第69話 サイレント・ヴォイス

 二人が連れていかれた場所は繁華街の建物が入り組んだ場所に無理やり作られた街路があった。この町の裏であった。中に入れば入るほど日の光は遮断されていく。ここを住処にして鉄拳会はこの町を裏で操っている。

「おい、それはよそ者だろ」

 別な組員にシロッコは声をかけられた。首全体にタトゥーを入れた坊主刈りの人物を李凪は見覚えがあった。

「とりあえずこっちの言うことを聞いておけ」

 ドスの聞いた声でシロッコは返した。それで引き下がれるかと相手の組員はシロッコの肩を握る。シロッコは手を振りほどき、右膝で二発ほど相手のみぞおちに入れた後、鼻を掴んでコンクリートの壁に打ち付けた。どちらが上かはっきりさせるかのような動きであった。

「こういったドブネズミは管理が悪い」

「甘めに」

「ああ、もめるわけにもいかないからな」

 戦争を商売にしている人間だからこその言い分であった。プロであればある程度加減はしている。そういった点はチンピラとは大きく違った。殺しという意味を良く知っている。

「持ちつ持たれずと言うけどな、彼奴等と俺では全く違う。彼奴等は緩い」

 妥協しなくてはならない点もある反面、商売相手として見るに耐えない部分もあった。

 元々シロッコは紛争の絶えない町の出身であった。彼にとって戦いは日常の一つである。そんな人間には、反社の世界は虫唾が走るのであろう。

「イグナイトが内側から日本を攻撃する。奇襲が成功すれば外にいる第六部隊が一掃する。それが狙いだよ」

「そうしない理由は?」

 歩きながら急に手の内を明かしてきたシロッコに李凪は聞いた。その中には裏しかないと考えられる。

「ここが出口だ」

 シロッコは立ち止まり、重そうな金属の扉を押し開けた。終了というよりは打ち切りであった。

「話は終わりだ。お仲間がそろそろ探し始める頃」

 出ていけと言わんばかりにシロッコの言う通り、二人は扉の向こうへ進んでいった。

 扉の外に出ると、シロッコは扉を閉めた。出てきた場所は繁華街から少し離れた場所であった。出てきた場所を振り返り、建物を見上げると掲げてある看板はコンサルタント会社のような会社名であった。

 二人は駐屯地に戻らず、繁華街の中にある中華料理店に入った。所謂、町中華と言われる店である。二十四時間営業しており、朝早い時間でも仕事の終えた労働者が多く来店して混み合っていた。

 テーブル席は空いていない為、店員によって二人はカウンターに通された。労働者の中にいる私服の戦闘員二人は何処か場違いな雰囲気を醸し出していた。

 壁に掲げてあるメニューを見て、李凪は冷やし中華、楽生は天津飯を注文した。

「この町を守るが仕事か」

「プラントープを」

 プラントープとは、二十二世紀の初頭にスウェーデンの経済学者ヴェル・トゥエルによって提唱された都市計画論であった。人類が自然環境と調和を取りつつ、多様化していく人間社会に適応した新しい都市計画として浸透していた。

 当初は賛同する者も多く、各国が同じようにしてプラントープを取り入れて新しい計画都市を作り上げていった。しかし、実際は裏で環境保護団体との癒着によって生み出された机上の理論であった。大半の都市ではプラントープ理論とはかけ離れた前提条件の国が多く、この計画通り進むことはなかった。トゥエルはこれらの失敗は行った国々あると指摘し、論理に対する間違いは否定しなかった。

 ニューナゴヤも同様にプラントープから構想を得た計画都市であった。戦争によって東京や大阪が破壊される姿を見て、名古屋を現在の場所から海上の攻撃が及ばない地へ遷都する必要があると考えて作られた。

 だが実際は今後戦場となる名古屋を貧困層に押し付け、富裕層は自分たちの身の安全を確保する為に作られた都市と言っても過言ではなかった。

「気に入らないね」

「それが仕事だから。割り切らないと」

 李凪を眺めるように楽生は答えた。注文した料理が運ばれると、二人は近くにあった割り箸を使って食べ始めた。

 先に食べ終わった李凪は周りを見渡して、近くにいたトレーを持つ店員に声をかけた。

「すいません、ここら辺に有線の電話ってあります?」

「店の電話で良ければそこにありますよ」

 店員が指を指した方向に家庭用の固定電話が置かれていた。李凪はそれを見て「どうも」と一言言ってからお辞儀した。席から立ち上がると、半袖パーカーのおなかにあるポケットから紙を取り出した。受話器を取って、書いてある番号の通りボタンを押していく。電話した相手は上野にいる三次であった。

「もしもし三次」

「ナギさんですか。どこにいるんですか。新島とルーで駐屯地はごまかしていますが、時間の問題ですよ」

「わかっている。でもそれも帳消しに出来る程度の代物は持ってるよ」

「固定電話からかけているのですからそれぐらい無いと困りますよ」

 三次も李凪を煽るように言葉を返した。二人が外出禁止を破ったことを隠しているのであるからこそ、見返りがなければやっていけない。

「鉄拳会が工作活動を行って内から破壊することが目的だ。新島達を使って117装備とブーツで出撃させろ」

「承知しました」

 李凪は受話器を置いた。席に戻った頃には楽生は天津飯を食べ終えて、空の食器のみがあった。残されたのは伝票のみであった。

 たまにこういったことをされる。経費では落ちない食事の支払いをして李凪は店を出た。

 店を出た頃には時刻は八時を回っていた。楽生は店の近くで待っていた。そろそろ戻らなければ外出していることがバレてしまう時間帯であった。

「鉄拳会の攻撃は四人で抑えられるよね」

「多分ね。シロッコがいなければ」

「シロッコは工作には参加しない。出なければさっき私たちと会って情報を渡すことはしない。気まぐれな風だから」

「ナギと一緒」

「嫌みか」

「そういうところ」

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