第10話 スコーピオンの侵入
二人の乗る車は関内に到着した。かつて駅があった地点は高架になっている点を生かし防壁と改造されていた。電車は現在通っていないこともあり、国民にもこの事実は知られていなかった。JSSはここを根城にして横浜から東海への防衛の要塞としていた。
李凪が建物一階のフロアに車を停めて二人とも下車した。中は誰もいない。歩くと床の音がコツコツと鳴り響いた。麗那は二階へ行き上野二課と連絡を取る為に通信室へ向かった。置かれているのは電話線に接続された電話のみで無線による通信機器は置かれていなかった。今日既に誰かが訪れた靴跡が残っている。やけに荒らされたようなデスクもあるが麗那は目に留めなかった。小田原作戦に向かう隊が持って行った可能性がある。
支部番号を入力してからそれぞれの部署のオペレータールームに繋がる電話番号を押して電話を掛ける。発信音が四回鳴ったところで応答する声が聞こえた。テナーのように低くて淡々とした声は梅野である。
「こちら上野二課」
「梅野、私桜ノ宮です。関内着きましたって凜さんに伝えて」
「凜さんはさっき悠さんと支部長室に呼ばれたので帰ってきたら」
「よろしくね」
麗那は定時の連絡を済ませて一階へ降りようとしていた。通信室の部屋を出た時、廊下の奥に人が倒れているのが見えた。音を立てずに近づいて相手の反応を確かめる。反応に対して何もないのを確認して再び一階に降りて行った。
階段から降りると李凪ともう一人見知らぬ人物が立っていた。車の前に立つ一人の男性と運転席側に立つ李凪。両者とも銃を持って斜めに向かい合っていた。
「もう一人増えたぜ」
「ほっとけ」
麗那は足早に李凪の背中に隠れる。まるで弱いから守ってもらうかのように相手に見せつけた。相手は銃口を李凪の肩に向けた。その角度からであれば麗那も狙えるといった位置であった。
「準備もなしか」
麗那が銃を握っていないことに対する反応であった。
「やかましい」
スイッチが入り、キレのある声に変わった。李凪は睨みつけながら相手を見ていた。
「あれは」
「KSTS日本支部幹部
「初めましてというべきか」
「殺す相手に挨拶はいらない。撃った鉛だけでいい」
李凪はそう口にして運転席のドアを開けて麗那の襟元を掴み、車内に放り投げた。それから自身も乗り込みクラッチとブレーキに足をかけて踏んだ。エンジンをかけてシフトチェンジを行い、サイドブレーキを下げて発進した。相手をひき殺すかのようなスピードで疾走していく。だがGIUは片手で銃を構えつつ発進と共に躱した為当たらなかった。麗那にはやや脅威な顔に思えた。両者共に嫌な敵としか映っていないように見えた。
「オペレーターでも作戦時に聞いたことあるでしょ」
「うん、まあね」
あまり麗那の記憶には人物の名称は入っていなかった。作戦支援において敵を覚える必要はさほど感じていなかったからである。
「あいつはGIU」
「さっき聞いた」
「KSTSのアルファナンバー。東陽町で地下鉄テロを起こした主犯格の一人だ」
その言葉を聞いて李凪の冷静さが保たれていることがやや不思議であった。東陽町で起こった地下鉄テロは18年前に発生した東西線爆破事件である。当時官房長官であった進藤渚を狙ったテロであり地下を走る鉄道を爆破させることで地上にいた対象諸共殺害しようとした計画であった。当時は大金と名乗る人物から犯行声明が出されユニオンに連なる組織の一つで過激派環境保護団体ンベリュートの構成員とされていた。だが実際はJSS・JBS拡張に賛成していた議員のトップを狙った組織KSTSの犯行であった。この事件によって李凪は電車に偶然乗っていた家族は失い天涯孤独となった。彼女はたまにKSTSに恨み節を口走るのもこれが影響していた。
だが李凪がJSSに入った理由はKSTSの復讐だけではない。その先に李凪が求めるものがあると麗那は睨んでいた。けれど麗那は李凪のその先にあまり興味はなかった。入り込むことはできてもあえて踏み込まなかった。破壊の中の再生が繰り返される世界で彼女は修復されずに傷ついたまま変わらなかった。
「あれが関内にいた……漏れている」
作戦は主に二課と一部の上層部しか知らない出来事であった。そんな筈はないと麗那は思い込んでいたが、李凪は全てを疑うように考えを巡らせていた。既に八景では二人を待ち構えるか準備ができているであろう。わざわざ危険を冒してまで敵の罠にはまる意味はなかった。
「捕まえてもらえるなら案内してもらう方が早いか」
「既に隠されたかもしれないけど」
「いや、逆もあり得る」
「逆?」
「見せてくるかも」
賭けを行う。麗那の返しに間髪なく李凪は答えていた。車は国道16号に接続する道を進んでいく。少しずつアスファルトの舗装が粗くなり始めた。補修が行われていない影響である。ちらほらと段差がある中で進んでいくとバラック小屋が点々と並んでいた。既に相手の内側に入り込んでいた証拠であった。
「大量破壊兵器の破壊が作戦か」
「劣化ウランを使って小田原を攻撃かしら」
「それ程度で使うか?」
答えはノーである。一課のレベルから推定すればソルデックの配備のみで何とか全滅は可能である。そこで李凪は一つの仮定を生み出した。
「劣化ウランを使って攻撃と言えば関東JSSの基地か幕張の自衛隊予備隊辺りが妥当だけど上空から攻撃することは不可能。なぜなら新東京30区と千葉の一部を覆うように防衛システムが機能している。エミリアとかの応用で機能しているシステムはステルス戦闘機ですら引っかかる程だ。連中が使うとしたら陸上で輸送するしか他はない」
ハンドルを掴む左腕は上側を握りながら手のひらを掻くよう擦り付けていた。李凪の目が少し細めつつ鋭く睨みを聞かせていた。景色は次第にバラック小屋からコンクリートの建物が増え始めてきた。八景地区の中心へと近づいていた。次の十字路を右に曲がれば八景地区の中心都市へ向かうことができる。
「後ろから追ってきている」
麗那はミラーを見て後ろを確認した。遠くから点のように一台の車が走っていた。青いセダンの乗用車だが近年見ないような車種であった。作られたのは200年前だろうか。
「この町の殆どはだいぶ昔の中古車しかない。外部と遮断された環境だからそれくらいしか手に入らない。八景ではKSTSが情報を統制しているからどうも住んでいる住民は信じやすいんだよ。侵入すればKSTSが敵兵と称して殺害する。汐見台辺りでもKSTSの兵士が警備の巡回を行っているから見つけると理由をつけて追い返すか殺害するからね」
言葉通りに追われているのはそのせいであろう。ただしあえて接触しないのは既に侵入する情報を掴んでいたからであったと麗那は理解した。
「次を読めば交差点ね」
李凪は急ブレーキをかけて交差点に入る前で車を停めた。少し体を前に出し左側を気にしていた。
「ビンゴ、トラックが200メートル先に停まっている」
李凪は一度車をバックさせ反対車線を踏み越えながら右折した。それに気づいたトラックらしき車が追いかけるように走り始めた。長い車体からタンクローリーであることがわかる。少しずつスピードを上げながら追いつかれないように道を走っていた。見通しの良い直進を走りながら後ろのタンクローリーとの距離を気にしていた。麗那は後ろを向いてタンクローリーの運転席を見ようとするがガラスが黒いうえ、タンクローリーの車体が高いため見ることは出来なかった。追いつかれれば横か後ろのどちらかから押し潰される危険性があった。
緩いカーブを加速して入り、交差点が見えると李凪はハンドルを左に切って曲がった。敵から車が見えなくなるまで距離を離してからそれからエアコンの吹き込み口の下にある丸いボタンを押した。
「何をしたの?」
車内には何も変化が起こらない。
「ナンバープレートの切り替えと一時的に車体の色を変えた」
李凪の言う通りナンバーは足立666し49-13から和泉334 お80-16へ変わり、車両の色もシルバーグレーからブラウンになった。
しばらく走らせてから路上駐車の多い道路の空いているスペースに李凪は車を停めた。タンクローリーでは曲がり切れない角だったのか通過した車両は最初に追ってきた青いセダンのみであった。車体のボディーカラーが変わった影響か気づかれずに通り過ぎていった。完全に去っていったのを確認して李凪は車をバックさせた。
「追いかけっこをしている間に日が暮れた」
鋭い目で周囲を警戒しつつさっきの交差点へ車を戻らせた。かつて政府がKSTSに占拠される前に設置していた施設に一度寄る必要があったが既に敵が調べている可能性があった。交差点まで戻ると李凪はどこへ行くかハンドルの上部に手をかけていた。隣で麗那は衛星写真で撮った八景地区の写真を見ていた。暗い中であまり良くは見えないが現在地は色の濃淡で理解していた。
「西側に大きなキャラバンがある」
「まだあるか?」
「写真は二年前。まだ可能性はあると思う。そこで紛れていればやり過ごせるかもしれない」
李凪は交差点を左に曲がってから次の角を右に曲がった。通り二階建ての空き家が立ち並んでいた。明かりもなければ人がいるような気配もなかった。六分ほど走らせると李凪はゆっくりと車を停めてからバックさせた。一階のシャッターが唯一開いている建物を見つけ、その中に車を駐車した。エンジンを切ってから二人は車を降りた。この建物どころか一体に人気がないことが不可解であった。
「キャラバンは奴らの監視がいる。今日はここでやり過ごした方がいい」
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