第25話『ニーナの真実』
競技場から逃げ出したニーナは、教員寮の自室にいた。ベッドに寝転んで天井を見つめているが、視界がぐちゃぐちゃになっている。両方の目から涙が出て止まらない。
「リョウ……わたしをきらいになった。みんなと同じ目だった」
ニーナは、これまでたくさんの人に面倒を見てもらってきた。だけど誰よりも多くの魔力を持っているせいで、みんなニーナを気持ち悪がった。
今よりもっと子供だった頃、ニーナは魔力の制御が全く出来なかった。怒ったり、笑ったり、ちょっとした気持ちの変化に魔力が反応してしまう。
その結果、魔力を暴走させてたくさんの人を傷つけてしまった。魔力を暴走させてしまう度に怪物と呼ばれ、やがてニーナも自分が怪物だと思うようになった。
人を怪我させるたびに孤児院を移つり、最後に辿り着いたのが、ルギタニア魔術学園だ。
だけどニーナは、ここでも怪物扱いだった。多すぎる魔力は、魔術学院の生徒みんなから嫉妬されて、教師はみんな怖がる。
どこにも居場所がないこと、誰も友達になってくれないことをニーナは理解した。
どんなに願っても手に入らないなら自分で作るしかない。ニーナは学院の書庫でいろんな魔術について勉強した。そこで契約魔術について知った。
これなら友達が作れる。家族が作れる。ニーナのことをみんなが愛してくれる。そう思ったニーナは、一生懸命勉強して契約魔術を使えるようになった。
ニーナは、まず魔獣に契約魔術を掛けた。人間相手に使うのは犯罪だという知識はあったし、自分は怪物だから魔獣なら人間よりもいい友達になれると思ったのだ。
たくさんの魔獣に契約魔術を掛けた。小さい魔獣も大きい魔獣もニーナの友達になってなんでも言うことを聞いてくれる。とっても楽しかった。幸せだった。
だけどニーナは、それだけじゃ満足出来なくなっていた。
魔獣は言葉を発さない。学院の寮でずっと一緒にいられるわけでもない。
学院の中で魔獣を召喚すると、先生たちにばれるから魔獣に会えるのは、アガイスの森へ行った時や廃墟で隠れて魔獣を召喚した時ぐらい。
朝起きた時から夜寝る時まで毎日一緒にいてくれる――家族が欲しい。
ブレイブ・ファミリーのバートとアメリアみたいなお父さんとお母さんが欲しい。魔王の子供のビーンを愛したように怪物のニーナを愛してくれるお父さんとお母さんが欲しい。
毎日そんな風に思っていると、メリルに出会った。とってもきれいで優しい女の人。ニーナにとって初めて出来た人間の友達だった。
何か目的があって優しくしてくれるのは気付いていた。だけど、どんな理由があったとしてもニーナに優しくしてくれるのはメリルだけだった。
メリルにお母さんになってほしい。いつしかニーナはそう思うようになった。
彼女をお母さんにするなら、お父さんは誰がいいか考えた。だけど学院にはお父さんになってほしいと思える人は一人もいない。
唯一よくしてくれる大人の男の人は、バージス学院長だけ。でも彼はお父さんではなくておじいちゃんだ。メリルとも歳が離れすぎている。それにバージス学院長が心の中でメリルを怖がっているのも知っていた。学院長という立場上、メリルに優しくしただけだ。
ニーナが父親候補を探している時、事件が起きた。一番仲良しの魔獣バルデアオックスが突然暴れ出したのだ。いつものように廃墟で召喚して遊んでいると、突然巨大化してニーナを踏み潰そうとして暴れまわった。ニーナが何度声を掛けても暴走は止まらない。
ニーナは、友達だと思っていた魔獣が暴れたことに驚いてその場から逃げ出した。もう一度契約魔術を掛けるなんて考えは、その時全く思い浮かばなかった。
翌日の朝、バルデアオックスが討伐されたと知った。ニーナが召喚しなければバルデアオックスは死ななかった。どうしても最後のお別れにお花をあげたい。そう思った。
だからメリルに詳しい事情を話さず、夜中一緒に廃墟に行ってほしいと頼んだのである。
メリルは、すぐに「いいよ」と言ってくれた。
待ち合わせ場所に黒づくめのメリルが現れた時、ニーナは少しだけ傷ついた。だけどそれでもメリルを嫌いになれない。ニーナに見せた優しさに嘘はないと分かっていたから。
その時、ニーナはリョウと出会った。ニーナを助けるために自分よりも強いメリルに命懸けで立ち向かう姿は、ニーナにとって理想の父親だった。
この人にお父さんになってほしい。だからメリルにリョウが殺されないために、だけどリョウがメリルを殺さないようにわざと派手な援護射撃をした。
そして学院で三人が揃ったタイミングで契約魔術を用いてリョウとメリルをニーナの家族にしたのである。
それから日々は幸せで楽しくて、ずっとこんな毎日が続いてほしいと願った。
でももう二度とあの幸せな日々はこない。ニーナが全部ぶち壊してしまった。
リョウとメリルの契約魔術は、もうすぐ効力を失う。術者であるニーナ自身が一番よく理解していた。
きっと魔術競技大会が家族で過ごせる最後の日。だから二人にはかっこいいところを見せたかった。だけど何も出来ないまま競技が終わってしまった。
どうしてもリョウとメリルに活躍を見てほしい。他の生徒よりもすごい契約魔術が使えるところを見せたい。そう思ったのに、結果的には大惨事を引き起こしただけ。孤児院を転々としていた頃と同じだった。
おまけにニーナを見るリョウの目が変わってしまった。今までの大人たちと同じようにニーナを怖がっている。だから、もう二度とお父さんのようには接してくれない。
メリルも契約魔術が効力を失ったらきっとニーナを殺そうとする。
ニーナにとっての幸せな日々は終わりを告げた。家族ごっこはもう終わり。
「リョウ……メリル……」
大好きな二人の名前を呼ぶと、人の気配がした。リョウとメリルのどちらかが来たのだろうか。そう思ってベッドから起き上がると、そこにいたのは予想外の人物だった。
オレンジ色の髪と薄い緑の瞳が印象的な女性。着ているのは上下白の軍服だった。服装は違うが、彼女と一度会ったことがあるのをニーナは覚えていた。
「歌って踊る業者の人」
「正解。覚えててくれたのね」
「変なおばさんだから忘れない」
女性は、ぷっくらと頬を膨らませた。
「失礼だな。これでも十九歳。メリルと同じ年なんだけど」
「……メリルって十六歳じゃないの……」
衝撃の事実に、ニーナの頭はくらくらとした。
「うん。十九歳。学生として潜入する都合上、十六歳ってことにしたけどね」
「サバ読んでた! 年齢さしょー! 詐欺っ!」
「難しい言葉知ってるね。私はシャーロット。それじゃあ私と行こうか」
「行くってどこへ?」
「あんたの行くべき場所だよ」
微笑んだシャーロットが指を鳴らした。すると強大な魔力の気配がニーナの部屋の家具から迸った。ここにいちゃいけない。そう判断して逃げようとした瞬間、視界がぐにゃりとたわんだ。前も後ろも天井も足元も全部がぐにゃぐにゃに溶けている。
困惑したニーナが一度まばたきして瞼を開くと、地平線まで続く砂漠と赤黒い空が広がっていた。今までニーナが見てきた人の心の闇が具現化したかのような世界に息を呑む。
「ここ……どこ?」
シャーロットに尋ねると、彼女は得意げに笑った。
「あんたがいるべき場所。ここに来るためにあんたは生まれた」
笑顔のまま、シャーロットが近づいてくる。
ニーナの直感が囁いていた。この女性は危ない。ここにいちゃいけない。
シャーロットから逃げるように走り出すと、地面からオレンジ色の光が飛び出した。光の数は十で、タコの足みたいにうねうねと動いている。明らかに攻撃系の魔術である。
「あなたはわたしを殺すの?」
ニーナの質問に、シャーロットは笑顔を崩さなかった。
「苦労したんだよ。魔術師工場の目を盗みながらダサい踊りまで踊ってさ。この空間を構築したってわけ。あんたのためのこの空間をね」
シャーロットが指を鳴らした。光の触手の先端が一斉にニーナのほうを向いた。
「大人しくしてくれる? ニーナ」
シャーロットがニーナを指差した瞬間、青白い光が走った。
「がっ!?」
シャーロットの全身を十の青白い光が貫いた。傷口から鮮血を噴き出して地面に転がる。
光がやってきた方向にニーナは顔を向けた。
そこには、小銃を構えるリョウがいた。
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