第73話 デュアル・ポジトロン
麗那の作戦が遂行されることとなった。戦闘員の中ではまだ飲み込めていない者もいる。だが、最年長の李凪と楽生がその通りに進む以上、その下が逆らう気も起きなかった。
李凪と楽生は麗那と長く戦っている以上、それなりの信頼を得ているが、その他は平均程度であった。詳細を明かさないスタンスはいつものことだが、組織がそのように進むのであればそうするしかないと割り切ることが多くなっていた。
「新島はどう思うの」
作戦の解散後、駐屯地の与えられた部屋に戻ろうとする新島の足を止めさせるように赤羽は尋ねた。
「どうって?」
「作戦だよ。あれで成功すると思っているの?」
「さあ、麗那さんの言うことを信じるしか」
「そうじゃなくて」
「ナギさんも楽生さんも信頼を寄せているから」
「新島はどうなの?」
赤羽はどうやっても自分の意見を言わない新島に問いかける。赤羽の後ろには飛鳥山もいた。飛鳥山は右手を左手首を胸元で握って二人の方を向いていた。
「ここ数か月は上の人たちは力をセーブしている。そろそろ繋がるよ」
そういって新島はその場を去っていった。二人にその意味が理解できたのはだいぶ後になってからであった。
三月十三日、予定通り陽電子砲はニューナゴヤの駐屯地に到着した。国産車のトレーラー四台に分解された状態で運び込まれた。
全部のトレーラーが公道から敷地内に入ると、一斉に荷台に掛けられていた布が取り外された。現れたのは、重機の運転席のような部分とアニメに出てきそうなロボットの腕が二本、そして素人では何処に取り付けるか分からないようなごちゃごちゃとした部品と、李凪が仙台で乗り回していた車であった。
芦美が二番目に入って来たトレーラーの助手席側から降りてきた。同じタイミングで他の工房班の職員も車から降りていく。敷地内にいる工房班の職員でトレーラーの積荷は降ろされていく。積み下ろしが終わり次第組み立てられる。
「芦美」
楽生が気さくに声をかけた。芦美はその声に反応して腰をひねって後ろを向いた。
「楽生。ナギもいたんだ」
「これから組み立て?」
「ええ、間に合わせないと」
着いたばかりであるが、時間に然程余裕はなかった。だが、工房班の職員には焦る様子は一つもない。むしろまだ余裕があるかのようであった。
作戦は相手がニューナゴヤに向かう幹線道路を北上してあるエリアを過ぎたと同時に開始される。
ニューナゴヤに辿り着くには幹線道路が幾つか存在するが、名古屋から向かうルートは途中で寸断されていた。一方、静岡県側から入るルートはJBSが占拠して通行止めにしている。軍用車両が多く行き交い、部隊が通る場合は交戦するしか方法はない。ニューナゴヤに着くまで消耗をしたくなければ適さない道であった。
組み立てて終わると、タオルでおでこの汗を拭きながら、芦美は楽生と李凪の元へ現れた。
「クルーズには誰が乗るの?」
聞き覚えのない言葉に二人はぽかんとしていた。クルーズとは陽電子砲を搭載車両のことであった。見た目はショベルカーの腕を大砲に変えただけにも見える。だが、大砲を展開すれば遠距離を狙撃することも容易であった。
「陽電子砲の操縦は戦闘員の仕事だからさ」
「ああ、そういうこと。私とルー」
陽電子砲は遠距離攻撃に適した戦闘員が選出されていた。今回はその条件に最も合致するのは楽生と摂津であった。
エミリアに計算させて導き出した地点に敵の部隊が辿り着いたと同時にクルーズで攻撃する。豊橋側の部隊には李凪と新島を配置する一方、浜松側には赤羽と飛鳥山が配置された。狙撃手は豊橋側が摂津、浜松側は楽生であった。
新たに打ち上げられた偵察気球によって、部隊の行動を把握していた。行動は豊橋側の方が先にニューナゴヤに到着する見込みであった。
「到着は計画通りね」
麗那の声がヘッドセットから李凪、新島、摂津の耳に届いていた。有線を通して届く声は睨みの先にある薄い雲の上を見透かしているかのようであった。
「マーカーの地点まであとどれくらい?」
「二時間かからないわ」
操縦席に乗り込んでいた摂津は陽電子砲搭載車両クルーズの電源を入れた。赤い正方形のボタンを押すと正面のモニターに起動画面が表示された。出てくる文字に目を通しつつ、芦美から言われた説明通りに操作していった。
大まかに操作方法は芦美から説明されていた。足元のペダルで前進と後退を行う。左右にある操縦用のレバーで視野操作と陽電子砲の操作が出来る仕組みであった。
細かな調整を行う際は、前方のモニター下にある操作盤とキーボードを用いるが、今回の戦闘では必要ないとされて、説明はあまり受けなかった。
「ルー、状態はどう?」
「現在充填中です。すぐに動かせると思います」
「わかった」
李凪と新島は摂津より百メートル先の少し高い位置から身を低くし、双眼鏡を用いて敵の部隊の進行状況を確認していた。
敵はおおよそ中隊規模の戦力と考えられた。装甲車で多数を占め、その後ろにいるのが指揮系統の人間を乗せた車両であった。
「流暢にセダンか」
「そうですね」
消防指揮車のような時代を感じさせるデザインの車が一番後ろを走っている。いかにも古風な匂いを醸し出すセダンは、まるでここを狙えと言わんばかりに目についた。
「装甲車はイージスのような感じ」
「それだと陽電子法則は通らないのでは?」
「それはイージスも同じ」
敵の先頭がマーカーの地点に到達するまであと二十分かからない。摂津はある程度設定を行ってから、レバーに手をかけた。全身に初めて動かす緊張がのしかかる。摂津はゆっくりと足元のペダルを踏み込んだ。
「楽生さん、敵の前方がマーカーポイントに到着します。攻撃準備をして下さい。摂津の方はまだよ」
クルーズを動かす操縦士の耳にヘッドセットを通じてオペレーターの声は届いていた。だが、楽しんでいるような顔ぶりの楽生に対し、摂津の表情は緊張で固まっていた。
踏み込む足に神経は通っていなかった。摂津はクルーズは予定より少し遅れて前進していた。
「摂津。そっちも近づいた。攻撃準備」
「了解」
摂津は軽く握っていたレバーのスイッチに手をかけた。クルーズを前進させ、定位置に予定時間より遅れて到着すると、顔の横に備え付けられていたスコープを自分の目元に寄せた。敵に狙いを定める焦点が微妙に合わない。シミュレーションと現実の戦闘は乖離していた。
「両者、マーカーポイントに到着。攻撃を開始してください」
三次の声と同じタイミングで焦点と敵が重なりあった。摂津はレバーのスイッチを押した。機体の左腕から陽電子砲が発射された。低く伸びる緑色の粒子は、敵の部隊を一掃していく。粒子が通った痕は何一つ残っていない。一撃で完璧に敵を壊滅させた。
「これが陽電子砲ですか」
「ああ、これが」
遠くの丘から陽電子砲が放たれる姿を李凪と新島は見ていた。黒いサングラスを外し、瞳に映った景色はいくつも見た惨劇の世界である。
さっきまでいた何十台といった装甲車の姿は見られない。兵士は一人残らず消えてていた。そこらで火の気が上がっている。残っているのは兵器の残骸と人の肉片くらいであった。
新島はまた余計なことを考えている。李凪は新島の横顔を見て、そう判断していた。少し前の戦闘で兵士がかかりやすい病にかかる傾向が見られたが、実際は起こらなかった。だが、再びその予兆はあった。
「いくつも重ねていけば、これが当たり前になる。これが戦争なんだ」
「そうですか」
慣れていいようで慣れてはいけない。狭間にいる中で考えは一蹴するしかなかった。
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