第2話 ベースメントの司令室

 李凪は二課にたどり着き、部屋の扉が自動で開いた。暗めの照明の中で棚田のように段々におかれた机の配置の正面には壁一面の大型モニターが置かれていた。これで作戦を行う戦闘員をドローンやカメラで確認しながら援護を行う。現在は誰も動いていないため画面は消されていた。

 基本二課に所属する三人のオペレーターが下段と中段に座り指揮を執る課長あるいは副長のどちらかが上段にいる状態であるが、今日は麗那が上段に座っていることから指揮を執っていたとみられる。李凪が室内に入ってくると麗那は椅子を回転させて扉の方を向いた。

「お帰り。今日はすぐに戻ってきたのね」

「気味の悪い奴を見ればね。だけどあれはユニオンの残党じゃないということは確定だ。」

 李凪が言いたいことはおおよそわかっていた。ただしユニオンの残党がどこの組織と関与しているのか知る由もない。

 ただし、李凪の顔つきは上野に来た頃のように戦闘で見たことを引きずっているようであった。上野に来る前は東灘に籍を置いていた事しか麗那にはわかっていない。そこで見たこと聞いたことは全て同期の元町楽生から聞いた情報に過ぎなかった。

「ユニオンは横浜から後退して小田原に陣を置いている。残したのはしんがりの役目だと考えられるけど今はそれとは別」

「小田原への大規模作戦を遅らせようとして兵を配置しているだけでしょ。実際は三日後に一課が品川支部のオフフェイスを引き連れて攻撃を行なうのよ」

 一課の大規模作戦はユニオンが後退した直後から決まっていた事項であった。作戦指揮を執るのは一課長の開地環乃であった。オペレーターも含め一課全て出陣させた上で品川支部にいるオフフェイスの部隊を追加で率いて本土に残っているユニオン兵士を殲滅させる作戦となっていた。

 一つの部署にいる戦闘員は多くても五人となっている上野では基本的に大人数で行なう作戦には品川か千葉からオフフェイスが動員される。東西の養成所から部署に所属していない階級の低い兵士が集められてオフフェイスとして活動を行なうが、上野にはオフフェイスを設置出来る程の人件費は存在しないことを理由に他の支部から借りて作戦を行なうこととされている。

「オフフェイスを無駄にするのか」

「使い捨てに近いから。優秀な戦闘員ほど養成所から引き抜かれていくもの」

「オペレーターはすぐ引き抜かれる」

「御名答。オペレーターも死なないようで死ぬ上に戦闘員より数が足りないのよ。条件が厳しいから簡単になれる訳でもない」

 李凪は小田原での作戦が失敗すると見込んでいた。オフフェイスを加えても人数差で勝てるような戦いではないことに加え、小田原に潜む組織の実態がわかっていない以上人的被害が多く出ると見積もっていた。一課はユニオン相手という前提の下で作戦を立案していた。

「この作戦を辞めさせることは出来る?」

「無理ね。十曹がこの作戦の考案者。ナギの話を聞くような相手じゃない」

 十曹は一課の副長を務める人物である。李凪とは馬の合わない相手の一人であった。

「小田原にいるのはユニオンじゃない」

「どういうこと?」

 李凪の発言に驚く麗那であるがあからさまに証明出来ない発言であった。答えは解剖を待つしか無かったので小田原の作戦には間に合わない。見たことしか現状では説明にならない以上どうすることもできなかった。

「これは考えない方がいい」

 麗那はこの話を打ち切った。この作戦が失敗しようと成功しようと大して気にならないからである。同じ所属でも部署は違えば別となる。創設当初から部署間での連携は断絶した状況であった。連携が取れずに作戦が失敗に終わり侵攻に歯止めがかけられないことがウイークポイントと挙げる専門家も多い。

 部署が違えばどうなろうと知ったことではい。ただ麗那にはそれ以上に周囲に対しての興味がない。本当にどうでもよく思っているのである。あくまでJSSという組織は麗那にとって自分の目的を達成する手段の一つに過ぎない。

「ごった返されても後からどうにでもできるでしょ」

 李凪がギリギリまで引きつけて待つことができる点を見込んでの発言であった。それを聞くと麗那から目線を切って手前の画面を向いた。キーボードで操作するも処理班から解剖の結果はまだ来ていない。それだけを確認して部屋を後にした。


 後輩のオペレーター二人は李凪と麗那の会話を聞きながら作業を続けていた。ただ二人の会話から音も立ててはいけないような重く緊張感が漂う雰囲気を耐えるしかない。毎回このような形ではないが意見が対立するとこのような形になる。

 李凪を本来呼び出したのは今回の作戦の結果と次の作戦についての筈であった。通信障害が原因で途中オペレーターが確認できない状況があった。通信障害の原因はわかっていないが作戦への影響がなかったことから問題視されていない。李凪のいう別な組織の関与とは一体何かそれすらもわかっていないのである。

「麗那さん」

「次の作戦の前に八景地区をするよう凜さんに言われていたでしょ。それをナギで引き受けると伝えて」

「わかりました」

 そう小林おばやしは返事を返した。回る座面を戻してコンピューターを再び操作し始めた。八景で行われる作戦の担当の欄に川内と入力して保存した。麗那と課長の北口凜はスケジュールの都合で今日は会えない為後輩オペレーターの小林に報告を頼んだ。北口に許可は取っていないが断られることはないと考えていた。上が決めたことに基本的に従わなければならないので小林は指示に従うしかなかった。

 残りの事務処理を終えるまで麗那はオペレータールームに残り続けていた。後輩の二人からすれば二人でも終えることができるので麗那には先に退出しても構わなかった。ただそれを口にすることはなかった。一時間経って「後を任せるね」と言って部屋を出ていった。最初から李凪を追いかけていけばいいものであるがそれを邪魔するプライドも麗那にはあった。出ていったのち二人は同時にため息をついた。

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