第64話 オフィス外の戦い
新島はイヤホンを抑えながら、オペレータールームにいる三次と通信回線を開いた。
「逃げられた」
「わかっているわ」
「三次、シロッコを追える?」
李凪も右耳を覆うように手を当てて問いかける。
「今検索中です」
三次のモニター画面には近隣の防犯カメラからシロッコを割り出そうとしていた。その中で道路を走る一台のコンパクトカーが目に入る。
「これって」
「どうした?」
「今、降りていく車両があったのですが車両兵器に似ているので」
「それの中に乗っている人物を特定して」
三次が映像から車内の人物を特定していた。映像を何回か鮮明化していくと、その人物が判明した。
「シロッコとその部下です」
「今どこ?」
「BからAを経由して東へ進んでいます」
「ティティを回して。Aの降りたところへ」
そういって二人は三次と通信を切った。二人はA地点から出て車を回してもらった場所まで移動していった。その間にA地点にある他の格納庫を黙して確認していくが特に異常は見られない。
二人は車に乗り込んだ。新島が再び三次と通信回線を開く。
「多分光学兵器に関するデータだけ持ち逃げしたよう」
「サイコチップの中が解明できなければ使えないものね。サイコチップは何処?」
「聞いてみる」
新島は一度ミュートにしてから李凪の方を向いた。いつものたるんだ糸のような運転姿勢とは異なる。李凪は細めた目でフロントガラスの先を向いていた。いつもよりも苛立ちがある。逃げられたからではない。
「サイコチップってどうしました?」
「ビジネススーツの内ポケ」
新島はミュートを解除して、イヤホンの向こうにいる三次に伝えた。
「ナギさん持っているって」
「頭脳は持っていかれず。でも作りがわかっていればユナイトも自分たちで作れる。サイコチップは元々あっちが持っていたからね」
李凪は法廷時速を超えるスピードで三次が割り出した位置情報を元に追跡していく。車両は地下へ一度潜っていく。オレンジ色のライトが李凪の目に入る。遠くまで見える為であるが、さっきまで暗い所にいたせいで目が慣れていない。
道路をしばらく真っ直ぐ進むと地上に出ていた。暗い空から雪が降り注いでいる。時季外れの雪の予報は当たった。
動くワイパー越しにシロッコが乗っている車両が目の前に見えた。前に乗っている車内からルームミラー越しにこちらが誰か気づいている。
車はカーブに差し掛かる。二台は徐々に街中へと入っていく。市街地での戦闘を禁止しているJSSから逃げる手段としては妥当か。
カーブを曲がっている際に新島は、助手席側の窓を降ろして、持っていたライフルを相手の車へ向けていた。身体を半分乗り出してスコープで狙いを定めていた。市街地に逃げられれば追跡が厳しくなることからここで蹴りをつけようと焦りが見えていた。
「撃ちます」
「何処を」
「タイヤです」
対物ライフルではイージス装甲に傷すらつかない。それを考えれば狙える部分はあまりない。
「効かないかもしれん」
「それではマフラーを」
「やってみな」
李凪はアシストするかのように車線の真ん中よりに車を走らせていた。狙いを定めた新島は引き金を引く。弾丸はマフラーより右に三センチずれたところに当たった。何か金属に当たったような音がする。当たりは少し鈍いか。
「上手くいった」
李凪は音で判断した。すると身体を車外に飛び出している新島を左手で引っ張って車内に入れたのち、窓ガラスを閉めて車を右車線へ車線変更した。
並行して走りながら幅寄せをするかのように李凪は相手の車にぶつかっていく。相手は装備されている兵器を使用しない。何度もぶつかっていくと相手も李凪が乗っている車の方向にハンドルを切ってきた。
ぶつかり合いながら交差点へ侵入していく。信号は赤信号であったが、両者そんなことは考えていない。李凪がハンドルのボタンを押してレールガンの砲門を起動させた。
「ナギさん、レールガンは」
「ぶつけるわけじゃない」
砲門は両者の車が走る先を向いていた。新島は李凪が何をしたいのか察した。
レールガンが発射される。シロッコを乗せた車の運転手は当たっていないことをあざ笑っている。
「それから」
そういって李凪はもう一度相手の車に体当たりする。横っ腹を狙い、車両の進路を変えるかの勢いでぶつかった。
「ハンドルを切れ」
シロッコの怒号が飛ぶ。運転手にはその意味が分かっていない。そのうちに車内は大きく揺れた。ハンドル操作が効かなくなり、車はそのままフェンスを突き破って川底へ転落した。
その後、二人は三次から撤収の指示が出たため、その場を離れた。夜が明ける前にシロッコが乗った車は川から引き揚げられたが、車内にいた人物は運転手のみであった。運転手は死亡していると報告に上がっていた。死因は溺死である。
基地に対する攻撃は劣勢であった。特に各所から呼び寄せた戦闘員が空から飛ぶ無人機の餌食となって死人が多数出た。前衛のトーチカにも空爆が行われ、死傷者を多く出していた。
あまりに数多くの死傷者を出した戦闘は久しぶりであった。相手がシロッコ率いるイグナイトと言う点を考慮してもずさんな点が多く見られる。敗因の責任を負うべく幹部の辞任も行われたが、それはあまりに意味がない。結局は一部の派閥が力を伸ばすだけとなり下がっている。JSSの中で改革と言う者はあくまで口先である。
李凪も翌日には帰還命令が下され、新島と共に上野へと戻ることとなった。シロッコに逃げられたことは特に何も咎められることはない。ただ損害を被っただけの戦いに意味がなかった。
上野に戻ってから、李凪が一課のオペレータールームに顔を見せたのは三月四日の頃であった。朝早くにオペレータールームに顔を出した。そこにいたのは三次と梅野、そして麗那であった。
「おかえり」
麗那が振り向いて李凪に声をかける。杖を突いて他二人と何か話していたようであった。
「ただいま」
李凪は壁に埋め込まれていたモニターでスケジュールを確認する。今日は非番であった。
「新島は?」
「休みよ」
「そう」
「非番で悪いけどこれ届けて」
そういって渡されたのは二枚のキャッシュカードであった。片方は全体がオレンジ色で白いラインが入っている。もう一方は紺とピンクの二色を使った鮮やかなカードであった。
「都一とヨザ銀か」
「袋渡すからこの人物に渡して」
そういって二つ折りのメモと新大洋HDと書かれた角形の封筒を渡された。李凪は何も言わずにそれを受け取って、オペレータールームを後にした。
愛車の補修にはまだ時間がかかる。それまでは仙台で乗っていたティティに乗るしか他になかった。李凪はメモに書いてあった場所に向かい、路上でハザードランプを点けながら車を路肩に停めていた。
接触する人物が現れるまで、車に備え付けられていたラジオを聞いていた。グリーンランド付近では潜水艦が何者かによって撃沈されたというニュースや買春斡旋業者の一斉摘発といった話題の中でユナイトと日本による海上での戦闘は全く取り上げられなかった。
だが、仙台での戦闘は取り上げられている。ここは過去と比べれば、少しは変わったところだろうか。
結局イグナイトはJSSの施設を破壊することが目的であったとみられるが、どうも中途半端なところが多い。セントラルフロントでは光学兵器の情報が漏れたことに関して、特に反応はない。何の為に何をさせられていたのかわからなかった。
まだ、手元にサイコチップは存在する。李凪は右手を上着のパーカーのポケットに手を突っ込んだ。
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