第11話 ハーミッドクラブの庇護下

 日が昇ってから麗那は通りで賑わっている所へ歩いて行った。メタルグレーのベンチコートを着てフードを被り、顔がわからないようにして通りを歩いていた。幾つかの屋台が並んでいる中から麗那はパン屋の列に並んでいた。列が進んでいくと奥で騒がしい音が響いた。その方向を向くと一つの屋台に人が殺到していた。パンを四つ購入した麗那の後ろには偶然に人がいなかった。

「あれは何です?」

 亭主は何も珍しくないかのように答える。

「ジューンだよ。政府から委託された生活に必要な配給をする慈善団体。知らないのかい?」

「うちの地区ではあそこまで騒がしくないので」

 パン屋の亭主がこちらを不審に思われたことを麗那は察知し礼を言ってその場を後にした。ジューンと言った慈善団体に覚えはなかった。既にKSTSの嘘は八景地区の住民に真実として受け入れられているという事実であった。麗那は戻る途中で新聞を買って、読みながら車のある場所まで戻っていった。書いてある事実は全て出鱈目であることさえも知らない住民からは騙されていることすらわかっていない。完全に八景という地はKSTSの支配下であることに誰しもが気づいていなかった。

 車の前に立っていた李凪は麗那が戻ってくるまで置いてあった衛星写真を見ていた。八景地区の北にKSTSの軍事拠点が置かれている。その拠点はJSS内では白やどかりと呼ばれていた。東側は戦闘によって家を失った人々が集まり、キャラバンが形成されていた場所で新たに再建を行ったことで住宅地が広がっていた。西側は三階から五階までの建物と平屋の住宅が混在しているが境界線上には二十メートルを超える壁が存在する。町の発展は西側に偏りがあった。軍事施設の大半は西側の土地を利用していることが原因である。蓑隠れに使うためにわざと西側から町を構築していった。壁はKSTSが住民を守る為と称して壁を設置した。本当は住民が西へ逃げられないようにするためであるという意見と小田原からの攻撃を行わせない狙いなど様々な理由が推測されていた。

 情報通りであれば劣化ウランが搬入される場所は北側にある滑走路である。八景地区最多五本の滑走路が敷かれており、住宅地から一番離れている滑走路でもあった。八景地区に住んでいる人々から最も目に入らない場所とされている。他の滑走路から白やどかりに向かうには一度住民も使用する道路に出なくてはならない点があるがこの滑走路のみ直接軍事拠点へ搬入することが可能であった。また衛星写真から見るには大型の輸送機が三機置かれている。それから見れば輸送に一番便利な場所はここであろう。

 上空からの現在の様子を確認する為李凪は用意していたドローンを上空へ飛ばす準備をしていた。ここから白やどかりまで四十キロ以上はあるが操作は可能であった。ローター部分に攻撃さえ受けなければ破損することはない。胴体の下部に取り付けてあるカメラから撮影をすることを目的としたドローンである。攻撃を行うには別な部品の取り付けが必要であった。ドローンの操作と映像は麗那のパソコンから行える。

 ドローンを飛ばし終えた頃に麗那が戻ってきた。彼女は神妙な顔をしながら新聞を渡してきた。李凪は受け取った新聞を折り畳み車中に放り込んだ。

「ドローンを飛ばした。もう既にこちらの存在はわかっているから」

「そう」

「援護をお願い」

 いわゆる車両操作のことを口にしていた。

「私に運転しろっていうの?」

「いや、レールガンはそっちでも動かせるから」

 李凪は車を走らせて白やどかりへ向かっていた。買ってきたパンを麗那は運転している李凪の口へ運んでいた。パンが近づいてくると李凪は口を開き、銜えたままかみ砕き飲み込んでいた。麗那はパンを食べながらドローンの様子を確認しつつ李凪の様子も伺いながら状況を整理していた。

「ドローン到着したわよ」

「ああ」

 ドローンから見える映像から滑走路にステルス機が一機停まっていた。それ以外にも整備班らしき人影が複数確認される。

「ステルス機一機」

「んー。そうか」

 白やどかりがフロントガラスから見える位置まで来た。白い外観で神秘的な美しさを表したかのような建物であった。屋根は中世の城のようにとんがり帽子の形をしていた。これが白やどかりの由来であった。丁字路に差し掛かると歩道に乗り上げて車を停めた。李凪は車を降りて左右を確認してから車道を横断し白やどかりへ向かっていった。

「待って」

 麗那の声が聞こえて振り返った。運転席側に身を乗り出してガラスを下ろして李凪に声をかけていた。スーツに伸縮性があっても体勢の難しさで体にやや痛みが現われた。それが顔にも少し出ていたのを見て李凪は車へ小走りに近づく。

「中に入る気?」

「ああ」

「中には……」

「中にはGIUがいる。もう既に戦闘準備は出来ているからね」

 わざと捕まりにいくかのような言い方をして、白やどかりに向かって歩いて行った。一階分に相当する階段を上っていく姿が見えた。麗那は体勢を戻し少し考えていた。もう作戦を考えていないという結論のみが頭の中をさまよっていた。

 ため息をついてパソコンの画面を見る。ドローンから見える上からの映像でこちらを指さす人物がいた。こちらに既に気づいている作業員を見て麗那はドローンを慌てて旋回させた。すると急に映像が途切れ真っ黒い画面が続いた。作戦の成功率は絶望的な数値まで下がり続けていた。

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