第67話 ラプトル

 三月七日に李凪は上野から岐阜を経由して、各務原からニューナゴヤ入りした。今度の作戦は、政府からの要請であった。

 三月五日、ユナイトは敵対する世界各国に対し、原子力潜水艦から光学兵器タイラントキャンセラーによって都市を消失させた。

 狙われた都市は、サンディエゴ、トロント、ローマ、シドニーなど人口の多い都市を意図的に狙って殺戮を行っていた。日本では名古屋に対して攻撃を行い、数えられる限りで少なくとも20万人の死者を出した。

 ユナイトは攻撃を行ったどの都市に対しても兵士を用いた侵攻を行っていた。名古屋の大半を制圧し、矛先は60年前に作られた新都市ニューナゴヤであった。

 ニューナゴヤ駅に到着した李凪は駅の外で待たせていたJSSの車両に乗った。李凪を乗せたワンボックスカーは駅を出て、しばらく一般道を走ってから都市高速に乗った。

 李凪は気の抜けた顔をしながら、流れていく景色をただ見ていた。他の町と変わらない景色がただ続いていく。都市高速はビルとビルの合間を縫うようにして作られていた。失敗を見れば、後から作り上げるヒントになる。他の都市の失敗が生かされたようにも見えた。

 車の止まった場所は南西区と呼ばれる場所であった。ニューナゴヤの南西に位置する場所であった。李凪の配置場所はその地区であった。

 各所から呼ばれた戦闘員を編成して小隊を作る。しかし指揮系統はオペレーターを介する為、中にはゲリラ戦術と揶揄する者も多かった。

 李凪のオペレーターは今回も三次であった。麗那はあれ以来姿を見ていない。腰を痛めてからまだ治っていないことは後から聞かされた。あの時は無理をしていた。

 李凪は南西区にあるJSSの駐屯地で説明を受けた。その日はそれ以外何もない。彼女は一人宿泊先の部屋に戻っていた。特に何もしていないのにぞっと疲れが出ていた。上着をハンガーにかけてからネクタイを外した。携帯は圏外と表記が出ている。

「ウェーブジャマーが濃いか」

 ユナイトは名古屋を攻撃後、制圧地域に対してウェーブジャマー発生装置を用いた。これによって有線を除く全ての通信回線を不通にし、無人機などによる攻撃を一切行わせないようにしていた。

 南西区はニューナゴヤの中では比較的前線に近い街であった。ウェーブジャマーによって市民生活の影響も出ていると報告があった。

 李凪の部屋の壁に備え付けられている固定電話が鳴りだした。李凪は受話器を取って応答しつつ、テレビの電源を入れた。

「もしもし」

「ナギさん、小林です」

「どしたの?」

「体調不良で一緒に来られなかった新島は楽生さんと一緒にニューナゴヤに着く予定です」

「そう」

「何かあります?」

「こっちはウェーブジャマーが濃くなっている。戦闘で無線は使えない。三次に伝えておいてくれる」

「わかりました。新島に持ってきて欲しいとかはあります?」

「ないかな」

「わかりました」

 李凪は受話器を置いた。振り返るとテレビの画面は時折乱れ、ノイズが微かに入っている。ウェーブジャマーの影響は大きく影響していた。

 現状で侵攻は目と鼻の先まで来ている。南区の最南端ではJBSとユニオン第五部隊が衝突したという情報まで流れ込んでいた。気の抜けない状況であるが、李凪はそれをよそに、着ていた服を全て脱ぎ捨ててベッドに寝転んだ。

 それは関係ないか。あるいはそれは一瞬一瞬に起こる出来事の一部として捉えるのみである。深く考えずにいればいる程楽になる。それを最初から知っていた。

 目を覚ました時間は夕刻であった。窓から見る景色は西日に影響されている。外で夕食を取ることは禁じられていた。作戦以外で不用意に外に出ることでトラブルを避ける意図があると考えられる。

 李凪は部屋を出て、夕食が食べられるレストランへ向かった。宿泊先のホテルのフロントで渡されたチケットを使えば夕食を食べることが出来る。渡された案内をエレベーター内で見ていたが、どれもピンとくるものはなかった。

 エレベーターを降りた場所は二階のフロアであった。そこにはコンビニが併設されている。李凪はそのコンビニの店内に入り、目を細めながら触らずに商品を選んでいた。

 店内は狭い。人が一人通路に立てば通れない程のスペースであった。かごを持った李凪は少し前かがみになりながら、麺類の売り場を見ていた。

 頭の中に入ってくるのは商品よりも店内にかかっているBGMであった。アウトローと言う曲のインストゥルメンタルであった。この曲の歌詞に何故か自分の心は惹かれていく傾向があった。似ているのである。

 買ったものを部屋で広げて李凪は夕食を食べていた。冷やし中華のパッケージにテープでついていたマヨネーズを取り外す。これを見れば楽生が「邪道だ」と言って過去を思い出す。この先また会えるという確証はない中で、李凪は戦いの準備をしていた。

 三月十日、南西区でも動きがあった。偵察部隊が近隣でユニオン第六部隊を確認したという情報が入った。こちらでも攻撃を行う可能性があるとして南西区では厳戒態勢に入っていた。

 李凪は連絡を受けると、深く座っていた椅子から起き上がり、壁に立てかけてあった小銃を手に取った。

 すぐに戦闘になる。ヘルメットを被ってから建物を出て、三次から指示された場所へ向かった。エミリアによって戦闘員の位置はおおよそ把握されていた。

 オペレーターはエミリアからの情報と提案を元に戦闘員に指示を出す。戦闘員は指示通り戦っていく。李凪に出た指示は兵士を狙撃することであった。

「場所は何処?」

「ここから三百メートル先に先行部隊がいます」

 李凪は駐屯地のフェンスを越えて、三次の示した場所へ向かっていた。ニューナゴヤへ繋がる道路は舗装されている。両側はガードレールで囲われているが、林の中に作られたような道であった。

 敵の部隊は舗装された道路ではなく、近くの林を進んでくることも可能であった。舗装された道路はウェーブジャマーの範囲外を飛ぶ偵察気球からであれば、確認することが出来る。ウェーブジャマーは航空機が飛ぶ高度までしか通用しない点がある。

三次の示した地点は、思っていた通り方角は林の方であった。李凪はガードレールを飛び越えて林の中へ入っていった。

「こちら川内。目標地点到達もそれらしきものはなし」

「三次です。敵も動いていますが、まだ周囲にいると考えられます。マーカーは北東に動いていますが集団なので比較的動くスピードは遅いです。注意してください」

「了解」

 林の中に敵は紛れ込んでいると考えても、周囲に敵がいると考えにくい状況であった。動く音は風による植物の揺れぐらいか。

「隠れているか」

 李凪は周辺をゆっくりと歩いて行った。足音を立てず、極力物音を立てないように動かなければならない。こういったときはいつも以上に神経は敏感になっていた。

 八時の方向から銃声が響いた。李凪は身体を伏せつつ、銃声の聞こえた方向を向いて持っていた小銃を向けていた。また発砲音が鳴り響く。李凪は近くの太い木の幹に身体を隠しつつ、敵の方向に小銃を向けて発砲した。目視でわかる限り敵は三人いる。この位置も把握されている。それを頭に入れながら李凪は応戦していった。

 何とか三人の兵士は倒した。李凪はゆっくりと近づいていき、撃ち殺した三人の兵士を確認した。

「こちら川内。兵士の死亡確認」

「まだ分派がいると思います」

「ああ、わかっている。銃声でこちらの位置も把握されている筈だ」

 李凪は三人の兵士の持ち物を漁っていく。目ぼしいものは何もない。持っていた拳銃の弾倉を抜いて本体を草むらへ投げ捨てた。

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