかどうか……)
王子はともかく、問題は常に彼の傍にいる金髪に口髭の中年男性と、茶髪の若い家臣だ。
今も、これ見よがしに、シエルの耳元で何事か囁いている。
次第に顔を曇らせていくシエルに、リーゼの方が申し訳なくなってしまった。
大方、リーゼが魔女の世話係だったというのも、怪しいという話をしているのだろう。
何処かの貧しい娘が勝手に城を占拠して、住みついたのではないか……。
(そうよね。普通はそう思うわ)
けれど、リーゼは実家に戻ることは、絶対に出来ない。
この城の外に出ること自体、リーゼにとっては命懸けの賭けとなるのだ。
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