第71話 止まらぬ時間
摂津は一人、コンテナの集まる場所で爆弾を仕掛けている鉄拳会の組員を捉えていた。持っている武器は117装備のスナイパーライフルとJSSの基本装備とされている自動式拳銃ジュナのみであった。
「ルー」
声をかけてきた人物は楽生であった。振り向きつつスナイパーライフルの銃口を向けそうになるが、途中で気づいて銃口を地面へ下げた。
「状況は?」
「設置場所は駐屯地と隔てる壁の比較的脆い所と」
「だろうね」
「敵は?」
「こっちは一人です。多分新島の方に二人いると考えられます」
「あっちはナギがいるから大丈夫でしょう」
長年一緒に戦ってきたことで李凪について、楽生はよく理解していた。新島との組み合わせであれば特に気にする点はなかった。
「どうします?」
「私が回る。ルーは背後から」
「わかりました」
そういって楽生は移動し、組員から見て九時の方向で身を潜めていた。摂津は組員の背中を取れるその場から動かずにいた。
楽生の位置は摂津からよく見える位置であった。組員は特に楽生に対して気づく気配もない。
楽生は自分の位置が摂津が見えていることを確認して、指で合図を送る。左手の親指と人差し指を握った状態で三を表し、そこから中指、薬指、小指の順に追折っていく。全ての指を折ったら攻撃を仕掛ける合図である。
楽生はその場から飛び出て、相手の組員に銃口を向けつつ、「動くな」と警告した。組員は未だ爆弾を取り付けている最中であった。
爆弾から手を離して両手を上げる組員。手を上にあげた途端、手に持っていた道具を地面に落とした。
抵抗する意思がまるで見えない。だが、腰部のふくらみを見る限り拳銃を隠していることは容易に確認できる。
何事なく相手の組員は腰から拳銃を取り出して、楽生に向けようとしていた。だが、それよりも先に摂津が組員の心臓を狙って引き金を引いた。
「正確に一つのズレなく」
組員はうつぶせに倒れこむ。後ろから摂津が近づき、二発目を頭部に撃った。頭と心臓から血が流れている。死亡は確認するまでもないと楽生は判断した。
淡々と敵を撃つ姿はこれまでの戦闘員に幾つもいた。それが容易に当たり前になるには時間がかかるものであった。
数年かかることが既に出来上がっている姿が現在の摂津であった。楽生が何かを言う必要もない。狙撃に対する感想だけが口から出た。
「今更のように言いますね」
この世界に慣れてしまえば、もう二度と娑婆に戻れない。戻らない覚悟がある者だけがここにいる筈であった。
「楽生さんの方が素晴らしいですよ」
「それはいいとして、爆弾は解除しないと」
「ですね」
すると、遠くから爆発音が聞こえた。二人が音のした方向を振り返ると、そこには夜空に白っぽい粉が舞い上がっていた。
「なんですか、あれ」
「さあな」
方向から考えれば、李凪や新島がいるとは別であった。爆発した物は同じかもしれない。楽生はさほど感くぐらせていなかった。
摂津は敵が取り付ける予定の爆弾の形状を確認した。持っていた拳銃に取り付けてあるライトを頼りに種類を判別した。
「時限式です」
「残りはわかる?」
「わかりません」
すぐに爆発する可能性を秘めている状態で、危険な賭けに出ることはなかった。
摂津は爆弾を通路の真ん中に置き、その場からゆっくり離れていく。
その時であった。駐屯地付近から爆発音が響き渡る。駐屯地に取り付けてあった爆弾が爆発した。煙と燃えカスの匂いが飛んでくる。それを見て楽生は自分の背を盾にして摂津を庇った。
少し遅れてから二人の近くにあった爆弾も爆発した。爆風は楽生が壁となり、あまり摂津には伝わらない。
「楽生さん」
「大丈夫」
楽生は爆発を受けた背中を見せた。背中は爆発を受けているが、ビジネススーツによって効果を半減していた。
「これぐらいはまだね」
二人は爆発のあった場所へ向かっていく。辿り着いた場所は駐屯地と街を分けるフェンスであった。
コンクリートの壁に大穴が幾つも空いていた。敵が侵入する為にも見えるが、それらしき人物は見当たらない。
「直接攻撃はないね」
「こういうときに無線が使えたら便利ですけどね」
鉄拳会の組員にも限りがある。イグナイトと違って所々素人感がある。所詮、裏社会の人間を安く使っているだけである。どことなく素人と戦っている気分が抜けなかった。
「一旦引いて、陣形を立て直そう」
「壁はどうします」
「爆発音は敷地内にも響いている筈。工房班がすぐに鳥もちを使って修復させる」
実際は自走式のロボットによって鳥もちを使ってすぐさま修復されていた。その前に二人は、空いた穴から駐屯地の敷地内に入った。
穴が開いていた時間はおよそ十分ちょっとであった。鉄拳会の組員が侵入した可能性は低かった。
壁に穴が開けられて十五分経った頃、南側から五つの青い照明弾が飛んでいく。敵の攻撃合図であった。第六部隊は南部の拠点から攻撃が開始された。それに対応するようにJSSの駐屯地でもサイレンが鳴り響く。敷地内にある戦車が南部へ向けて移動を始めていた。
無人機は攻撃に使えない現状、敵を迎え撃つ方法は戦車といった数百年ある兵器に頼るしかなかった。それでも第一次大戦から改良され、イージス装甲となった今でも不安は微かに残っていた。
二人は市街地方面から来る敵と交戦していた赤羽、飛鳥山の両名と合流して、上野一課としての動きをオペレーターと確認していた。
「各員117から531へ変更してください」
三次の言われた通りに四人はスナイパーライフルを置いて、縦長の防護盾とショットガンを手に取った。防護盾の裏には格闘用の武器が備え付けられていた。
「三次、状況は?」
ルーはヘッドセットに手を当てつつ、赤羽に状況を問い合わせた。
「南側の林から駐屯地へ入り込もうとしている。数は手前から十、二十、それ以上」
「だいぶいますね」
エミリアの演算上、侵攻する兵士を戦車で食い止める算段であった。戦車を盾にしつつ、後ろにいる戦闘員を整えて優位な展開を作り出そうとしている。戦車の音は離れていても聞こえてきた。待機している四人の元に李凪が合流した。
「新島は?」
「石灰の化合物でやられた。しばらくしたら戻ってくる」
特に気にも留めない李凪は、装備を切り替えてから使った分より少し多めに弾薬を手に取った。
攻勢はやや優勢を保っていた。駐屯地を防衛する戦車は敷地から外へ攻撃に出ることはない。ある程度抑えたら、戦闘員を動員して掃討作戦へ移行する予定であった。
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