第9話 ボーダーラインを越えて
李凪は愛車に麗那を乗せて一般道を走っていた。首都高は所々侵攻の後を残し完全に修復がなされていない為地道を走り続けなければならなかった。小田原作戦の影響か一般道でも一部道路に規制が敷かれている。混雑を回避するために品川を経由して川崎大師から検問を通る必要があった。
東京都と神奈川県の県境ではユニオンとの戦闘が膠着した今でも立ち入りが厳しく制限されており、政府の機関以外の通行は必ず検問を通らなければならない。ただし一部では反社会勢力が抜け穴を作っており通行料金を取る反面、検査抜きで出入りが可能な場所もある。
これらは警視庁でも取り締まりを強化しているが根絶には至っていない。ユニオンとの戦闘が激化する中で反社が勢力を拡大していく状況に頭を悩ませている。活気のある通りでは姿は見えずとも一つ挟んだ通りでは麻薬や銃の取引が行われている状況である。これらの取り締まりに組織犯罪対策課は手を焼いている。JSSは作戦遂行において必要とされる殺人を許可しているが警察は認められていない。そういった中で反社絡みでの殉職者は増大している。
上野三課はユニオン等に絡む反社への攻撃を多く行っている。現在も三名が上野から品川へ出向していた。三課と二課はあまり仲が良くないことから李凪は極力品川から川崎大師に入るルートを好まなかった。だが作戦の都合上仕方なく通った。川崎大師との検問ではJSS品川所属のオフフェイスが担当することが多い。その際に身分証として政府が発行しているJNHカードの提示が必要であった。JNHカードはマイナンバーの代わりに新しく発行された公的サービスや身分を証明する際に使用されるものであるが今回は本物ではなく偽名と出鱈目なデータが含まれたものを所持していた。
料金所のように車両の出入り口が東京側と川崎側でそれぞれ三か所設置されている。バーで遮断された状態で担当者が隣の小屋で検問を行っている。七台車は停まっていたが少しずつ車は進み、順番が来ると運転席側の窓を開けJNHカードを提出した。受け取った人物の顔は帽子のつばに隠れて見えなかったが相手からは二人の顔とカードの写真を照合する様子がうかがえた。
「どうぞ」と言ってカードを受け取ると李凪はアクセルを少しだけ踏んで車を発進させた。
バーが開ききる微妙なタイミングでフロント部分が通過しかけていたがぶつからずに前進していく。戦闘の影響もあり川崎の町は復興に遅れが生じていた。政府が川崎でユニオンと戦闘を繰り返して侵攻を食い止めたのは18年前である。立川の大きな基地を破壊されたことによって横浜での反転攻勢の準備として関東のJSSを再編したことで8年の膠着状態を作り上げなくてはならなかった。戦闘が収束しても未だ制限地区に設定されているせいで川崎の復興はずるずると遅れていた。
そのため高い建物はもうほとんど残っていない。シルバーグレーの車体は照り付ける太陽の日差しから逃げ場を失っていた。同じように車内では顔にかかる日差しを避けるために麗那はレンズの青いサングラスをかけていた。服装の影響でどこかハリウッド映画にいそうなキャラクターへと出来上がっていた。
「川崎の町もこれからね」
「ああ」
制限が解除されるのは少なくとも二年後という試算である。川崎に配置されているJSSや自衛隊予備隊が横浜に移動したのちに戦闘時に臨時で設置された部分を修復して解除される予定である。解除するには現在小田原で展開される作戦を上野一課が遂行することがカギとなる。ただそれは失敗に終わると上野支部内では見込んでいた。
両手を組んで頭をのせて助手席のシートに持たれかかる麗那は何か手持無沙汰な様子であった。後方に目を向けると麗那用のトランクが積まれていた。右手を伸ばしトランクの持ち手を握ると席まで持ち上げて自分の膝上に置いた。わかっているかのようにトランクのつまみを二つ同時に回した。中を開けるとそこには小型のノートパソコンが一台収納されていた。オペレーターがよく外で仕事をするために使うパソコンと同型のものであったが一部外付けの機器が繋がっている様子が見えた。
「そういえば楽生、昨日八王子で戦闘になったらしいね」
そういいながら麗那はパソコンを立ち上げて作業を行う準備をしていた。
「ガトリング使うように指示したのナギだって」
「ああ」
「あれで市街地戦行うのは多少勧めないけど楽生の機動力と戦闘スタイルを考えて口出ししたんでしょ。流石ね。悠さんも褒めていた」
「偶然だ」
あの後楽生はKSTSの戦闘員と交戦になったという。建物の屋根を伝って逃げつつ大きな通りに出る。そこで上手く敵を誘導してからガトリング砲で殲滅したという。多少の周りの建物の破損が出たものの作戦上仕方のないこととして処理されていた。
「若手のオペレーターならあそこでソードを渡すのもいるから」
麗那は李凪とすれ違いでオペレータールームに入り楽生の戦闘状況を確認していた。楽生の作戦も遂行したことで李凪はより成功させなければいけないプレッシャーがのしかかっていた。話終えると麗那はパソコンをシャットダウンしてから閉じた。
車は川崎駅を過ぎて道なりに横浜へ向かっていた。既に時刻は十時を過ぎていた。今日中に八景に到着しなければならない。麗那は助手席の窓から見える線路を見ながら李凪に尋ねる。
「レールに乗っていけばいいんじゃない」
JSSの車は線路を走れるように自動車用タイヤを車輪に切り替えられる車両もあった。
「幅が違うからね」
李凪の車両では合わない為線路を走ることは不可能であった。一般道を走るしか他はなかった。
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