アンダーグラウンドの眠る町へ

枝野 清

1章

第1話  ドローを追う少女

 あとどれくらいの時間が残されているのか。あとどれだけ今が続くのか。厳しい現実に立たされた人々は当初考えていたことだ。ただしそれが長く続けば続くほど感覚が薄れていき、いつしか気にせずに過ごしてしまう。そして突然死を迎える。

 八十年前に国連にて新しい世界のルールとしてオクトルールが締結された。オクトルールは今後国際的に共生社会を作り上げるうえで必要なこととして環境から人権まで全てを組み込んだルールであった。しかしこれはユニオンと呼ばれるヨーロッパの国を超えて賛同した者たちで作り上げた組織のみが作成に関わっていた。そのうえヨーロッパ以外の国の文化や価値観を著しく否定した内容となっていた為その他の国々から反発を招いた。

 オクトルールを飲まなければ武力行使をせざる得ないとの回答から七日後、ユニオンは宇宙にある人工衛星のうちIST以外を全て落下させ世界各地を攻撃するといった動きにでた。落下する可能性がある国々は迎撃を行うも結果は中心都市やその周辺に落下し、大惨事を巻き起こした。その後ユニオンは世界各地に侵攻を開始。それに合わせるかのように世界にあった裏組織のいくつかも軍事作戦を展開することによって新たな戦争局面を迎えることとなった。

 日本もそれは例外ではない。東京を標的とした人工衛星落下は自衛隊によって軌道外すもつくばに落下。半径五十キロ圏内に衝撃波が発生し人的被害を及ぼした。その後ユニオンによる軍事侵攻が行われ横浜から東海までの地域を支配されてしまった。それに対し日本国は自衛隊予備隊を作りユニオンなどと攻防を繰り返し現在に至る。

 自衛隊予備隊はJSS、JBSと改称されたのち横浜まで反転攻勢を広げていた。ユニオンは小田原に後退している中で横浜では、JSS上野二課所属の川内李凪かわうち りなぎが単独で一掃作戦を行っていた。

 紺色の上下スーツに相手から奪った小銃を手に逃げていく残党を追っていた。ユニオンとの攻防によって破壊されてそのままの都市は変わらない。相手が逃げ隠れするには容易な地となっている。目の前の敵が十字路で右に曲がるのを目で追いながらゆっくり歩いていた。

「ナギ、右に二人。片方は崩れたビルの瓦礫に待ち伏せしている」

「了解」

 耳元のイヤホンから聞こえた声は上野二課で李凪の戦闘支援を行うオペレーター桜ノ宮麗那さくらのみや れなであった。無人機で李凪と敵を確認し上野から指示を出していた。

 十字路に差し掛かると李凪は右を向きながら小銃を構えゆっくりと歩いていった。「右」と声がすると李凪は右手を右に向けて発砲した。隠れていた相手を動く前に倒した。持っていた小銃を肩にかけるように持って前へ進んでいた。

「もう一人わかる」

「こっちではわからない」

 敵は死角に隠れていた。李凪の足取りはより警戒した動きになった。すると斜め前から発砲してきた。李凪は近くにあったコンクリートの残骸に隠れて弾丸が止むのを待っていた。

「ナギ、オートで追っていた無人機から残りの三人がそっちに向かっている」

 李凪は嫌な顔をした。小銃の残りの弾薬はもうなかった。残りの装備は拳銃のみの中で後四人とどうやって戦うか。

 音が止んだタイミングを見計らって、李凪は前進し相手が見えた瞬間に引き金を引いた。上半身に複数被弾して倒れた姿を見て、さっき隠れていた残骸に身を潜めた。一瞬だけ遠くに残りの敵が見えた。

「まとめてか」

 小銃で全ては倒せない。息を整えながら残骸にもたれかかりつつ腰から拳銃を取り出した。撃鉄を引いてさっき倒した敵に狙いを定める。李凪は右利きだった。自信がなかったのか小銃を一度置いて拳銃を右手に持ち替えてから小銃を左手に持った。

 李凪が残骸から出てくると三人いた敵は一人だけになっていた。おそらく二人は周りの建物の瓦礫に隠れたのであろう。イヤホンからノイズが聞こえる。オペレーターとの連絡が取れない程の電波干渉が行われていた。追い込んだようでこちらも追い込まれていた。

 右から敵が現れる。李凪は右手を相手に向けて引き金を引いた。弾丸は心臓を貫く。それと同時に目の前の敵を小銃で撃つ。ずれたコントロールでも数撃てば当たるかのように倒し残り一人となった。李凪は持っていた小銃を捨て残り一人を探していた。

 李凪から見て左側の崩れたコンクリートで出来た建物からコンクリート片が踏まれて割れる音がした。音の鳴る方向に足を向け歩きつつも警戒は怠らなかった。柱越しから覗きこんで相手の位置を特定する。相手も柱に隠れている。崩れたコンクリートが粉となって舞い落ちる為瞬きが増えた。

 後ろから粉が落ちる。それに気づき李凪は後ろを向いて銃を向けた。相手は後ろに回りナイフを右手に向かってこようとしていた。李凪は頭を狙い発砲するも、相手は頭を動かすだけで回避して近づいてきた。

 二発目は心臓に狙いを定めて引き金を引いた。二メートル程度の距離であったのにも関わらず躱され、相手が李凪の心臓を狙ってナイフを向けた。李凪はそれを横っ飛びでよけつつ相手の頭に銃口をつけた状態で発砲。その場で即死であった。

 李凪は建物から出てオペレーターとの連絡を試みる。通信状況が急に悪くなったことで作戦に支障が出たが遂行した。しばらくするとノイズが消えて桜ノ宮の声が聞こえた。

「ナギ、応答して」

「ああ、聞こえている。敵は全て始末した」

「そう、それじゃあ帰還して。もうすぐ火葬車両が到着するから」

「いや、火葬する前に気になることがある。解剖して結果が出てからにして」

「わかったわ。処理班にそう伝えておく」

 戦闘中の違和感の正体を探る為、李凪の判断で解剖を行わせた。本来はJSSやJBSの作戦によって死亡した対象は火葬車両と呼ばれる荷台が焼却炉になっているトラックにて火葬することになっている。見た目はゴミ収集車に似ているので処理班は街中も平気で走ることができる。これで現場の整備をより早く可能としていた。

 李凪は元来た道を戻りながら拳銃を腰にしまった。麗那から言われた通りに上野に帰還しなければならない。JSSの建物から地下に降り上野行きの列車をホームで待っていた。横浜駅の地下にはJSS専用のホームが作られていた。元々は鉄道会社の所有であったがそれを廃線にしたという名目でJSSが買収して使われていた。戦時下における統合や買収の都合であった。

 そんなホームはJSSの作戦時には人員輸送に一役買っていたが横浜を制圧した現状ではそれより先に向かうことが増えていた。そのため今は李凪一人しか列車を待つ者はいない。

 ホームから不快な風が吹いてきた。列車が来た合図である。カーブを曲がりながらホームに列車は入ってきた。列車が停止位置で停車すると李凪は客車に乗り込んだ。簡易的な屋根と椅子に腰までしかない柵はトロッコ列車と変わりはない。この作りで時速百キロ以上のスピードで地下を駆け回っていた。

 李凪が乗り込むと発車する前にJSS直属の駅管理者の一人が台車に段ボールを二箱載せて運んできた。列車の後方に乗せて客車から降りると列車は駅を後にした。乗せたのは李凪より先に作戦遂行に送り込まれた七人の兵士の遺骨であった。占領された横浜を制圧してから三か月かけて行われた一掃作戦にてこれだけの犠牲が出ることに違和感があった。七人の死の原因は最後に倒した敵が関わっていると睨んでいた。

 上野までノンストップで進む列車の中で李凪はさっきの戦闘を思い返していた。灰色の壁が続くトンネルに風を切る列車は客車に不快な風が入り込み李凪の思考の邪魔をしてきた。この客車に壁さえあればと思うがこの状態が二十年は同じである。変わらないのは目に見えている。

 カーブにかかった頃、李凪のコートの内側に入っていた携帯に通知が入った。取り出して画面を確認すると二課から送られたメッセージであった。上野に戻ったら直接二課に来るようにと忠告であった。一掃作戦から枝分かれしてまた別な戦いが始まろうとする余韻であった。稀に作戦後二課に直帰しない李凪に対してすぐに来るよう通達したつもりであるが李凪自身もこの戦闘に違和感を持っていた。まだ終わったわけではない。あくまでこの戦いは背後にいる組織の表向きに過ぎないと確証を持っていた。

 結論に至る前に列車はJSS上野の地下ホームへと到着した。6番線に列車はゆっくり入り、完全に停止すると李凪は席を立った。ホームには遺骨を運ぶための職員が二人待っていた。李凪は前のドアから下車し二人とは会わないように降りた。白くて円柱の骨壺を見るといずれ自分も同じになる気がしていた。討つか討たれるかは戦闘員の宿命であった。それを回避するには敵を討つしか道はない。感情を抑えて息を飲むようにしてホームからもう少し深い地下にある上野の本部へと向かっていった。不明の答えはあと少し先にある気がしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る