第5話 フェードアウトをする気持ち

 時刻は午後五時を過ぎていた。夕日が完全に沈み始めようとしていた頃、李凪は上野支部にある地下駐車場を歩いていた。コンクリートの床に靴の音が鳴り響く中で真っすぐ進んでいくとシルバーグレーのクーペが一台置かれていた。李凪は近づくとズボンのポケットからボタンを押してロックを解除した。すると正面のウインカーが二回光った。

 右側のドアを開き運転席へ乗り込んだ。ここ数日エンジンをかけていなかったこともありバッテリー上がりが気になっていた。鍵を差し込んで回すとエンジンは音を立てて動き始めた。だいぶ昔の車両であるが為に若干の気を使わなければ故障する可能性すらあった。

 座席を座って確認する限り誰かが使った形跡はない。横浜で作戦があった際に車の鍵はロッカールームにしまっていたが誰も使っていないと判断した。特に異常はないと確認をしてから車を発進させた。駐車スペースの白線を踏み越えた時、ミラーに見慣れた人物が映る姿が見えて車を曲がりきる手前で停めた。

 助手席の窓から麗那が顔を覗かせていた。李凪は体を伸ばし内側からドアを半開きにした。開いたのを見てノブを掴んで麗那は乗り込んだ。

「帰り道、途中まで送って」

 送らせる目的と別にもう一つある。車は地上に繋がる出口に向かって進んでいった。左に曲がり少しきつめの坂を登ると地上の景色が見えた。ビルの間から抜ける日差しが出てきた車に向けて眩しく差し込んでいた。二人は瞬時にサンバイザーを下ろした。車の流れなくなった瞬間を見て三車線をまたいで反対車線へと出た。

 サンバイザーを上げて車は南向きに走っていった。すれ違う車は少なく追い越す車もほとんどいない。時間帯であればもう少し交通量が多いが今日は殆どいない。

「それでもまだ嫌?」

「ああ、乗り気でない」

「一応作戦に必要な資料を置いておく」

 そういって後部座席に茶封筒を乱雑に放り投げた。作戦における資料は基本的に持ち出しを禁止されているが破ったのはこれが初めてではない。作戦についてよく読み込めという意味であった。李凪が気になっている意味を明かすかのように麗那は言葉を吐いた。

「回収した死体にブサインロイドが使用された形跡があった。KSTSの関与は確実だと思うわ。ただユニオンが頼んだというわけではなさそう。抵抗した跡は残っていないけど足首に縛られていたような跡があったようだからKSTSが捕虜に投与して兵士として使用した可能性がある。死亡しても回収すればユニオンにばれることはないし、知らないとでも言っておけばどうにかなるという算段ね」

 ユニオンでも正確に兵士の数を把握している。いわゆるMIAと言った状況であろう。ただ捕虜としての情報が与えていない以上は目を向けられることはない。だが、ソルデックとして使用しているという事実が流れ出ない限りの話であった。

 李凪はウインカーを点けて曲がり車線に入った。反対方向から直進で入る車が切れるのを待って右折した。向かっていた先は麗那の家であった。片側一車線の道路を道なりに進んでいく。前方には三台の車が走っていた。法定速度と変わらないスピードで走っている為緩やかであった。

 たまに麗那は李凪の車に乗って帰宅していた。道順は何回か通れば慣れていたが李凪の肩には力が入っていた。見通しの良い直線であっても飛び出す人がいるからである。肩を見るとあまり声をかける気にならなかった。

 カーブを曲がり左折すると踏切の遮断機が下りていた。車が二台ずつ停まり、十数人の歩行者が待っていた。一番後ろで停まってレバーをパーキングに入れた。列車はもうすぐ通過する。そのタイミングを見計らってなのか麗那は被せるように言葉を発した。

「大量破壊兵器の保有が確認された」

 可能性は大きく分けられる。しかし既に二課では調べがついていた。楽生が持ってきた拳銃以外の報告リストにある端末から復元したデータからわかり得たことである。そして運ばれる先も既に決まっている。

「核か」

「劣化ウラン。八景には飛行場があるからそこで積み荷として降ろす」

「八景基地に攻撃か」

「出来るの?」

「消すことは容易」

 いつできたのかはわからないが八景にはKSTSの基地が存在する。地上にある基地では唯一であると推測されており、その近くに二本の滑走路が存在した。空爆も検討されていたが防空システムが八景基地には存在した。また基地内にはそれなりの戦闘機が存在することがわかっている。しかし今まで近隣のJSS支部に攻撃を加えたことがないことが不自然であった。

「ただし今回は破壊工作はなし」

 列車が通り過ぎると同じタイミングで麗那が答えた。李凪は目を半分閉じた。そして列車が通り過ぎてから遮断機が上がると先頭の車両が動き出した。前方の車両が進むのを確認してから次の車両が進む中、李凪は動きを見て車を前進させていた。

 再び李凪は興味を無くしていた。それがハンドルさばきにも表れていた。目的地に近づくにつれて穴の開いた袋のように抜け始めていた。

 灰色のコンクリートで作られた窓のないビル。厳密には道路側に窓がない作りであった。そこが現在の麗那の住居であった。建物の前に着くとハザードランプを点けて路肩に停車した。麗那はドアを開けて降りて行った。降りたことを確認して李凪は自宅へ向かって車を走らせて行った。

 シルバーグレーの車体に当たりながら削れていくように光が差し込んでいた。車を目で追いかけながら見えなくなるまで麗那は降りた場所から動かなかった。

 李凪はそのまま自宅まで車を走らせていた。自宅は上野支部から三十分ほど車でかかる場所にあった。麗那とは方向が違うため今日はもう少し時間がかかっている。

 アパートが立ち並ぶ一角に李凪が住む自宅があった。道路側は窓のない外壁があり、入り口から入るとベランダが見える。車は一階の建物内に駐車できるスペースがあるが停めているのは李凪一人であった。そもそもこの建物には李凪しか住人がいない。

 車から降りて鍵を向けてロックをかけてエレベーターまで歩いて行った。ボタンを押すと扉が開いた。李凪は乗り込むと三階で降りてコの字になっている廊下を歩き続け角を曲がった先に李凪の部屋はあった。

 鍵穴に鍵を入れて九十度傾ける。ノブを捻り玄関の扉を開けて室内に入っていった。暗い部屋の中でも李凪は迷わずに進んでいく。リビングの窓から唯一の光が差し込む。脱衣所で服を着替えてからキッチンの蛇口で手を洗った後、冷蔵庫から瓶を取り出してリビングのソファーに座った。座ったときにコップを忘れたことに気づいてキッチンの棚から透明なグラスを取り出した。

 瓶を傾けてグラスに注ぎながら貰った茶封筒の中身を確認していた。入っていた資料は今回の作戦についての内容と前回までの作戦に関する報告書、そして死体の検視結果であった。李凪は飲みながら内容をじっくり見ていた。

 飲みすぎれば渇きが現れる。しかし、飲んでも飲み足りない時もある。麦のにおいがグラスには残る。酒が回っても回らない時がある。四杯飲んだ後グラスをローテーブルに置いた。

 前回の戦闘員について書かれた資料が目に入った。四課の戦闘員であった。一時期はMIAとして報告されていたがのちに死亡したことが確認された。だが李凪にはこの見解に違和感を覚えた。

 死体が品川で確認されたというが体の一部であるという点に着目した。頭部や心臓に近い部分は発見されていない事実が気になっていた。ただそれを調べることに時間を費やせる程余裕も残されていなかった。不審な幕引きを図ったようにも思えて仕方なかった。

 外では騒ぐ声も聞こえていた。隣のアパートで住人が火を起こして周りを囲んでいた。こんな状況でも騒げるものなのか。李凪は窓を開けたままにしていた為騒ぐ声は何を言っているかわかる状況であった。だが叫ぶ声は特に意味を発していない。ただ呑気だとしか言いようがなかった。

 グラスを流しに持っていき、洗ってから乾かしていた。窓を閉めてソファーに横になって考えごとをしていた。ベッドは別にある。寝るわけでもないからかソファーで横になることが多かった。寝るかどうかは別というのが考えにあった。都合よくKSTSが現われて調査することになったことから始まった今回の八景調査だが本部の動きも怪しいと麗那も口にしていた。本部の流れを受けて下部が動くため特段何か言えるわけでもない。ただ方針の転換に違和感があるのみであった。

 グラスが乾ききった頃、李凪はソファーで眠りについていた。深夜になっても外は騒がしいが李凪は気にせずにその場で眠り続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る