第74話 アスタコの両腕

 浜松からニューナゴヤへ向かう幹線道路は楽生の乗るクルーズによって、陽電子砲による攻撃が行わようとしていた。

 三次から攻撃の指示は降りていた。後はマーカーポイントにいる敵の部隊に向けて、手元のスイッチを押すだけである。

 スコープから見える焦点が敵と重なる。十字に敵が合わさった。楽生は左手の中指でスイッチを押した。機体の左腕から帯状の粒子が飛んでいく。

 粒子は数百メートル先の敵の部隊を地形ごと無かったかのように変えていった。緩いなだらかなカーブを中心だけぶち抜いた形で残っていた。

 威力を見せつけらた。赤羽や飛鳥山も震え上がる程の威力の兵器を使えば相手も黙っていない。それを考慮の上で作戦は行われていた。

 上野一課の戦闘員は、このまま前進することとなった。敵の第二陣よりも先にニューナゴヤの南部を制圧しておく必要があった。残っていた一部の兵を捕虜にしつつ、海沿いへ反転攻勢を行っていた。

「第二陣は第二部隊と第三部隊を再編した形ね。それを盾にして、タイラントキャンセラーはニューナゴヤへ光学兵器で焦土にするつもりよ」

 その場で戦闘員は耳から麗那の声を聞いていた。オペレータールームでは、敵に関する情報の収集が行われていた。その中でユニオン直属の報道局から放送されるニュースが室内に流れていた。

 報道局はニューナゴヤでの戦況を中継していた。放映されている内容は、JSSが陽電子砲を用いてユニオンの兵士を虐殺したという映像であった。次に映った映像は破壊された街並みに黒焦げになった死体の山が映されていく。あからさまに事実と粉なる内容であった。

「ユニオンは口実を作ってタイラントキャンセラーを撃つつもりね。世論は既にユニオンの味方」

 麗那は通信をミュートにした状態で流れるニュースを見て呟いた。流される情報がフェイクであることに気づく人間はさほど多くない。一時的に責めを負うことはわかりきったことであった。

「麗那さん」

 小林が受話器を耳に当てつつ、麗那を呼んだ。

「何」

「悠さんからです。二番で繋ぎます」

 そういって小林は電話を切り替えた。麗那が自身のデスクにある受話器を取ると、そこから聞こえた声は別の人物であった。

「久しぶりだね。麗那」

「凜さん」

「ああ。今青山さんから内閣が破壊措置の指示を出た」

「わかりました」

 そういって相手側から先に電話を切られた。それはユニオンに対して、攻撃を行える合図であった。

 手元にまとめてあった作戦の数々を実行に移す時が来ていた。麗那は椅子の背もたれに寄り掛かり、一息ついて天井を見上げてから全員に指示を出した。




 一課の戦闘員は各オペレーターの指示で一度合流を行い、最後の戦いに向けて準備が進んでいた。ニューナゴヤにいたJSSの人間も一部戦力を残して、この地に集結していた。トラックが次々に集まってきた。二機のクルーズも定位置で敵を撃つ準備が完了していた。先の攻撃でバッテリーの四割程を使用したが、用意したタンクローリーの急速充電にて百パーセントとなっていた。

 戦場はJSSが有利になるよう整備が行われていた。完璧に敵を叩くとなれば行動が変わっていく。それがJSSであった。

 端っこでアサルトライフルをいじる楽生に摂津が声をかけた。

「楽生さん」

「ん」

 楽生は持っていたライフルの銃口を地面に向けた。摂津の目を見て、右手で自分が座っている木箱の隣にある木箱を叩いた。座ったらどうかという合図である。摂津は木箱に腰かけると楽生の方へ身体を向けて尋ねた。

「ポジトロンってどう扱えばいいんですか」

「思っている通りに扱えばいいよ」

 楽生はあまり具体的なことは口にしなかった。既に出来上がっていた摂津の実力から楽生がアドバイスできることはあまりなかった。

「私は中距離タイプなので」

 楽生は脳内で摂津についての資料に中距離と書いてあったことを思い出した。だが、一課に長距離タイプが楽生しかいなかったことで適性のある摂津は長距離攻撃を兼任していた。

 余裕が無かったことは言い訳に過ぎない。戦闘員の追加は度々申請しているが、人員不足はどの部署も同じである。かつての戦闘員二人体制だった頃と比べれば、環境は改善していたが、本来の状態とかけ離れていることに変わりはなかった。

「長距離も出来ているよ」

「そうですか」

 摂津の目線は楽生から自分の下ろした髪の毛に向いていた。クルーズを操縦していたあたりからずっと背中に下ろしていた。毛先をつまんで肩を通して前に出した。

 そうではない。楽生もその感触を徐々に感じていた。摂津は自分をあまり評価していない。JSSでは比較的珍しい方であった。

「次の戦闘は中距離用の装備を使ってもいいですか?」

「その方がいいかも」

 敵の部隊が周辺に到着する頃には塹壕は完成しているであろう。敵に戦車等の車両兵器が少ない分、前線ではこちらが優位に立てる状態であった。防衛線に沿って工房班で塹壕は掘られていた。百四十センチ程度の深さですれ違うことが出来る幅の塹壕が機械を用いて掘られていた。

 使用する装備は麗那の指示によって各員がそれぞれでの判断となっていた。前回の李凪のように判断を誤ることを恐れたわけではない。野戦において、それぞれ何が必要か自身で考えて使用させた方がパフォーマンスが上がるのではないかと考えの元であった。だが、殆どは誰かに相談して装備を選んでいた。

 新島は李凪や麗那と話ながら装備を決めていた。麗那からは敵の兵士についての情報を元に929装備を選択していた。

「ナギさん、929ですか?」

「ああ。相手を考えればね」

「そうね。相手はヤンルースと言うのを考えればそれがいいわ」

 ヤンルースは現在最も使用されるアサルトライフルの一つであった。過去にソ連で作られたものをベースにして、二十二世紀以降の世界で爆発的に普及し、使用されている小銃である。比較的誰にでも使いやすく、安価で生産性が高いことが特徴の一つとして挙げられる。現在の国内において最も流通している銃器とされていた。

 李凪は敵の兵士の使用する武器からショットガンと小型の盾を用いた装備を選択した。

「私も同じのを」

「いや、新島は529がいいわね」

 近接戦を得意とする李凪に対して、新島は李凪の後方支援になると麗那は考えて529を勧めた。529はバズーカ砲と近接用のエンジンカッターを装備する仕様であった。破壊作戦に使われるケースが多い装備であった。

 李凪には、この言い方は新島に自分のおもりをさせるようにも聞こえた。敵の部隊を斬り込める状態をあらかじめ作っている。楽生や摂津は後方での支援攻撃をする装備になると予想されていた。

 一方楽生は装備の中から、227と表面に書かれている箱を開いた。その中には戦闘員が一人で動き回れる大きさのバルカン砲が収納されていた。

「バルカンですか?」

 後ろから摂津が声をかけてきた。暗闇の中でも冷たく響く声に楽生はゆっくりと振り返った。

「それがいいと思ったから」

 頭の切れる摂津なら分かっている。李凪を支援しなくてはいけない。前線にいる戦闘員を援護する役割を担うのが楽生の仕事であった。

「狙い撃ちより、こういった大きい攻撃のほうが結構得意だからさ。今までもこれからも」

「難しくないですか?」

「深く考えないことだね。意外と終わりに近づいているのに自由度が高いから」

 摂津の中にある霧は徐々に払われていった。それは夜闇の中で落ちる世界に逆行するように。

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