第6話 リスタート前の調査

 夜が明けると李凪は朝から上野支部に出勤していた。二日後の八景調査に向けて体力測定が行われていた。バイクを漕いだりバーベルを持ち上げたりと基礎運動能力が衰えていないか検査が行われていた。検査員を務めるのは二課のオペレーターである小林と梅野が記録用紙に記入していた。

「残り三項目です」と口にした梅野が連れてきた場所は25mプールであった。ここで確かめられる項目と考えれば水泳能力であるが今日は水着を用意しろとは言われていなかった。

「何をするの?」

「着衣水泳です。脱出を考えて今回は往復で泳いでもらいます」

「麗那も泳げない筈だけど。体が重くて沈むとか」

「麗那さんは別に調整がありますので」

 梅野は淡々と言葉を続けて李凪のやりたくないという先延ばしを一蹴した。駄々をこねるように伸ばそうとするので梅野は李凪の背中を蹴飛ばしてプールに突き落とした。突き飛ばされた李凪は一瞬だけ梅野を睨みつけてから仕方なくバタフライでプールを往復してプールサイドに上がった。そこに小林はタオルとペットボトルを差し出したので李凪は受け取った。

「今回はプールなのでいいですが実際は平泳ぎをやってください」

 李凪は頭を拭いているふりをしてタオルを耳元に当てて聞いていなかった。両者とも何かチクチク刺してくる言葉を口にする傾向があった。

 残りの二つは射撃と体術であった。これら二つは難なくクリアして測定を終わらせた。結果は支部にある人工知能エミリアに送られていた。これを元に作戦の全体を立案させていく。

 全てが終わると三人は二課のオペレータールームに戻ってきた。やけにぐったりとした李凪に対し付き合わされる二人の後輩を見て麗那は声をかけた。

「お疲れ、どう?」

「問題ありません。ただいちいち愚痴が多いくらいで」

「それは今に始まったことじゃないから」

 首にかからない長さの後ろ髪の先端を触りながら座る梅野と疲れ切って倒れこむように椅子に座る李凪を見て麗那は小林に体力測定で何があったのか聞いた。

「二人に何かあった?」

「いろいろとぶつかるようです」

「まあそうだろうね」

 それ以外は言わなくてもいいという顔をして麗那は同情した。小林に心労をかけるようなことをしたがこれもいずれは必要になることだと考え行った。

「麗那泳げないでしょ」

「ええ、でもオペレーターは泳げなくてもいいから」

「そう」

 李凪は泳ぐことはあまり好きではない。彼女がやりたくないことは露骨に出てしまう癖がある。まるで画面から消え去るかのようにやる気が薄くなっていく。それを上手く引き出せるのが麗那であった。麗那しかオペレーターが出来ない要因でもあった。

 それをどうにか増やせないかと麗那は梅野と組ませた。オフフェイス時代に頭角を現し、慢性的なオペレーター不足と類い稀な才能を凜が見込んで上野二課に配属された。やや強気な性格と作戦を計画通りきっちりやり遂げたがる点がキズであった。

 少し真面目過ぎるところが李凪によって角が削れるか、あるいは李凪の浮き沈みの激しい部分を治せるかと考えていた。だが両者反ったまま平行線に終わっていた。性格の補正など二十年も前にやるべきことであろうが麗那は妥協点が欲しかったのである。

 体力測定と一緒に採血や検尿も行い打ち込まれたデータを麗那は自らのデスクで見ていた。肝臓の数値があまり良くない。健康的とは言えない生活を送っていることが伺えた。今に始まった事ではないが体を資本にした仕事でもある限りプライベートでも気を使うべきであった。

 二時間後に麗那が二課のオペレータールームを出て給湯室でお湯を沸かしていた。デスクに置いていたコップには茶渋しか残っていなかった。沸かしてまたお茶を入れる必要があった。お茶の葉は備え付けの冷蔵庫の中にある缶に入ったお茶の葉か戸棚のティーパックのどちらかであった。お湯をやかんで沸かしている間にコップを二つ洗っていた。白黒の水玉模様が描かれたコップは李凪とは色違いでお揃いであった。そのコップも一緒に洗っていた。

 洗い終わりお湯が沸くのを待っていると小林が姿を見せた。麗那を見つけるとゆっくりと近づいてきた。

「麗那さん一つ気になるのですが」

「何が?」

「どうして梅とナギさんを組ませたのですか」

「ナギが本当に一本立ちにするには私以外でも何とか作戦を遂行できることだから。それと梅野にもね……」

 小林は胡桃色の前髪を触りながら梅野には成長を促したい意図を理解しつつも、余計に二人の間が割れている状態を放置しているようにしか思えなかった。梅野より李凪のことしか考えていないのではないかという疑念も生まれていた。

「私にもできていない?」

「いえ」

 少しだけ内側をえぐられたように思えた。小林が疑ったことを意識してあえて内側を突くような質問を返した。下の階級であるからこそ肯定した発言はできない小林の立場を逆手に取ったような利き方であった。

「無理に言わなくてわかっているわ」

 そういって麗那はガスを止めて自分のコップにお湯を注いだ。

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