第7話 レイが先行

 八景に行く前日に楽生はとある作戦を命じられていた。作戦においてオペレーターは小林が行っていた。八王子にあるKSTSから拳銃が漏れているのではないかという疑いを持ったという口実で外側からソルデック関連の調査を行っていた。

 かつて八王子にはKSTSの隠れ蓑とされている世界平和維持機構や資金源となる企業の拠点が多く存在した。だが三十年に当時関東最大拠点であったJSS立川壊滅を目論んだユニオンとの戦闘によって周辺の八王子にも被害が及んだ。相模湾に停泊していた潜水艦から立川を狙って発射されたミサイルを受けたものだと考えられる。これにより民間人に多数の死傷者を出したもののユニオンはこれを否定。日本国による捏造であるとヨーロッパ諸国でも肯定され世界中に回っていった。

 現在の八王子は南部のみにしか居住は認められていない。立川に至っては民間人の出入りすら禁止されている状態であった。稀に半グレや反政府組織の根城となっていることがありそのたびに近隣のJSSやJBSから戦闘員が派遣され処理が行われていた。またJSSの養成所に入るとヌルナイと呼ばれる階級が与えられる。二年間で訓練課程を履修するとウランドンへ昇格するためには二人殺害しなければならない条件をクリアする必要がある。これは殺人に適応させるという目的があるとされていた。そのために訪れては殺害を行っているケースもあるが返り討ちにあうこともある。絶対に成功ということもない。

 楽生は八王子にある現在も稼働している施設を調べ上げ三つに絞り込んでいた。一つ目は駅前の通りにある雑居ビルである。その中の五階にある一室がKSTSの拠点である。工作活動を行うための拠点と考えられているが無人であることが多い。南側に窓ガラスがある為そこから唯一の光が差し込む。室内は窓際にデスクが三台、奥に応接間がある。ただ何も痕跡はない。まるで一度も使われていないかのようにきれいさっぱりであった。

 二つ目と三つ目は共に世界平和維持機構の施設であった。片方は五階建てのビルで現在も信者が出入りしているが施設内には監視カメラは設置されていない箇所が多く、侵入は容易と判断されていた。細い路地から裏口に入り通路を進んでいくと非常階段がある。それを使えば監視カメラをかいくぐって階を移動することができるが各階の中央の通路には監視カメラがある。それだけは角度的にどこから入っても映ってしまう。回避する方法は一度北側にある他の部屋からベランダを介して移動しなければならない。それだけが注意点だった。

 もう一つの建物は平屋の建物である。入り口から入ると劇場の舞台のようになっており、中央から左右に木製のベンチが四列ずつ置かれていた。部屋の奥には檀上があり、その上に総帥と呼ばれる人物の肖像画が部屋の奥に飾られている。舞台から左側に三部屋存在するが入り口から近い方からトイレ、給湯室、倉庫であった。立川への攻撃を行う前は市民ホールであった。建物の形状からゼネコン関係が大きく左右していた。だが現在はKSTSが無断で利用している形である。

 楽生は一か所ずつ調べていった。雑居ビルと旧市民ホールはスカであったが五階建ての施設は収穫があった。玄関の前で建物を見上げていたところ道路の奥から人影が見えた。それを見て彼女は隣の建物の物陰に隠れていた。信者かKSTSの工作員かわからないが白いパーカーを着た女性が建物の中に入っていった。フードをかぶっている為顔はわからないが喉を見て楽生は相手を判断していた。服装に違和感はない。武器を持っているかどうかは判断できない。建物に入っていくと奥から白い長そでのTシャツを着た一人の男性がフードをかぶった人物に向かっていき何か話していた。男性はフードをかぶっている人物に何かを渡した。楽生の位置からは何を渡したのかわからない。二人はその後室内に歩いて行った。

 楽生は裏の路地に回り教団施設の裏口へ歩いた。一人分がやっと入れるくらいの大きさの路地だが室外機が所々邪魔をするかのように置かれていた。室外機を踏み越えながら路地を進まなければならなかった。

 裏口にたどり着くと楽生は腰に携帯していた拳銃とスーツの裏ポケットから白いUSBメモリ状の道具を出した脇にあるつまみを引き出すと細長いアンテナが出る。それをドアに向けた。二十秒ほどで音の大きさと発生場所の方角が表示される。結果は7デシベルで方角はドアとは別な方角を指していた。楽生は誰もいないことを確認して建物内に入り込んだ。測定の通り誰もいないと考えられる。通路を道なりに進むと灰色の扉と捻るタイプのノブがある。そこが非常階段である。楽生は上を確認して誰もいないことを確認しながら慎重に登っていった。薄暗い室内に階段がただただ続いていた。足音を鳴らせば響きかねないような階段を上っていった。拳銃を両手で持ち左下に向けながら上を見て敵が来ないか警戒していた。

 エミリアによると三階の道路側の部屋のパソコンが一番侵入しやすいと判断されていた。あくまでエミリアがクラックすることが前提であった。そこで渡された配線を差し込むように言われていた。先端にコンピュータウイルスを仕込んである。そこから二課がハッキングを行うと作戦であった。

 楽生は三階へ上がるとひとまず隣の部屋に入った。部屋は暗くて見えないが資金獲得活動を行うために販売していたとされる飲料水が段ボールで積み重ねられていた。所々に封が開いたものもある。一本から購入可能としていることから開いているものもあった。楽生はそれをよそ眼にベランダに通ずるガラスドアを開けた。ベランダは奥まで続いている。それを確認して奥の部屋までベランダ伝いで歩いて行った。奥の部屋はドアではなくスライド式の窓となっていた。そこから覗くには誰もいない。ガラスを割れば音が鳴る。建物内にいる人物に気づかれる危険性があった。だが幸い的にも窓ガラスは鍵がかかっていなかった。そこから侵入してドアから出て隣の部屋のドアを開けた。

 その部屋はエミリアの指示した通りのデスクトップパソコンが部屋の窓側に存在した。部屋の装飾や並んでいる二人の写真から見て、ここは八王子を統括している長の部屋であった。価値のあるものとして売っているが実際は二百円程度の藍色で模様がされた磁器や嘘八百が書かれた書物などいかにも信仰心を利用する物が並んでいる。破壊してやりたくなる気持ちを抑えて楽生はパソコンの裏を見てUSBのハブに持ってきたケーブルを取り出した。ケーブルはベルトに隠れるように巻いて持っていた。ケーブルを差し込むと反対側は他のケーブルと同じように繋がっているように見せて机の下に隠した。他につなげられる場所はなかったからである。

 ケーブルが入ると自動的にハッキングが行われていた。二課では小林と梅野がソルデックに関する情報を得るために探していた。李凪はその様子をオペレータールームの上段から見ていた。悠がいる席の後ろで一人立って正面のモニターと交互に下の二人の様子を見ていた。

「ソルデックの情報あります」

「モニター出して?」

「出します」

 そういって梅野は正面のモニターにソルデックの情報を出した。内容は作るのに必要な洗脳する薬ブザインロイドに関する内容であった。ブザインロイド関する資料に成分配合と内容について記されていた。処理班で分析された見解では向精神薬あるいは合成化合物と称した大麻成分であるとされていた。だがここで出た情報はそれに追加される重大な内容が含まれていた。

「ナノマシン」

「せやな」

 李凪と悠はこの内容を見て目を疑った。

「冬虫夏草みたいなもんか」

 ソルデックを動かしていたのはナノマシンであった。これはJSSにおける見解とは大きく異なった内容であった。元々薬物によって洗脳して兵士を動かしていたと考えられていたが実際はナノマシンによって動かされていた寄生状態である。死体でもある程度動かすことができる為重篤なダメージを負っても動き続けることに理由がついた。

「ナギ、あれと戦うならどうしてる?」

「機能停止を狙います」

「機能停止は簡単?」

「ほぼ、運ですね」

「運か。だろうね」

 李凪の戦い方が丸々と出た答え方を聞いた悠にはわかりきった答えであった。今まで見た戦闘員の中で李凪と楽生を優秀な方と答えたことがあった。ただし戦闘スタイルは大きく異なる。大きく分ければ四つあるがそれは凜とも異なっていた。オペレーターとして李凪の答えはデータにはならない。大きな部分は変えずその場で小さく切り返しを行っていただけであった。

 悠が少し考えている中で普段聞こえない甲高い声がオペレータールームに響いた。梅野が大きな声で現在起こっていることを報告した。

「楽生さん、戦闘に入りました。脱出の際に非常階段で下から来たKSTSの戦闘員とみられる対象にエンカウント」

「援護できんか?」

「建物内なのでドローン入れません」

 KSTSの内部にハッキングして得た情報から切り替えられ現在の状況が正面のモニターに映し出される。映像は楽生のネクタイに取り付けられたカメラから映し出した映像であった。縦長の画面で暗い階段の中で銃声とともに一瞬だけ光っている。敵は一人であるが音がすれば他の連中も加勢するだろう。楽生はドアを盾にしながら応戦していた。見ていた李凪が悠のデスクに置かれたマイクのスイッチを入れて楽生に指示を出した。

「楽生、そのまま上へ上がれない?」

「わかった」

 耳元のイヤホンから聞こえた李凪の声に応答し、楽生は銃声が鳴りやんだタイミングを見計らって階段を上っていった。

「梅野、227を用意して五階でドローンを待機させて」

 梅野は一瞬悠の顔色伺った。しかし悠の答えは指示に従ってという目であった。潜入した地点周辺で飛ばしていた227装備のドローンを五階の地点まで言われた通り移動させた。

 楽生は階段で五階まで駆け上がりゆっくりとノブに近づいた。下からは敵が追いかけてきていた。「五階まで着いた」とイヤホンのマイクに聞こえる程度の小声で口にした。ノブを捻りながらゆっくりとドアを開き誰もいないか確認する。音はせず陰に違和感もない。ドアを小さく開けて滑らせるように体を外に出してドアを閉めた。

「楽生、外に出て」

「部屋には人がいる」

 小さな物音を感じ取っていた。この施設にはKSTSが海外から密輸入した銃とそのデッドコピーが多く保管されているという情報がある。むやみに人がいる部屋に入り戦闘を行うことはリスクが高かった。

「出られるところはないか」

「廊下からはあんやない」

 悠が示した場所は監視カメラが存在するフロアの交差地点であった。人が必ず通る場所として設置されている為死角が一つもなかった。

「壊せばなんとか」

 楽生は歩きながら防犯カメラに狙いを定め引き金を引いた。真上にあったカメラを破壊した。カメラからは見えない角度から弾丸が飛んでいる為姿は映らない。楽生は角を左に曲がる。先には二メートル程の窓ガラスと両脇に観葉植物が二つあった。楽生はそのまま走ってガラスを割りベランダに降りた。反動でベランダの柵に体を打ち付けるもすぐに立ち上がり上を向いた。

「下に敵が三人います」

「227を楽生に」

 ドローンが楽生を捉え武器を真上から落とした。拳銃をしまってから武器を受け取り体にストラップをかけた。受け取った武器は軽量化されたガトリング砲である。白い砲身を右腰に回し右手で持ち手を掴み支えていた。ベランダから下を覗くと既に囲まれている状況であった。

「ドローンを寄せます」

 梅野が伝えると楽生は目でドローンの動きを追っていた。届く範囲まで近づいたのを見計らってドローンの出っ張りを掴み、柵に足をかけて飛んだ反動で浮き上がって隣の建物の屋根へ渡った。ドローンが戦闘員を運べる距離は二メートル弱。脱出には十分な距離であった。

「そろそろ車検なんで」

「後は任せ」

 そういって李凪はオペレータールームから出ていった。部屋を出て廊下をしばらく進んで階段で地下一階に上がる。そこから広いエントランスを歩いて駐車場に向かった。

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