第72話 ディサイシブ・アタック

「これから町屋や梅野さんも来るので、指示系統が分かれます」

「了解」

 楽生からの返答を聞くと三次は一度通信を切断した。

「お疲れ様です」

 オペレータールームのドアが開いた。違った空気が梅野や町屋と共に入ってきた。空気は混ざり、すぐさま部屋の中で打ち解けた。

「お疲れ」

 小林が返答した。日付が変わり、本来はシフト時間ではない二人も合流した。こういった時には呼び出しがかかることもあった。

 二人が座席につき、それぞれデスクのコンピューターを立ち上げていると、小林がサプライズをかけるかのように発表した。何処かにやけている顔に皆違和感を感じていた。

「黙っていたけどもう一人いる」

 一課のオペレータールームに現れたのは麗那であった。左腕に固定した杖をついてゆっくりと四人の元へ向かった。

 背中にはコルセットをしている。まだ怪我が完治していないものの、何とか現場に復帰しようと戻って来た。

「迷惑かけたわね」

「大丈夫ですよ」

「気にしないで下さい」

「回らなかったのは確かですけど」

 気を使って言葉をかける中で、梅野は本音をぶつけた。

「ちょっと」

「小林さんが麗那さんの代わりになろうと」

「不甲斐なかったわね」

 小林が自分の代わりに一課の中で、作戦の指揮を取っていたことは悠から聞いていた。

 悠にも小林にオペレーターとしての陣頭指揮を取らせたことは、少しでも多く経験を積ませたい意思があった。そのことは副長としても理解していた。

「麗那さんの苦労が良くわかりました」

「そうでしょう」

「上に立つと見える景色は違うと言いますが、追う者が追われる者になる意味がわかりました」

「小林」

 麗那は一歩前に出て小林に近づいた。杖を持っていない手を前へ出そうとするもバランスを崩して倒れそうになる。倒れると気付いて、三次と町屋が麗那の身体を両側から支えた。

「本当に足手まといね。小林、これからは私の補佐としてついて」

「はい」

 李凪と新島の担当を三次に、楽生と摂津の担当は梅野、赤羽と飛鳥山の担当は町屋に決まっていた。コンビを組む二人組同士でオペレーターを合わせ、それぞれ指示をすることで流動性を大きく確保していた。

 オペレータールームが体勢を整えた頃、ニューナゴヤにいた戦闘員は新島待ちの待機状態であった。

 戦車を使った掃討作戦によって第六部隊の半数は壊滅したと目視で推測出来た。林の茂みから攻撃を仕掛ける予定であった部隊は後退を余儀なくされていた。

「そろそろ出番です」

 李凪が付けていたヘッドセットから合図が出された。周りの様子から見て、他のオペレーターも同様に指示を出したようであった。

 新島は間に合わなかった。分析結果もまだ出ていない。李凪は一旦考えずにその場から立ち上がった。

「行く?」

「ああ」

 五人は待機場所から敷地内を通り、駐屯地の外へ出た。林の中で盾を身体の前面に向け、片手にショットガンを持って移動していた。

 林の中で銃声が響き渡る。誰かが交戦していることは音だけでわかった。有線で繋いだヘッドセットからオペレーターの指示を聞いて、戦闘員は残りの部隊を殲滅していた。

 耳で音の位置を聞き分けながら、近くの動きにも注意しなければならなかった。より神経を尖らせた行動は身体全体を圧迫していた。

 赤羽から見て三時の方向に敵が南へ走っていく姿が見えた。狙いを定めていると後ろから何かが切れるような音がした。慌てて赤羽は姿を隠した。後ろにいる敵から丸見えだったことに気づき、弾丸の発射された位置からおおよその居場所を特定した。

「マチ」

 返事はない。バックパックから繋がる有線が切断されていた。さっき撃たれた時に切断されていたことに気づいた。

 敵を狙撃した後、赤羽は他の戦闘員を探すことに気が回っていた。

「赤羽、下げて」

 楽生が木の間から赤羽の頭部を狙う兵士を撃ち抜いた。警戒心が低くなっていることに気づき、楽生は駆け寄った。

「切られたの?」

「はい」

 楽生はヘッドセットに手を当てながら梅野に状況を報告した。小林の判断で帰投すべきと言われた為、楽生は赤羽に帰投を促した。

 戦闘員は四人となったが、さほど影響はなかった。部隊の八割程を殲滅した所で相手から撤退の信号弾は発射された。

 分が悪くなったと言うには、兵士の犠牲を多く出していた。下請けの鉄拳会はほぼ全滅と推測された。あまりに軽い考え方であった。元々どれも捨て駒と取れば納得出来る。

 四人はオペレーターの指示によって、一度駐屯地の敷地内に戻った。そして、海側でユニオンは新たな動きを見せている事実を知った。

 駐屯地にある建物の一室を借りて上野一課の戦闘員は集まって、ユニオンの最新状態と次の作戦を言い渡された。

「イグナイトがニューナゴヤに対して地上侵攻を始めたわ」

 モニターに東海地方の地図が映し出された。海から豊橋と浜松まで侵攻した区域に線が引かれていた。

「ニューナゴヤにはもう間もなく到着するわ」

 李凪はあくびをしているが、その事態の深刻さは誰にだってわかることであった。

「早ければいつ?」

 楽生の問いかけに麗那が答えた。

「六日って所かしら」

「そう」

 強襲用の戦艦で乗り上げ、近い町から制圧を行ってニューナゴヤに向かって進んでいた。陸上では主に車両での移動が気球から確認されていた。

 やり方はかつてあった大阪のプラントープ型人工島愛洲での住民に対する虐殺と変わりはなかった。何一つ残さない町の破壊活動は意図して行われていた。

「そしてタイラントキャンセラーの第二射が行われるわ」

「それは一体」

 モニター越しにいる戦闘員の少しばかり食いつき方が違った。麗那は感傷的にならないように落ち着いて話した。手から汗がにじんでいた。

「これはユニオン協賛圏からの情報よ。再び各国に第二射を発射する。日本はニューナゴヤが照準になったわ」

「政府としての対応は?」

「まだ解答は得られてない。でも青山さんが対抗策の準備を口にしている。後に決定するみたい」

 李凪が前傾姿勢を取り、麗那に詳細を尋ねた。

「対抗策を教えて」

「一点突破」

 戦闘員全員の顔が歪んだ。あまりに無理の多い考えであった。

「そっちに撃ち抜く為の陽電子砲を送ったわ。芦美も一緒に行く筈よ。そっちでも調整を行うから」

 再びモニターが切り替わり、麗那は一点突破作戦の概要を話始めた。

「ニューナゴヤに侵攻する部隊は大きく別けて二つ。イグナイトとユナイトの下部組織で編成された部隊よ。イグナイトは豊橋から、ユナイトの部隊は浜松から来ている。両者を一機に叩く一点突破作戦よ」

 人員を割かずに攻撃を行う手段としては有効であった。その反面、この攻撃策は失敗すればストレートにニューナゴヤは陥落する。大きな代償を背負いながら行うギャンブル采配であった。

「一応工房班で三機設計してある。必要なのは二機だけど三機送る予定よ。三機目は予備として」

「潜水艦の発射はいつ?」

 左手を頬に当てつつ李凪は問う。

「わからない。推測では十五日から十八日あたり」

「その根拠は?」と楽生が間を挟むように聞いた。

「部隊の移動と撤退を考慮した結果よ。タイラントキャンセラーに巻き込まれないギリギリを攻めた場合この日が最速日」

 タイラントキャンセラーは巻き込まれれば、簡単に抹消される影響力がある。それを考慮すればある程度の位置まで部隊を下げておくことが考えられた。

 麗那の考えはニューナゴヤの手前で部隊を潰しておくことで、タイラントキャンセラーに備える目的があった。この時点でどの戦闘員でも麗那の考えた作戦の奥が垣間見えていた。

 陽電子砲の真の目的は潜水艦を撃つことであった。発射の直前にウェーブジャマーを発生させることが出来るタイラントキャンセラーへの攻撃手段の一つであった。事実、濃いジャマーによって無人機が使用できないことで、上空や遠距離からの攻撃が出来なかった。それに対する対抗策に麗那は考えていた。

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