第15話『復讐』

 カーニバルコーナ―の売店の中には、大小様々なぬいぐるみが棚に陳列されていた。

 店内のスタッフは女性一人しかおらず、大勢の客相手にあくせくと働いている。

 白いポロシャツと黒いスカート姿の女性スタッフは、目深に帽子を被って髪と目を極力隠しているが、すぐにメリルは正体を悟った。


『似合ってるじゃない、シャーロット』


 思念通話をスタッフに扮したシャーロットに飛ばした。彼女は、サポート役として常にメリルの行動を見守ってくれている。ここにいるのもそういうことだ。


『さすがねシャーロット。事前連絡出来なかったのに、ここまで尾行してスタッフとして潜入までするなんて』

『お褒めいただきどうも……そっちはさ、すっかりお母さんだね』


 シャーロットは、接客対応をしながら皮肉っぽい声音の思念通話を返してきた。


『まさか紅が情に絆された? あの伝説の英雄にしてはお粗末な結果だね』


 シャーロットの口調は、敵意すら感じさせる煽り口調であった。

 メリルは、動揺を覚えながらも表情や態度に出さないように努める。

 あくまで列に並ぶ客の一人をおよそいながら思念通話の語気を強めた。


『馬鹿言わないで。あたしは任務を放棄したつもりはないわ』

『覚悟はぶれていない?』

『どういう意味?』

『なんで一人でここに来たの? 当ててあげようか。一人になりたかったから』


 図星を突かれた。反論しようにも一言も紡げない。


『ニーナちゃんの喜ぶ姿を見て、露骨に嫌そうだったでしょ。メリルがあの時、どういう気持ちだったか当てようか?』


 ニーナを見ていると、心の中にもやもやしたものが生じてしまう。ニーナの笑顔を見る度、喜ぶ姿を見る度、もやもやはどんどん大きくなっていった。

 もやもやの正体には、見当がついている。だがそれを認めてしまったら剣が鈍る。だから絶対に自覚してはいけない。

 メリルは、殺意をほんの少しだけ混ぜてシャーロットを睨んだ。


『……シャーロット。少し黙りなさい』


 シャーロットは、沈黙で答えた。

 友人に対して申し訳なく思う。けれど、これ以上責められたくなかった。

 このままいくと、自覚してはいけない感情を自覚する。そうなったら躊躇するのは避けられない。メリルの目的は、ニーナの暗殺だ。ぶれることはあってはならない。

 これは殺す前に捧げる最後の手向けだ。それ以上でも以下でもない。

 自分に言い聞かせたメリルは、シャーロットに向けていた仄かな殺気を鞘に納めた。


『シャーロット。処刑場は、もう起動出来るのかしら?』

『ばっちり完了……と言いたいんだけど。実は処刑場の構築だけどさ、まだ完全じゃないんだ。なにせあの魔術師工場の目の前だったし、そう派手な魔術構築は出来なくてね』


 リョウの監視の中での魔術構築は、たしかに難関だ。しかしメリルからすればあの時のことで問題にしたいのは、シャーロットのキャラクター設定だ。


『十分派手だったわよっ! あのキャラの濃さはなんなのよ!? あなたの中の施工業者のイメージどうなってんのっ!!』

『いいでしょ?』

『なわけあるかっ!』

『仕方ないじゃん。空間魔術の構築には詠唱が必要なんだからさ』

『それにしてももう少し何かなかったわけ?』

『会心のアイディアだったんだけどな』


 思念通話を続けている内にメリルの前に並んでいた客は全員捌かれた。

 メリルは、レジカウンター越しにシャーロットと向き合う。


「これでスパイダコの引換を」


 メリルが引換券を渡すと、シャーロットは一メートルほどもあるスパイダコのぬいぐるみを背後にある棚から取った。


「ありがとうございますぅ! こちらどうぞですぅ」


 シャーロットからスパイダコを受け取ると同時に、思念通話の声が頭の中で反響した。


『あ、メリル、手を出して』


 左腕でぬいぐるみを抱き、メリルは右手を差し出した。シャーロットは、メリルの掌に中心に人差し指の先をあてがう。するとシャーロットの指先に魔術構築の気配がした。


『仕込みはしてあるから、仕上げはあんたがやって。私が次学院に入れるのは、ルギタニア魔術学院の競技大会。あれは一般にも学院が解放されるから処刑の実行にはもってこい。だからそれまでに処刑場の構築を完了させたいわけ。準備を万端にね』

『空間魔術の構築なんて高度なこと、あたし出来ないわよ』

『だからあんたの掌に、構築済みの魔術を転写してるってわけ。これでライトスタンドに触れれば空間魔術の起動準備が完了する。そしたら遠隔操作も可能だからあとは私がやる』

『……分かったわ』

『まぁでも魔術師工場の前だと、それも難しいって場合もあるだろうし、これあげる』


 シャーロットは見事な営業スマイルを作り、レジカウンターの下から紙袋を取り出した。


「こちら引換券をお出しされたお客様へのサービスですぅ」


 紙袋を受け取って中身をあらためるとチョコチップクッキーが五枚入っていた。


『シャーロット、これなに?』

『契約魔術が契約魔術の影響下にある人間の殺意に反応するなら殺意がない場合はどう?』


 契約魔術の影響下にない人間が用意したもの。これはたしかにニーナの契約魔術を突破する鍵になるかもしれない。


『そのクッキーさ。何も入ってないよ。普通のクッキーだから』


 シャーロットは念を押してくる。何も入っていないわけがない。だが殺傷力の強い毒が入っている保証もない。いずれにしてもメリルには、何が入っているか分からないのだ。


『テーブルの上に置いておけば、ニーナちゃん食べるんじゃない?』


 もしかしたらこのクッキーは効果があるかもしれない。ニーナを殺せるかもしれない。


『……もらっておくわ』


 メリルは、奥歯を噛み締めながら紙袋をワンピースのポケットに突っ込んだ。



 * * * * *



 リョウとニーナは、二人でドリームエリアを訪れていた。ここは比較的新しい作品群をモチーフにした場所で様々な作品の世界観を再現した施設が点在している。

 エリアの中央を横断するように幅の広い石畳の道路がある。キャシーが話していたパレードの一団は、ここを行進するのだろう。


 多数の施設がある中でニーナが興味を示したのは、やはりブレイブ・ファミリーだ。

 二人の勇者と魔王の子供が暮らす木造二階建ての小屋を中心に、魔王の城や怪物のアジトなど作中で象徴的な建物が再現されている。

 建物の前で作中に登場したキャラクターのコスチュームを身に纏ったキャストが道行く人々に手を振っていた。


「アメリアとバートとビーンだ!」


 金色の甲冑を纏ったバートと紅の甲冑を纏ったアメリアは、勇者という設定だ。

 彼らの間に立つ角の生えた白い髪の少年が魔王の息子のビーンである。

 喜色満面のニーナは、三人の姿に釘付けになっていた、


「リョウ! 握手してくれるかしら!?」


 興奮して大好きなキャラクターに夢中になっているニーナの姿を見ていると、つい顔がほころんでしまう。ここに来てよかった。リョウは、心の底からそう思った。


「握手お願いしてみるか?」

「ううん。メリルを待つわ。三人いっしょに握手する」


 きょろきょろ辺りを見回してメリルを探すニーナは、うずうずを抑えられていない。

 メリルに対するニーナの懐き方は、正に母親に対するそれだ。恐らくはブレイブ・ファミリーの影響が強いのだろう。

 ブレイブ・ファミリーのアメリアは、魔王の子供であるビーンに常に寄り添い、心を砕く役どころである。ビーンが悪の道に走らないように厳しく育てるバートとは対照的だ。

 バートとアメリアは、ビーンの教育方針の違いから幾度となく対立するが、様々な試練を残り超えて最終的に三人は本当の家族となる。

 だが現実はアニメとは違う。リョウとニーナとメリルが本当の家族になるなんてありえない話だ。


 メリルは、リョウの生徒を殺している。その所業を許すことは一生出来ない。

 リョウもルギタニア式魔術を生み出したことでメリルから仲間を奪った。恐らく彼女の仲間を戦場で直接討ったこともある。彼女がリョウを許すことも永遠にないだろう。

 リョウとニーナとメリルの関係は、契約魔術によって縛られた歪なものだ。どんなに縛り付けたところでリョウとメリルにとって互いが怨敵であるのは変わらないし、メリルがニーナを暗殺しようとしているのも曲げようのない事実である。

 だから三人が本当の家族になる日が訪れることもない。


 ニーナが望む家族を与えることが出来ないのなら、せめて最大限の愛情を注ぎ、守り育てる。アポカリプス・ドーターの強大な力は、多くの悪意ある人間に狙われる。そうなった時、誰にも利用されず、正しく力を使える大人に育てること。

 それがリョウに課せられた役目であり、多くの若者を戦場に送った贖罪になる。自分のやるべきことを再確認して、メリルを探し続けるニーナの頭を撫でた。


「あ」


 突然声を上げてニーナの首の動きが止まる。

 仏頂面のメリルがスパイダコの大きなぬいぐるみを抱えていた。


「ニーナ。貰ってきたわよ」


 スパイダコを見た瞬間、ニーナはリョウの手を必死に引っ張ってメリルに近づいた。


「おっきいっ! ありがとうメリル!」


 リョウの手を振り解いてニーナがメリルにぎゅっと抱き着いた。

 メリルのこめかみがピクリと動く。彼女はスパイダコのぬいぐるみをニーナに押し付けるようにして自分から遠ざけた。


「別にっ……お礼なんかいいわ」


 突き放されたニーナだが、スパイダコのぬいぐるみを抱きしめてご満悦だ。


「メリルだいすき」

「っ!」


 好意を伝えられたメリルの表情が険しさを増した。ニーナを睨みつけて背を向ける。

 ニーナは、右腕でぬいぐるみを抱えると、メリルの正面に回り込んだ。


「アメリアとバートとビートとあくしゅ。わたしとメリルとリョウの三人で行こう」


 そう言ってニーナは、メリルの右手を左手で掴んで引っ張った。メリルはつんのめりそうになりながらニーナに引っ張られていく。


「ちょっ、ちょっと引っ張らないで!」


 ニーナとメリルは、ブレイブ・ファミリー扮したキャストにずんずんと近づいていく。

 リョウは、一歩離れてニーナとメリルの後を追った。

 近づいてくるニーナをキャストたちは手を振って歓迎している。

 ニーナは、三人のキャストの前に立つと、メリルと繋いでいた左手を放してスパイダコのぬいぐるみを左腕に持ち直した。


「大ファンっ! あくしゅっ!」


 握手を求めるニーナの顔に、ぱぁっと笑顔の花が咲き誇った。


「ありがとう。私たちもあなたが大好きよ」

「はははっ! 君も勇者になれるぞっ!」

「いやいや! おれっちみたいな立派な魔族になるのがいいさっ!」


 決め台詞を言いながらキャストたちは、ニーナとの握手に応じてくれる。

 握手を終えたニーナは、右手をまじまじと見つめながらにんまりと笑った。


「ここにこれてよかった。ものすごく最高」


 ニーナが満足げに鼻を鳴らすと、アメリアに扮したキャストがしゃがんでニーナと視線を合わせた。


「最高なのはここからよ。今からパレードをやるの。私たちが出るから見ててね」

「パレードっ! 見る!」


 興奮が抑えられないのか、ニーナはスパイダコのぬいぐるみを潰しそうな勢いで抱きしめる。アメリアに扮したキャストは、ニーナの頭を優しくなでて立ち上がった。


「じゃあ少し待っててね。バート、ビーン、行きましょう」

「うんっ! 母さん!」

「パレードか。勇者の腕の見せ所だなっ!」


 役になり切った会話をしながらキャストの三人が去っていく。

 ニーナは、三人を見送りながら顔を真っ赤に染めていた。


「パレードっ! パレードっ!!」


 すでにテンションは最高潮に達している。パレードが始まったら感情が高ぶりすぎて気絶しそうな勢いだ。リョウは、ニーナの気を宥めようと背中をさする。


『間もなくパレードが始まります。皆様はエリア中央のメインストリートの脇でお待ちください。繰り返します――』


 ドリームエリア全体に女性のアナウンスの声が響いた。数千人の客がアナウンスに従ってメインストリートの脇へと一斉に移動した。


「最前列っ! リョウ! メリル!」

「ニーナ。手をしっかり繋ぐぞ」


 ニーナは、リョウとメリルとがっちりと手を繋いで人の津波に逆らってメインストリートを目指して歩いた。リョウは、ちょっぴり身体強化魔術を使ってズルをしたので、人ごみをかき分けるぐらい訳はない。

 三人揃って人込みを脱出。メインストリ―トが一望出来る最前列の特等席を確保した。


『それではブレイブ・ファミリーのブレイブパレードの始まりです!』


 アナウンスが聞こえると同時に、頭上で人の気配がした。数は三人。リョウが空を見上げると、突然バート・アメリア・ビーンのキャストが中空に姿を現した。

 割れんばかりの歓声と拍手を全身に受けながら三人は華麗に着地、バートとアメリカが剣を、ビーンが斧を手に召喚して掲げる。


 空中に突然姿を現したのは幻影魔術の応用。さらには武器召喚の魔術。キャストは三人共魔術師のようである。とは言え、強者の風格はない。

 戦闘技術として学んだわけではなく、あくまでショーのために魔術を習得したようだ。

 ビーン役のキャストがやんちゃな笑顔を浮かべ、斧を掲げた。


「怪物の群れがこの辺りに来るって話だ! さぁっ! やっつけてやろうぜ!」


 ビーンのセリフに合わせて、黒い煙が辺りに立ち込めた。何かの気配が煙の中で蠢くのを感じる。

 煙が晴れると、黒い獣が五体、ブレイブ・ファミリーのキャストを包囲していた。四足歩行の獣で犬と猫の中間のような見た目で、熊のような巨体を持っている。

 尖った耳まで避けた口には、ナイフのように鋭く巨大な牙が四列並んでいた。

 ファングランナー。高い魔力を持ち、並の魔術師を凌駕する戦闘力の魔獣である。だが凶暴そうな見た目と裏腹に極めて温厚な性格で知能も高い。

 調教もしやすくサーカスなどのショーでもよく見かける魔獣だ。


 どんなショーを見せているのかリョウの中で期待感が膨らむ。

 すると突然パチンッ! と指を鳴らす甲高い音がどこからともなく鳴った。

 その直後、ファングランナーの青い瞳が一斉にこちらへ向けられた。

 咄嗟に身構えるも、彼らがリョウを見ているわけではないことに気づく。

 ニーナを見ているわけでもない。

 五体の魔獣が見つめるのはメリルであった。


「ガアアアアアッ!」


 五体のファングランナーが雄叫びを上げてメリルへ突進した。

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