第62話 リアライズ

 同日夜、予定時刻にて李凪は新島と作戦についていた。イグナイトが攻撃を開始すると考えられる数時間前であった。青葉山に存在するJSS工房班基地にて、李凪は各地方から呼ばれた他複数人の戦闘員と共に防衛を行っていた。

 李凪が防衛している場所は最新の車両兵器が格納されていた。この場所から東京や大阪へ移動する予定となっていた。

 イグナイトの目的は新兵器の奪取と仙台の施設を破壊することが大きな目的であると推測されている。戦闘員はその指示に従って、この地を防衛しなければならなかった。

 表立っては言われていないが、JSSは仙台に他国の都市を狙って破壊できる兵器を隠しているということは言われていた。イグナイトはそれを破壊することをユナイトから依頼されていた。

 ユナイトの息がかかっているユーロ圏の地域や反日的なマスメディアでは、日本が大量破壊兵器を隠していることを大々的に報じていた。だが、それは各国のパワーバランスによって事実であるか判断は分かれていた。

 エミリアの演算ではイグナイトは午後七時に侵攻を開始するとされていた。各所から得た情報を精査して作られたデータでは、イグナイトが侵攻開始する為にシロッコが指示を出すとされていた。

 シロッコが侵攻することが出来るか最終判断を出す。イグナイトにおいて作戦を完璧に遂行するために、確率の悪い賭けに出ることはなかった。

 李凪は指示のまま格納庫の外側で車に乗って待機していた。相手は生身の兵士ではなく無人機を多く使われると想定されていた。どちらにしろ、武装された車両を使用した方が都合はよかった。

 車に内蔵された時計が6:55と表示されていた。東側から点々と夜空を舞うように飛んでいる姿が確認できた。基地内でサイレンが鳴り響く。第一次戦闘用意のサイレンであった。同じくして李凪の携帯に防災アラートも鳴り響く。市町村から市民に対する空襲警報であった。李凪はエンジンをかけてハンドルにあるボタンを押した。

 基地の前方では戦闘が行われていた。夜闇の中で眩い光が飛び交う。無人機は前衛の砲門へ次々とミサイルを落としていく。それを迎撃しつつ、前衛のシステムは無人機を落としていった。

 だが、JSSはやや劣勢であった。網目の大きいざるのように無人機の一部は基地の内部へ入っていく。李凪はフロントガラス越しに目を凝らして無人機が落ちる姿を見ていた。よく見ると、攻撃は当たっているがそれを諸共せずに無人機が飛んでいる姿を確認した。

「やっぱりか」

 李凪の勘は当たっていた。昼間に戦った無人機の残骸を芦美に調べさせた際に、黒いボディはイージス装甲と同等の防御装甲であるという勘は当たっていた。ただし、イージス装甲と違う点も芦美はまとめていた。

 李凪がハンドルに両手を重ねて目の前で起こっていることを眺めていると、運転席側の窓ガラスを叩く音が聞こえた。李凪はミラーに映る人物を横目で見る。そこには新島が対物ライフルを背負って、窓ガラスから覗くようにしていた。李凪は窓ガラスを下げた。

「狙撃班は前進するように指示が出ました。これを預かってください」

 新島が窓から車内に入れたバッグは、どこかで見覚えがあった。縦長の置き場所に面積を取るバッグを李凪は窓から受け取って後部座席に置いた。

「それでは」

 新島はそういって腰と同じくらいのフェンスを乗り越えて、斜面を降りていく。新島は工房班で新しく作られたブーツを履いていた。

 戦闘において車両を使用せずに移動する方法として新たに側面にローラータイヤのついたブーツが投入された。

 これを使えばローラースケートのように地面を走ることが出来る。時速はスクーターと同じくらいと言われている。走行できる時間は腰に装着しているバックパックのバッテリーに影響する。

 斜面を走っていく新島は、背負っていた対物ライフルを手に取って、スコープから狙いを定めて無人機を下から狙撃していく。同様に指示を受けていた戦闘員が格納庫に面する斜面を駆け下りていく姿がちらほら見えた。

 李凪へ指示が来ることはない。来たとしても李凪は従うつもりもなかった。

「ナギさん」

 イヤホンから三次の声が聞こえる。李凪は応答した。

「どうした」

「イグナイトが侵入した形跡はありませんが、既に無人機攻撃を囮に侵入した模様です」

「シロッコはいる?」

「調べます」

 上野支部のオペレータールームで、三次はコップに入っていた飲み物を口に含みながらキーボードを操作していく。飲み込んだと同時に一件のみヒットした。

「出ました。格納庫の裏に設置されている防犯カメラです」

 李凪の携帯にカメラに写ったシロッコの画像が送られてきた。シロッコがカメラ目線で写っていることに違和感はなかった。

「わざと残したか」

「ナギさん、近くですよね」

「ああ。これを上にも伝えて。所詮死人が増えるだけだけど」

「わかりました」

 李凪は通信を切って車から降りた。着ていたダッフルコートの内側から九ミリ口径の自動式拳銃を取り出した。

 シロッコが防犯カメラに写った場所はここから離れていない。李凪がいる場所からは対角線にある場所であった。だが、写った時間は四十九分前である。既に移動していると考えた方が自然であった。

 格納庫内から物音は聞こえない。曲がり角を曲がると、待ち構えるかのようにシロッコはその場にいた。戦場の亡霊をまた一つ消すためにそこにいる。

「自分から来るとは」

 昨日とは印象は異なる。伸ばしていた髭を短くし、JSSの戦闘員と同じようなジャケットを着ていた。服の厚みから見れば中に防弾チョッキを着ていることも考えられた。

 左手に持っているのはトランクケースであった。右手には何も持っていない。銃を背中に隠している。

「来たのはそっちでしょ」

「相変わらず嫌な奴だ」

「戦争で商売する奴に言われても響かないな」

「響いたこともないくせして。同じようなものだろう。そして同じ数だけ人を傷つけて、殺して、周りの人生も滅茶苦茶にした。そこから生み出せたものなど何もない。生み出せるわけがない。なぜなら壊すしかその手にはないのだから」

 妙に全てが当たっていた。まるで今まで見てきたかのように人の過去をまとめて話していた。けれど、それはシロッコにも同じようなことが言えた。

「それしかない戦いはてめぇも同じだろう」

「ああ、同じだ。俺だけこれもおかしいだろう。のうのうと生きている奴らにも味わわせることが今の俺だ。お前も同じようなものだ」

 まるで正当化の理論であった。シロッコの言葉は妙に核心を突きながらも、出来事を絵画のように額縁から見ている。だが戦争はシロッコの餌となっている。李凪にはそれがきな臭く感じていた。

「あの時と変わらずか」

「知ったかぶりか」

「知っている。あの大戦で覚醒しただけだろう。それまでは今よりも線が細かった。戦いの日々で少しはましになった」

 李凪はシロッコと過去に会ったことがあった。だが、戦っただけでそれ以外を知る必要もない敵であった。シロッコの分析はあくまで一般的に考えただけの分析に過ぎなかった。

「戦いに満ちた日々。それから抜け出せないような蟻地獄はウスバカゲロウになれない」

 その言葉を聞くとシロッコは持っていたトランクケースを地面に置き、二つあるつまみを一つずつ回して半分開いた状態で李凪の方へ地面を滑らせて渡した。

「何」

 シロッコは表情一つ変わらない。李凪の足元にトランクケースが来た時に目を向けると、中から白い煙が発生した。李凪が袖で顔を覆っている間にシロッコは姿をくらませた。

 周りの状態は白い霧に囲まれてわからない。吸い込んでも特に影響はない。目の前すら何も見えない状態であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る