第3話 トライアングルの戦士達
オペレータールームを出ていった李凪を廊下で待ち伏せするかのように立っている人物がいた。李凪よりも小柄でライムイエロー色のショートヘアの戦闘員。同じ二課所属の
「横浜は片づけたの?」
「駄目だったら壺が届くだろ」
洒落にならないジョークを飛ばしてきたも笑うしかなかった。ややこらえ気味に笑い楽生は話を戻した。通り過ぎた李凪を追いかけるようにして廊下を歩いていく。
階段を下りて李凪は食堂に向かっていた。時刻は二時を過ぎていた。食堂は時間帯的にはすいていた。李凪からすれば好む時間帯である。日ごろから精神が研ぎ澄まされている彼女には人が少なければ少ない程神経を使わずに済んだ。
自販機にあるメニューのうち売り切れの×印のランプがついていない中から選んでボタンを押していく。李凪が選んだ後に楽生がすぐにボタンを押し二人は受付口に食券を出して進んでいった。出てきたトレーを受け取り開いている席に向かい合って座った。やや薄暗い照明の下で受取口から離れた場所に座っていた。李凪が箸を持って食べ始めようとしたとき、楽生が懐から拳銃を取り出してテーブルの上に置いた。
「そんなもの置くな」
「さっきの作戦で得たもの」
置かれた拳銃はジュリアと呼ばれる安全装置のない自動式拳銃であった。ソ連から中国を経由して東南アジアで作られた拳銃のデッドコピー品であった。しかし武器として使用には難しく世間一般的に出回っていない種類の拳銃であった。そしてこれを基本装備として使っている組織は限られていた。
「相模湖周辺の半グレが持っていた。普通では手に入らない銃だから可能性はあると思うけど」
楽生は相模湖周辺に存在するJSS基地から不審な人物が潜入しているということから調査を続けていた。いわゆるスパイを殺害することである。結果的に侵入していた相手は半グレグループの一味であった。何かしらの情報を持ち出した可能性があるがその形跡はなく連中のアジトも壊滅させたことで終了した。楽生の話によると持っていたのはその拠点のリーダー格の人物であったという。銃弾が七発あることから相手は使わずに死んだのであろう。素人が扱えるような簡単なものではないだろう。撃つ前に楽生が撃ったと李凪は考えていた。
「ジュリアは裏ルートでも回らない代物。手に入れるとしたら連中に入るしかないけど戦闘員になるのは別な話。あれはKSTSの下っ端しか使わないから」
「その通り。ナギでもわかると思うけどKSTSが動いている」
李凪はおでこを擦り首に手を当てて考えていた。薄く過去の出来事が頭の中でよぎっていた。またあの出来事を思い出しているのかと楽生は見ながら箸で麺をすすっていた。
KSTSとは世界平和維持機構が極秘裏で戦争根絶の為作り上げられた軍事組織であるが、武力を行使して戦争を根絶するといった矛盾した軍であった。事実、KSTSは戦争の根を絶つという理由から国や地域を攻撃する部分がある反面でユニオンの動きには一切関与しない側面もある。
これはあくまでJSSやJBSが実際の名称を使用することに嫌悪感を持った為、コードネームとしてつけられたkiller,stratos,terrorism,secretmanagementの頭文字を取って呼ばれていた。このコードネームで組織を呼ぶ者は戦闘員や上層部、JSSを支持する政党派閥に限っていた。
「これはまだ?」
皿の上にある中華麺を口に入れつつ李凪は拳銃のことを二課の他の誰かに伝えたのか問う。しかし楽生は首を横に振って答えた。
「いいの?」
緩くも冷たく問う。楽生はまだ報告していないがこれから報告すればいいと思っていた。報告よりも先に李凪に見せようと手元に置いていた。KSTSが関与していれば二課以外に嗅ぎ付けて動く部署がある。それを避ける目的もあった。
過ぎ去った過去だがまだどこかに決着がついていないまま何年以上経っているのかわからない。少なくともJSSに入った理由はKSTSを殲滅することで区切りをつけたいのであろう。本当の敵はこの一点のみなのかと言われると肯定も否定もできないのが現状であったが、見いだすために現状の最短ルートはこれではないかと思っていたのである。
楽生には李凪は国を守る為ではなくただ復讐に走っているだけにも思えた。ただやりたいことだけをやっているだけとも言える。暴走列車のようでそうでない中間であった。
「内側ばかり見ているからわかるけど、どうやら関東のJSSは分裂する。独立派が欲しい人材を囲って動き始めた。どうやらナギや麗那もリストに入っているみたいだけど」
この言い分だと楽生は少なくとも独立派と接触を計っている上にネゴシエータ―のポジションを任されていると李凪は考えていた。けれど李凪の答えは決まっているにも関わらずあえて聞いていた。
「伝えておくから」
「いや、いい」
李凪は自分で口にすると言う意味で返したが本当はいうつもりもさらさらなかった。捨て置いても構わないであろう。それ以上にここで分裂することで更なる部署間での対立を作ることになる。狙いは分裂によって得を得られる人物ではないだろうか。そこから先が浮かばない。
「八景に行くでしょ。確か八景地区にはKSTSの基地がある。そこから何かわかるかもしれない」
八景地区へ偵察に行く作戦があったことは知っていた。しかし、まだ担当が決まっていないから計画でしか進んでいないということのみが李凪の頭にあった。
二人が麺を箸でつまんで食べているとき、不規則にブーツの音が廊下で鳴り響いていた。誰が来ているのか両者気づいてはいたが食べることに集中しているふりをした。
食堂に入り、食券を買って順路を歩いて皿を受け取ってから二人が座る方向へ歩いて行った。李凪の隣にトレーを置き椅子に座ったときにテーブルに置かれた拳銃に目がいった。
「ジュリアね。報告にはなかったけど」
「今報告した」
「ひねくれたことをいわない」
麗那は李凪とは違う捉え方をした。オペレーターとして報告を怠ったことを口にしつつもその意味はわかっていた。KSTSが関東で活動を再開している可能性までを含めて八景では作戦を行わなければいけないが、何かが引っかかっていた。
「小田原作戦に影響が出ると言ったのはKSTSのことね。でも繋がっている確証はないから口に出すことはできない。凜さんに言えば二課で動くことになるから他の部署に悟られることも考えて」
李凪の考えを全て読んで麗那は言葉にした。これでは先に進まないからどこか一つ変える必要があるが全て伏せた方がやりやすさがあったのだろう。北口凜はKSTSの作戦に存命の中では一番多く関わっている戦闘員でもあった。わかるようでわからないように遂行するにはまだタイミングが悪かった。
「多分小田原は全滅だ。残った連中を集めて隊を一つ作れるかどうかだろう。それはもうあきらめてこちらはこちらのできることをするしかない」
「ソルデック?」
「ああ」
過去にKSTSが作った薬物ブザインロイドによって戦闘意欲に固定され筋肉量が増強し痛みを感じなくなり、死に至るまで戦い続ける兵士のことであった。過去に李凪が東灘に在籍した時に戦場で見た死体のような兵士はまさしくブザインロイドによって精神も肉体も支配された姿であった。
弾丸を胸に何発受けても死なずに持っているナイフ一本で戦闘員を刈る姿や平然と市民を殺戮する姿が思い返された。
「でもあの時ナギは近くにあった銃剣で刺したでしょ」
楽生はその時千日前の在籍していた。戦場では何人もの戦闘員やオペレーターが殺害された為他の支部とともに再編成され、李凪と同じ隊に入り防衛戦線で戦っていたことがあった。その時の記憶をもとに李凪の思い出す記憶を抑えていた。
あの時ソルデックは市街地の路地で戦闘員がマシンガンで掃射している中を走り回り次々とナイフで首の血管を裂いて殺害した。そして李凪の前に来た時とっさに他の戦闘員が落とした銃剣を心臓に刺した。動こうとしたところを後ろから楽生が殺害した。
「殺害方法がある。言ってしまえば終わりはある」
そう楽生は口にしたが李凪が抱えているあの時の苦しみは別にあることを知りつつ隠していた。
無駄を繰り返すことを次々に行われているからこそ人員が減っていく。その繰り返しは過去から学べば行われない筈のことであるが、部署間の断絶から起きてしまっているのである。オフフェイスにはこういった過去の戦闘から生存率を向上させる対策は一向に行われていない。上から見ればオフフェイスは使い捨ての駒未満でしか見えていない。
「それと一課がKSTSを刺激しなければ」
逆の言葉を李凪は口にした。オフフェイスの死亡が増えることは現役の戦闘員への負担が増える反面、戦闘がうまくいけば裏で動いていたKSTSとの交戦があり得るということであった。小田原作戦の後に行うKSTSに対しての作戦に影響が出ることを懸念していた。
「ナギ、小田原作戦と同じ日時で二課は八景地区に対する調査を行う」
偶然に行われることであろうが、そうではないという勘のみが残ってしまっていた。李凪にも楽生にもこの調査に違和感はあった。
「これは本部から?」
「一応ね」
シナリオ通りの作戦と麗那は口にしていた。横浜、小田原、熱海の前に八景も叩いておくべきという考えであろう。
八景地区は東海道沿いから侵攻してきたユニオンが占拠したうち陸の孤島と化していた。ユニオンによって軍人民間人関係なく無差別に殺害を繰り返していく中で東海道沿いの住民の大半が八景へと避難した。ユニオンは当初八景を陥落させるつもりであったが、基地があった自衛隊予備隊の猛攻を受け膠着状態が続いていた。八景陥落を目的とした攻撃開始から二年後、急にユニオンは方針を転換し八景への攻撃を一切行わなくなった。それと同時に日本国の自治はいつの間にか届かなくなっていた。JSSの戦闘員による調査によると八景では別な組織による統治が行われていた。
日本国政府からの代理を受けて統治していると偽る組織。鶴統社と名乗っていた団体はKSTSの下部組織であることが判明している。一方向からの情報の統制を行い日本国から支援を受けていると偽りつつ八景を占領していた。
日本国政府はこれを認めるわけにはいかない為八景への攻撃作戦をこれまでいくつも計画されているが実行に移されていなかった。その原因として政府内外の議員にはKSTSからの支援を受けている者がいくつか存在する。それらの反発を受けて実行に移せないのである。
今回は小田原まで反転攻勢が進む見通しが経った為、八景への攻撃を想定して調査を行うということであった。ただし小田原の作戦が成功することがあくまで前提条件であった。
ユニオンとKSTSの関係性は依然不透明である中で対立せず協力せずといったグレーゾーンであることから注視され続けていた。だが今回のソルデックがユニオンに転用されていることを考えると関係はますます怪しくなっていく。ユニオンがブサインロイドを兵士に使用するかどうかという点であった。
「KSTSがユニオン兵士を薬漬けか」
「あくまで両者中立である中でそれを壊すというのが考えにくい」
麗那の考えには一理あった。李凪は立ち上がり「明日結論を出す」と口にしてトレーを返却口に返してその場を後にした。
「もうナギで決めている」
楽生は麗那の内側を読んで口にする。当たっていても彼女の顔は一変たりとも変わらない。当たっていたら何かとまでいう顔であった。
楽生からすればもう一人は誰なのかという問いが来る。自分か別の誰か。そもそも戦闘員は二課には二人しかいない。
「調査は基本二人一組。補助なら私でもいいと悠さんには言われているけど」
楽生は降られたかのように立ち上がりトレーを返却口に返し食堂を後にした。結論は既に決まっている。乗り気でなくても李凪が行うことは確定している中でどうあがいても同じという事実だけが転がっていた。
一人食べ続ける麗那にはこうなることはわかっていたかのようであった。置いて行った拳銃をしまい黙々と食べ続けていた。
よどませているのかよどんでいるのかどちらでもなくどちらでもあり微妙な空気が流れ続けていた。
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