第4話 ジョーカーの先送り
小田原作戦に二課の戦闘員を使わせたくないという二課の意思がやや表れているが、反対に一課は二課の戦闘員は使いたくないのが現状であろう。ただし戦力をカードデッキのようにしか見ていない本部が提案してくる可能性を考慮して任務につけていた。楽生も何か別な任務を与えて移動できないようにスケジュールを調整しなければならなかった。
食事を済ませて二課のオペレータールームに戻ると、離座する前に座っていた席には見覚えのある女性が座っていた。
「麗那、戻ってきたん」
「はい」
座っていたのは副長の
「ナギにしたんか?」
「はい」
「麗那もいくん?」
「一応考えています」
「楽生はどうすん?」
「どうすればいいですか」
「どこっかには最低でもいれんとね。隙をつかれんのが凜さん嫌だから」
独特な口調で聞いて返してくる。課長の凜の意図すら読んで作戦に助言を続けていた。人のどうこうを読み取ることがオペレーターに一番必要なことと口にした通りに凜だけではなく麗那の真意も読み取ったうえで作戦を組み立てていた。一長一短にこの動きができるようになるわけではない。心理を読み取るのは元々非常に素晴らしかったとされるが、時にそれを踏みにじらざる得ない時もある。
オペレーターというポジションは戦闘員に指示を出すことが役割でもあるが、作戦において敵の分析次第で戦術を予測して手段を変えなくてはならないことがある。それを瞬時に繰り出せるかどうかオペレーターにかかっている。作戦を遂行するためには戦闘員をある程度熟知してそれに合う戦術を行わなければならない。
「楽生はナギと組み合わせやすくてそうでない。戦闘ではJSSで一番かもしれんが今回の作戦では別」
「はい」
「八景に二人潜入させて戻らんときに二課はゼロなる」
八景地区は現状ではJSSの戦闘員が潜入しておらず、運用していた施設も破棄されていた。最後に潜入した四課の戦闘員も消息が途絶え死亡したとされている。
「しばらく本部は八景に手を出すなと言っていた中で今八景に踏み込む意味わかる?」
「今後の奪還以外ですか?」
「何かおかしいんだ」
裏で協定が結ばれたという噂も一時期流れていた。六年前から今とでは永田町地下にある本部にいる長官とその取り巻きとされる亜鉛会の十二委員が交代している事情もあるだろう。方針が変わってもおかしくない。
JSS、JBSにおいて最上位階級とされるグランドで構成される十二委員であるが交代と同時にその下の階級であるトゥーヘリュから六名が昇進していた。時代による流れが変わったのか別な意味かはわからない。悠や凜もこの時期に三番目の階級サリッツからトゥーヘリュに昇進していた。見合った早い昇進であったが急に組織内で大きく変革があった時期でもあった。
「奪還以外の目的がありゃわかるけどそれがない。だから本当は二課ではやりたくない作戦であった。でも一課と四課は小田原作戦、三課は相模湖で待機が出ている。当たり前のように二課が外され八景行きを命じられる。こりゃただの違和感で終わらんわ」
検問箇所を置いても抜け道を通られるようにまるで二課は相手の策にはまってしまったようであった。わざとこの作戦を行わせることが目的かのように。
「凜さんからも言われてた。KSTSはどこから来るかわからない。全てを疑ってもなおどこかに潜む」
まるで格言のような言葉であるが凜がまだ課長ではなかった頃にKSTSと攻防を繰り返していた頃の話であった。当時は市街地ですら戦闘を行う残虐性があった。市民を盾にしながらJSSに攻撃を繰り返していた。その犠牲を生んだことで当時の政府内でも火消しに回る対応であった。ただKSTSから支援を受けている議員も中には存在する。その狭間でこれまで動いてきたのであった。
「楽生に何か別な作戦を」
「凜さんに伝えておく。私が幾つか作戦を作っておく。麗那はナギのサポートできる限りでいいから。無理をしないで」
「はい」
午後三時を過ぎたあたりで李凪は地上から見える五階建ての建物の屋上にいた。JSSの上野支部は地下の施設がメインだが地上に五階建ての建物を置くことで隠れ蓑としていた。反対側に十階を超えるビルが並ぶ中でJSSがある地上は低い建物が並んでいた。ビルとビルの間から入る日差しが李凪の顔を照らす。
建物の裏には密集するように建物が並んでいた。攻撃を受けた地域からの避難民が後ろにプレハブ住宅を建てて大勢暮らしていた。集まることによってそこに新しく町ができていた。中央は商店街と化し広い道に沢山の店が連なった。それを見てから反対のビルを見るとより複雑な町を表している。
「やっぱりここにいた」
振りほどいてついた場所にまた訪れる声はまとまっていた。それに低く鋭い声が重なるかのように返事をした。
「決まったの?」
「決まったわ。小田原作戦と同日ナギと私で八景に潜入する」
変わらぬ結論は既に決まったことであった。意思は表明せずとも従う義務がある。結局は意思を放棄しているに近い状況である。鉢が回るかのようにいかざる得ない状況であるが後を追うことが得意な李凪はひっくり返す。そう思えたが彼女は従う選択肢を選んだ。
「悠さんが八景行くなら幾つか餞別代わりを出すって」
「車でも貸してくれたらね」
「それは自分の使えって言われる」
「そらそうか」
李凪は一息つき空を仰いだ。
「明日にでも工房へ持っていかなきゃな。車検もそろそろだし」
李凪の顔がやや柔らかくなったが目の奥は変わらない。麗那は少しの笑みを見せた後去っていった。ただ冷たい風が体を通しつつ夕刻を迎えようとしていた。
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