第70話 ホワイトアウト

 夕刻になると駐屯地は厳戒態勢に入っていた。李凪は楽生と戻って、四人とは別に三次から作戦について説明を聞いていた。攻撃は日が沈んでからであった。妨害するジャマ―は意図的に濃くなっていた。

「こちら新島。異常ありません」

「こちら摂津。異常ないです」

「こちら赤羽。異常なし」

「こちら飛鳥。異常なし」

「四地点なしか」

 四人の報告を受けて、三次は耳元の髪の毛をくねくねさせながら深く考えていた。

「どう思います?」

 三次が聞いた相手は後ろの座席にいた小林であった。麗那が不在の間は小林が代行して副長代理を務めていた。

「待つしかないよ」

「そうですね」

 駐屯地の北側に四人の戦闘員を配置していた。工作活動を行うと考えれば、どの地点が狙われるかエミリアが予測した地点にそれぞれ117装備して待機していた。117装備はスナイパーライフルであった。攻撃対象との戦闘は市街地では避けなければならない。

 それぞれ高い位置から単眼鏡を使用して敵の動きを確認していた。単眼鏡には赤外線やX線を使って周囲を確認することも出来るようになっていた。四人はそれぞれ単眼鏡を使用して周囲の警戒に当たっていた。

「こちら新島。異常な……動き出した。動き出しました」

 その通信をヘッドセットで聞いていた李凪と楽生が立ち上がった。点けていた電灯を瞬時に消して、戦闘の準備をしていた。

「新島状況を」

「三人が何かを設置している模様」

「阻止して」

「了解」

 腰に付けていたバッテリーから有線ケーブルを外し、ヘッドセットをその場に投げ捨てた。

「他三人はどう?」

「こっちも動きあり」

「こっちはなし」

「こっちも」

「わかった。赤羽と飛鳥はそのままで。ナギさんは新島の方へ、楽生さんはルーの方をお願いします」

「了解」と二人から返答が返ってくる。二人はテントから外に出て、三次の言う通りの場所へ向かっていった。暗い夜の中で二人は明かりのある街の方へと歩いていった。まるで生物が光を追うかのように足は進んでいく。

 無線が使えない以上、戦闘はいつもより困難を極めていた。有線ケーブルを繋いだヘッドセットを使用しての戦闘は敵にケーブルを切断される危険性があった。

「無線もドローンも使えない状態だと戦闘員を確認して指示することが出来ないので難しいですね」

 上野のオペレータールームにいた三次は気球越しの映像を確認するしか方法はなかった。後ろに座っている小林はあまり否定せずに三次の思う通りの意思を尊重して、監督していた。

 小林にはある程度この先を読めているが、あえてそれを三次に伝えることはない。少しでも自分でわかっていなければ、この先オペレーターとしての地位を確立できないからであった。

「動いた」

 気球越しの映像では敵は繁華街の方へ進んでいる。映像では敵の細かい動きまでよくわかっていた。小銃と工作活動に使われるあれこれである。

「いつも通り行えない」

「新島達を信じよう」

 敵を追いかけるようにして一本挟んだ通りから新島は追いかけていた。十字路に差し掛かった時、敵の姿が二人見えた。新島は出会いがしらにライフルの照準を向けて引き金を引いた。

 弾丸は敵の一人に命中している。横飛びで引き金を引きつつ、転がるようにして建物の角に身を隠した。撃たれていないもう一人の敵は新島に向けて持っていた小銃を発砲する。弾丸は角に何発も当たって削れていた。

 新島はボトルを操作し、敵の位置を確認していた。確実に狙えなければならない。チャンスは一度きりに等しかった。建物に背中を合わせて音を聞き分ける。神経がすり減るようなことをしていた。

 敵の小銃の音が鳴りやんだ。弾丸の飛んできた方向から敵の位置は大まかに予測出来ていた。新島は十字路に出て、持っていたスナイパーライフルを敵のいる方向へ向けた。

 しかし、敵はさっき倒した一人しかその場にはいなかった。もう一人は消えていた。

「逃げられた」

 新島はズボンのタッチセンサーコントロールパネルを三回叩いた。するとブーツからローラーが現われる。ローラースケートの要領で新島は路地を滑っていた。

 アスファルトにローラーを滑らせて進む新島を敵は、物陰から動きを確認していた。

 駐屯地と繁華街の間には物流コンテナの拠点があった。管理はJBSの関連企業である。中に入った人物は厳重に管理されていた。しかし、鉄拳会の組員は何事もなくここで工作活動をしている。

 本来ならば新島はオペレーターと連携して戦っていくが、今回は一人の戦いであった。 普段はオペレーターに頼り切っていた敵の情報を自らで得なければならなかった。

 複雑に絡み合うコンテナの配置は上から見たらまるで迷路のようであった。あえてこのようにして敵や見方を錯乱させる目的があるかのようであった。

 新島の後ろに組員の一人がいた。自らに気づいていない様子を確認すると持っていたボタンを押した。すると新島から見て三時方向にあるコンテナが爆発する。コンテナの内部にあった白い粉が周辺に大きく舞い上がった。

 新島は瞬時に鼻と口元を覆った。舞い上がった粉は何かわからない中で吸い込むことは出来ない。視界を隠した状態で新島は背後から殴打される。何とか目を開けるも相手をよく見ることは出来なかった。

 鈍器で何度も殴られ、全身を負傷しながらも新島は相手の位置を特定し、持っていたスナイパーライフルの銃身を使って振り下ろすようにして叩きつけた。感触は鈍い。腕か何かに当たったのであろう。諸共せずに相手は新島の腹を強く蹴った。

 白い粉が舞った状況は周りからも容易に確認できた。気球からもその様子をうかがえる。

「新島生死不明です」

「わかっている」

 向かっている李凪にはそれを伝えることすらできない。少しずつバラバラになっていく状態に歯止めがかかる気配はなかった。

「オペレーター、三次、応答求む」

 声は李凪であった。瞬時に三次は応答した。

「ナギさんですか」

「ああ。今新島の通信機を使用している。白い粉が舞いあがっているのが見えるけど、状況を教えて」

「コンテナの爆発と考えられます」

 小林が持っている端末からコンテナの情報を見せた。積載された荷物を読み上げる。

「中身は石灰」

「石灰」

「新島がいる地点の周辺で爆発したので」

「巻き込まれた……か」

「はい」

 しばらくの間があった。三次は次に何を言うべきか戸惑っていた。小林もこういったときに何を言えばいいか迷っていた。だがオペレーターとして間を作るわけにいかない。まじりあった思いは憂鬱な加減を作っていた。

「新島の元に向かう。風向きはわかる?」

「今はほぼ無風です」

「舞い落ちるのを待つわけにもいかない」

 しかし、爆発してから時間が経っていた。進むにしても進まずにしても、タイミングはここしかない。

「ナギさん」

「ああ、進むしかない」

 李凪はヘッドセットを置いて、下にいる楽生に向かって指を指して指示を出した。楽生はそれを見て頷いて走っていった。

 新島がいるとされる位置に気球からマーカーが落とされた。赤く光りながらひらひらと落ちていく。白い中でもマーカーの赤を目印に李凪は進んでいった。

 進んでいくうちに李凪は白い粉は徐々にアスファルトへ落ちて、雪のようになっていく。粉の上には人が歩いた靴底の痕が残っている。

「現れた」

 李凪の目の前に現れたのは、新島の襟元を掴んで引きずってきた組員であった。

「それを離せ」

 組員は新島から手を離した。新島は地面に横になったまま動く気配はない。顔を見れば何度殴られたかわかる。目や鼻、口から血を流して、殴られた痕が幾つも残っていた。

「蠍か」

「組員……じゃないな」

 李凪はズボンのタッチセンサーコントロールパネルを触った。組員は腰に携帯していたアイスピックのような細長い錐のようなものを持っていた。どちらかと言えば傭兵ではないタイプである。殺し屋である。

 敵は李凪の喉元を狙って尖った先で向けていく。先は数センチ手前で持っていたコンバットナイフの刃を横にして弾き返した。李凪は瞬時に右足で相手の腹を蹴って、自分の身体から遠ざけた。

 相手の間合いに入る速さは通常の傭兵より速い。特殊部隊にいてもこの身のこなしは出来ない。相当な身体能力を持つ人間でもやっとであろう。

 李凪は相手の格闘術を手元で捌いて応戦していた。何故か銃撃戦ではなく、格闘戦で挑んでくることに違和感があった。

 銃が生まれた近代から戦争は遠距離攻撃がメインとなっていた。これはどちらかと言えば私怨である。

 相手の身体が少し前のめりになった。李凪はそれを見て正面からきたストレートを躱しながら手首を掴んだ。それを起点にして投げ技に持ち込む。相手は地面に頭を打ち付ける。

 ダメージはさほどない。李凪は起き上がる前に拳銃で相手の頭を撃ち抜いた。即死である。李凪は死亡を確認してから、内ポケットに入っていた小型の注射器を取り出して、相手の首に刺した。

 李凪は少量の血を取ってから、その場を離れていった。

 新島を抱えながら、李凪は駐屯地の内部まで戻っていった。一度負傷した新島を治療する目的以外にも目的があった。

「これを分析に回して」

 李凪が工房班の人間に敵から採取した血液が入った瓶を渡した。分析結果が出るまで時間はかかる。李凪は他の戦闘員が戦っている戦場へ戻っていった。


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