第8話 リビルド・ワンオフ

 李凪は駐車場に出て車を停めた場所まで行き、車に乗り込んで発進させた。広い地下駐車場であるが地下四階まで降りると工房に繋がる車両の入り口があった。地下駐車場に響くコンクリートでゴムを削るよう音がした。工房の入り口には知り合いの工房班の職人がいた。

 李凪の車両点検を務める人物は工房班の仙川芦美せんがわろびである。李凪、麗那、楽生とは同期で養成所に入ったが作戦における兵器類の作成補修等を務める工房班を志望した経歴を持つ。だがその後も三人との交友は続いていた。麗那と同じく立川から上野の異動となったがあくまで偶然であるそうだ。身長166センチの長身で足の長いスタイルの反面で動きがやや鈍いから工房班が向いていると自身は話していたが、もともとメカニックの素質があることと芦美は機械制作が好きだということが重なっていると麗那は口にしていた。

「少し遅い」

「楽生の作戦見てた」

「凜さんか悠さん、麗那はいないの?」

「悠さんがいた」

「それじゃあ遅れよ」

 理由にならないと返され芦美は李凪の車を整備工場に持って行った。整備が終わるまでは李凪は整備工場が上から見られる吹き抜けから様子を覗いていた。芦美と後輩の工房班三人で李凪の愛車を整備していた。芦美は紺のつなぎを着ているのに対し後輩三人は緑色のつなぎを着ている。工房班にも階級が存在する為つなぎの色で分けていたのである。主に芦美の指示を受けて作業は進められていた。

 広くて真っ白い壁の中で四人が車の周りで動いている姿は李凪の目にはミニチュアのように見えていた。見ているうちに退屈になってくるが動きから目を離す気にはならない。静まったよう物音は小さい。静寂がずっと保たれていることが違和感であるほど音はまるでしなかった。二時間もすれば整備の大方が終わる。李凪は少し居眠りをしていた。頭が鹿威しのようにコクリコクリと動いていた。それから三十分経つと李凪の後ろから足音を立てずに近づく影がある。あと二メートル弱と迫ったとき李凪は相手に声をかけた。

「まるで知っているかのように。麗那から聞いたろ」

 李凪はゆっくりと後ろを振り向いた。芦美が近づいたのを見てニヤリと笑っていた。

「わかっていて銃を向けた?」

「ああ、もうこれは離れないから」

 定めを悟ったかのような言葉を吐いた。李凪には後が既にわかっているかのようにその言葉は重みを持っていた。

「整備は終わった」

「二課から届いたメール通りにカスタマイズしてあるから」

 二人は壁際にあるエレベーターで下の整備工場へ降りた。扉が開くと李凪の車のフロント部分が顔を見せた。シルバーグレーのボディカラーは周りの白を反射して濁ったような色をしていた。近づくと李凪には車体自体か数ミリ程度高くなっている気がした。

「気づいた」

「空気圧が減っていたんだなって」

 芦美が運転席側のドアを開き李凪が乗り込んだ。内装はさほど変わっていないが席の間にあったサイドブレーキの周囲のボタンは増えていた。助手席は麗那が座席を倒してから元に戻していなかったが整備の為一度取り外されてから付け直されていた。腰が当たるクッション部分もふかふかになり快適になった。

「だいぶ汚れていた」

 芦美が顎で指した先に布の汚れを掃除する機械が置かれていた。二リットルのタンクにいっぱいに茶色く濁った水が溜まっていた。座席面を掃除したときの汚れが全てあの水であった。

「ブレーキもだいぶ消耗している。バッテリーも良くない。これでよく走れていたものね。だからほぼ総取り換えといったところ」

「それで装備の変更っていうのは」

 芦美は運転席のドアから身を乗り出しサイドブレーキの後ろにあるボタンを指さして一つずつ説明していた。ボタンは長方形で横に名称が書かれているシンプルな作りで二列に四つずつ並んでいた。

「いつも通りある武器はヘッドライトのマシンガンと後輪にあるカッター、車体の下から発射できる超小型ミサイル。それと21インチトーピード。ただしトーピードは使用しないように」

 李凪は今までもこれらの武器を使っていた。実際に攻撃に使用する最低限の装備として続けて取り付けられていた。トーピードは普通水中で使われる武器であったがJSSの改良よって陸上でも使用が可能となっていた。李凪は威力を重視して超小型ミサイルよりもこちらを使って攻撃を行うことが多かった。ただし陸上でも使えるタイプは水中で使う普通のものと比べ四倍の費用が掛かることから使用を控えるよう通達が来ていた。

「今回増えたのは80mmマチコレールガン、煙幕、ヤシガダ式テーザーライフル、ジャイロスパイクの四つ。」

 芦美が李凪に手渡した六枚の資料によると、レールガンは車両後部から折り畳み式の砲台が姿を現す。有効範囲は25mで砲台の都合上前方から真上までしか攻撃することしかできないとされている。普段は車両後方に収納されており姿は見えない。煙幕は後方からのみ黒い煙を放出する。放出時間は最大二十分が限界とされているが走行状態によってまちまちであった。テーザーライフルは車両本体から狙った照準に向けて電撃を発することができる。李凪の愛車同様イージス装甲の車両でも電撃を通す為内部にいる人間を感電させることや電子機器をクラッシュさせることができる。ジャイロスパイクは前後のバンパーからジャイロ回転で棘を発射する装置である。棘は接触すると爆発する仕組みとなっているが穴をあけることも可能である。戦車等の分厚い装甲でも通すことが確認されている。

「車体は今まで通り弾丸が通らないイージス装甲。地雷は新型を踏むと無傷では済まない可能性があるから気を付けて。1960年製造の車両を改造しているから装甲を取り換えるには時間が足りない。」

 車は李凪が東灘に転属となった頃に阿倍野で手に入れたものであったと聞いていた。阿倍野から都内に着くまでは動力源は戦闘で中破した戦車のバッテリーを取り付けて運用していた。芦美の元でオーバーホールして動力源は水素を用いたエンジンに変更した。イージス装甲に車体を変更した際も芦美に頼んだ。全体の改修にかかった日数は二年近くに及んだ。JSSの作戦で使用する度に破損や劣化は増えていった。

 約200年前の車両の為、改修を行うにあたって部品が手に入らないことも多々あった。中古の同型車からもいくつか供給しているが現実に数は限られる為改修ではなく車の乗り換えを勧めたこともあった。ただ李凪は首を振らなかった。

「後部座席にトランクケースが置いてあるけどあれは麗那の。ナギはこっち」

 芦美の後輩が持ってきた茶色のトランクケースを手渡され、芦美が両側のつまみを同時に回す。蓋を開けると必要される道具が七つ入っていた。

 安価で買えそうな電卓、太めのみのマジックペン、最大3mまで伸ばせるメジャー、typeC対応のACアダプタ、ただのUSBメモリ二つとJSSで標準装備として推奨されている自動式拳銃のジュナであった。

 李凪は普段ジュナではなくフローレンスという銃身の長い回転式拳銃を使用していたが回転式拳銃は作戦に適さない理由から標準使用を控えるよう通達があったが李凪は逆らって使用していた。

「これ使わなきゃダメ?」

「一応ね」

 李凪は嫌そうな顔をして一度持ち上げてから戻した。そのあと電卓を手に取って芦美の方を向いて首を傾げた。

「経理に飛ばされるの」

「イコールを押しながら5と2を続けて押せば電子ロックを解除する装置になる」

「こっちのマジックペンは?」

「右回りに蓋を回すと録音機能。左回りに回すとブラックライト、蓋とは反対の部分を押せば解除。蓋を取ってペン先を当てればスタンガン代わりになる。」

 李凪は芦美が実演する様子から使い方を覚えていた。半信半疑で渡したアイテムを見つめる彼女の眼を変えるにはひとつずつ見せるしかなかった。

「メジャーは先端をひっかければロープ代わりになる。自動で戻ること昨日はナギの重さまでなら耐えられる。極力軽くしてから使うように。巻き尺は薄い金属製だから人の皮膚までなら何とか切ることができる」

「アダプターは?」

「収納されている差し込み口を動かせば十秒後に起爆する」

「USBメモリは?」

「八景基地のハブに差しこめば自動的にシステムにハッキングできる」

 全てを見せた後、芦美はトランクケースにしまい李凪に渡した。

「一応作戦だからビジネススーツを着ていくように」

 そういって芦美は李凪に二着のスーツを渡した。これはJSSの規定で作戦時に使用する戦闘服であった。紺のジャケットとズボンに紺のネクタイが着用する規定であった。普通のスーツとは違い弾丸を弾き刃物を通さないように防護性があり、伸縮性にも優れている代物であった。ビジネススーツはそれ以外にも様々な仕込みがされている。

「もう一着は麗那に渡して」

「ああ、わかった」

 李凪は返事を返し必要なものを車に積んで工房を後にした。

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