第63話 過去は消した
「三次」
「どうしました」
「シロッコに逃げられた。周辺にまだいる筈だから追跡を頼む」
「はい」
三次は李凪の位置情報から周辺の熱源を頼りに片っ端から捜索していく。引っかかった熱源は六件あるがそのうち三件は機械から発されている熱のため除外された。
残りの三件を同時に調べていった。反応が出たのは一件のみであった。
「ナギさん、格納庫A-11です。そこにシロッコとその部下三人います」
周りの霧が払われた頃、李凪は三次から指示を受けた。今隣にある格納庫はB-11であった。ここから二キロ先に指示された格納庫はあった。
「A-11って何があった?」
李凪はシロッコがいると思われる場所に向かいながら、イヤホンの先にいる三次に聞いた。
「確か新兵器だったと思います」
「ブーツとか?」
「いえ、光学兵器に関連するものです」
李凪の仮説は少しずつ正解に近づいていった。シロッコが狙っていたのはJSSの車両兵器ではない。ユニオン周辺に警戒していることは仙台に置かれる光学兵器である。
「施設を直接狙うわけじゃない。光学兵器の設計とサイコチップと同等の心臓があれば作ることが出来る。まだ稼働前だけど試し打ち程度であればまだエネルギーが残っている筈だ。それを使って日本から攻撃をさせてユニオンと衝突させるつもりだ」
「A-11に無人機を送って足止めをします」
「すぐに壊されると思うけどやって」
格納庫の外側には警備用の陸上走行型の無人機が点々と置かれていた。それはあくまで傭兵と戦えるほどの戦闘力は見込めない。
李凪がA地点の格納庫に着いた。ここにはあまり戦闘員の配置がされていなかった。A地点に入るにはB地点を通らなければならないから、B地点に侵入した時点で取り押さえられるといった先入観から来たものであろう。このような守備の甘さが出たのは一度コンピューターに考えさせた配置図を人間が手直ししたからである。
「新島を向かわせます」
「頼む」
三次は新島と通信回線を開き、李凪の元へ向かうように指示をだした。新島のみ斜面を駆け上がっていく中で、他の戦闘員はどんどんと下へと降りていく。下がれば下がるほど無人機の射線に入ってしまう。新島は今斜面を降りていく戦闘員は死亡すると思いながら一人斜面を登っていった。
李凪がA-11格納庫に近づいていく度に強烈な音が響き渡る。三次が動かした無人機を破壊するために相手が使用している武器はバズーカ砲であった。
「相手はバズーカか」
李凪の手持ちには拳銃とACアダプタ型の小型爆弾しかなかった。相手の人数とシロッコがいることを考えれば厳しかった。
爆風と音で相手のいる位置はわかっていた。相手はA-11格納庫の入り口付近にいる。李凪がいる場所から考えると十二時方向に敵はいた。しかし敵は格納庫に隠れて目視では確認できない。
「映像入りました。シロッコおよびイグナイトです」
破壊された無人機から得た映像にはっきりと映っていた。シロッコの部下が無人機に向かってバズーカ砲を向けて引き金を引いている。その後ろにシロッコはカメラ目線でニヤリと笑っていた。
「気づいています」
李凪がその言葉を聞いたとき、目の前からロケット弾が飛んでくる。李凪はしゃがんで回避した。ロケット弾は後ろへ飛んでいく。するとイグナイトの兵士が後ろから二人出てきて小銃で李凪を狙って発砲してきた。李凪はA-11の格納庫の陰に隠れた。
小銃を持った二人の兵士は徐々に近づいて来る。銃声が徐々に近くなっていく。李凪はポケットからACアダプタを取り出した。
銃声が鳴りやんだ瞬間に李凪は建物の角から身を出して持っていたACアダプタを転がして相手の足元へ投げた。相手は転がってきたものに特に反応しなかったが、シロッコが奥から「下がれ」と叫んだ。けれどその声は間に合わなかった。
爆破に巻き込まれた兵士が倒れこむ。残る兵士は三人だけであった。李凪は角から敵の位置を探る。
「ナギさん、後ろから回って来ています」
「了解」
李凪は左手に持ったコンパクトミラーで自分の後方を見ながら、右手に持っていた拳銃を左わき腹から出して発砲する。弾丸は角を曲がった二人の兵士の胸元を突いた。
発砲音からシロッコは相手の位置を特定できている。それは確実に狙った獲物を仕留める為である。既にシロッコは移動している。味方の兵士を囮にして後ろから来るか。あるいは、正面から来るか。
「ナギさん、今度は正面から」
李凪は持っていたコンパクトミラーについていた紐を抜いてから正面の十字路へ投げ込んだ。するとコンパクトミラーが光始める。眩い光が周囲をくらませる中で、李凪は飛び出してひるんでいる兵士を撃ち抜いた。
「流石の実力か」
そこにいたのはサングラスをかけたシロッコであった。
「目を潰さないようにちゃんと加工されたサングラスを使用。戦闘員からくすねたものか」
「ちょっと借りただけだ」
「その為に一人消えた」
「酷い言いがかりだ。お前には免責特権が適用されるだけで大して変わらない」
シロッコは持っていた拳銃を李凪に向けた。反射的に李凪もシロッコに向けて拳銃を向けていた。
「メタリナか。普段とは違う拳銃でいつも通り戦えるとでも」
「撃てれば変わらない。敵を殺せればどれだっていい」
「昔はマグナムだっただろう」
「そんな昔のことは忘れた」
「過去は消したと言いたいか」
シロッコは引き金を引いた。タイミングを計って李凪は身体を射線から少しだけ逸らし、右手を腰に回した。弾丸はダッフルコートを割いて、中のビジネススーツをかすめるように通っていく。
銃弾を最大限回避しながら、李凪はシロッコの頭部に照準を定めて引き金を引いた。しかしシロッコは頭を逸らして直撃を回避した。
「読めているか」
「飛ぶものは軌道を読む。常識であろう。それがわからなければ消えていくはずだ」
両者共に頭部に銃口が向けられていた。距離は殆どない。至近距離からの発砲を躱せる程の身体能力もない。
どちらが先に引き金を引くか。それでもシロッコには余裕がある。まるで死を恐怖と思っていないほどであった。シロッコの目はくすんでいない。裏を言えば決まっていないのである。
「二対一は不利だ」
李凪の後ろからモーターの音が近づいて来る。それと同じくしてライフルの銃声が後ろから聞こえる。シロッコは銃弾が当たらないように身体を李凪に重なるような位置にずれた。
「ナギさん」
声からして新島である。新島はローラータイヤを滑らせながら、上半身はライフルを持ちながら狙撃体制に入っていた。だが、シロッコは銃弾が李凪に当たる位置にいた。これ以上狙撃を出来る状態ではない。
「そこまでだ」
シロッコは右手の拳銃で李凪のおでこに銃口を突きつけつつ、左手に持った拳銃を新島に向けていた。両者共狙える状態であった。新島は数メートル後ろで接近することをやめた。
「新島、撃て」
「撃ったらこいつに当たるぞ」
「当たらない。撃て」
「お前の実力じゃ当たるのは手前にいる奴だ。大人しくライフルを地面に置け」
シロッコには新島の実力がわかっている。李凪の出鱈目に流される程甘くない。
シロッコが新島に視線を多く注いだ。その一瞬を突いて、李凪は右足でシロッコの腹を蹴った。シロッコは倒れこむ瞬間に銃を李凪の方へ向けるも、李凪はその腕を掴んで銃口を自分の身体から逸らした。シロッコは引き金を引く。弾丸はアスファルトに当たって跳ね返る。
地面に身体を打ち付けながらも、シロッコは回転足払いで李凪の脚を引っかけて倒した。李凪はその際に持っていた銃を手から放す。起き上がったシロッコはその銃を取って李凪に銃口を向けている。
「動くな」
若干、前に進んだ新島がライフルをシロッコに構えている。
「お前は勝てない。だが部が悪い」
そういって李凪に銃口を向けつつ、ゆっくりと後ろへ下がっていく。A-11格納庫の角を曲がると足早に去っていった。
完全に見えなくなると新島は李凪に手を差し出した。李凪は新島の手を掴んで起き上がり、ビジネススーツについた汚れを手で払いながら逃げた方向を見ていた。
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