第14話『ドリームイリュージョンパーク』

 ドリームイリュージョンパークは、世界でも有数のテーマパークだ。これまでに制作したアニメ作品の世界観が忠実に再現しており、毎年国内外から二千五百万人が訪れる。

 今日は休日ということもあって大変込み合っており、入場するだけでも三十分かかった。


「やっと入れたぜ……」


 ダークグレーのスーツを着たリョウは、ジャケットの袖で汗を拭った。ここまで混んでいるのは想定外である。しかしはしゃぐニーナの姿を見ると、その苦労の甲斐はあった。


「リョウ! メリル! はやくっ!」


 黒いワンピースを着たニーナがぴょんぴょん跳ねる姿を見ていると疲れが吹き飛ぶ。

 しかしニーナは、興奮して周りが見えていない様子だ。一瞬でも目を離すと、人の波に飲まれてしまうだろう。この人ごみではぐれでもしたらしゃれにならない。

 リョウは、今にも飛び出しそうなニーナの左手を右手でがっちりと掴んだ。


「ニーナ。手を繋ぐぞ。この人込みではぐれたら大変だからな」

「ん」


 こくんと頷き、ニーナはリョウの手を握り返してきた。あの扱いづらい性格がここまで素直になるとは、まさにドリームイリュージョンパークの魔法である。


「メリルも」


 笑顔のニーナが白いワンピースを着たメリルに左手を伸ばした。

 メリルは、やれやれと言いたげな顔をしてニーナが伸ばした左手を右手でそっと握る。


「リョウ! メリル! 行こう!」


 ニーナは、リョウとメリルの手をぐいぐい引っ張りながら歩き出した。

 ドリームイリュージョンパークの内部は、五つのエリアに別れている。

 入場口のすぐそばにあるのが、クラシカルエリアだ。ここは、初期のアニメ作品ドリームイリュージョンアニマルズ、通称ドリアニの世界観をモチーフにしている。

 モノクロで塗装された古い作りの煉瓦造の建物が並び、ドリアニのキャラクターの着ぐるみが子供たちに愛嬌を振りまいていた。

 このエリアにはアトラクションがなく、アニメの世界に入った気持ちでキャラクターとの交流をするのがメインだ。


 キャラクターの着ぐるみを見つめるニーナの表情は、きらきらと輝いている。

 特にお気に入りらしいのは、黒い蜘蛛のキャラクター、スパイダコだ。デフォルメされているとはいえ、蜘蛛の見た目なので人気キャラクターではない。

 しかし作中では、見た目で誤解されるがとてもきれいな心を持ったキャラとして描かれており、ドリアニのマニアには一定数好む者もいる通好みなキャラだ。

 ニーナは、リョウとメリルを引っ張ってスパイダコに駆け寄った。


「大ファンっ! あくしゅっ!」


 ニーナがリョウと繋いでいた右手を振り解いてスパイダコに伸ばした。

 スパイダコは、ひょいとしゃがんでニーナと目線を合わせ、両手で握手に応じた。

 ニーナは、晴天の空よりも晴れやかな笑顔を浮かべて頬を紅潮させる。こんなに表情豊かな姿は初めて見た。これだけでも連れてきた価値はあった。

 ニーナの笑顔につられて、リョウも思わず笑みをほころばせる。

 一方のメリルは、不機嫌ですと顔に書いてある。だがニーナの手を引っ張って連れていこうとはいない。笑顔のニーナをじっと見つめている。

 視線に気づいたのか、ニーナはメリルをちらりと見てスパイダコとの握手を終えた。


「まんぞく。つぎ行こう」


 ニーナの発言に、メリルは驚きを露わにする。


「え、なんで。好きなんでしょ? もっと遊んだら?」

「メリルつまんなそう」


 ニーナの指摘に、メリルは苦々しげに顔を歪めてニーナから目を背けた。


「……そんなことないわ」

「じゃあなんでそんな顔をしてるの?」

「これは……なんでもないわ。あたしに気を使わないで、好きなことしなさい」


 メリルが腰をかがめてニーナと目線を合わせると、ニーナはふるふると首を横に振った。


「でも三人でたのしいのがいい。あっちに行けば三人でたのしいのあるかも」


 ニーナは、リョウとメリルと手を繋ぎ直してスパイダコに微笑みかけた。


「スパイダコさんまたね」


 リョウとメリルの手を引っ張ってニーナは走り出した。

 次に向かったのはカーニバルエリアである。ドリームイリュージョンの作品をモチーフした多彩なゲームコーナーが設置されたエリアだ。煉瓦で舗装された広い通路の両脇にゲームコーナーの屋台が並び、そこで遊ぶ大勢の子供と大人の笑い声が絶えず聞こえている。

 ニーナは、ぐいぐいとリョウとメリルの手を引っ張ってカーニバルエリアの中程にある屋台へと走った。お目当ては、ブレイブ・ファミリーのゲームコーナーだ。


「これやりたい!」


 石造りの城を模した屋台の中央にブレイブ・ファミリーに登場する魔王を模した木製の人形が設置されていた。大きさはリョウの背丈と同じぐらいある。赤い肌に大きな鷲鼻、黒い捩じれた角と背中に蝙蝠のような羽の生えた姿は、中々再現度が高い。

 魔王人形の左隣には、甲冑を着た中年の男性スタッフが立っていた。


「ようこそ勇者の訓練場へ! 君が魔王を倒す力を秘めた勇者になれるかの試験を始めるっ! 用意はいいかな!?」


 ニーナは、リョウとメリルの手を放すと両手を上げて何度もジャンプした。


「んっ!」

「元気のいい勇者候補生だっ! じゃあこの剣であの魔王をやっつけろ!! 制限時間は三分間! 魔王人形を壊せたら賞品をあげよう!」


 スタッフは、小ぶりな木剣をニーナに手渡した。これで思い切り、人形を叩けということだろう。普通の子供ならびくともしないだろうが、ニーナの身体強化は相応の練度だ。

 木で出来た人形はおろかゲームコーナーの屋台ごと破壊せしめるだろう。


「おいニーナ、身体強化は使うな――」


 リョウが静止する間もなく、ニーナは木剣を両手で持って魔王に切りかかった。びゅおんっ! とけたたましく風を切る音が鳴る。身体強化を最大出力で使っているのだ。

 木剣と人形が衝突、ガシンッ! と木と木がぶつかり合う音が響いた。

 しまったと思うリョウだったが、意外なことに人形も木剣もびくともしていない。

 ニーナも木剣と人形を交互に見て、首を傾げている。


「やっぱりお嬢ちゃんは魔術師だったか! がはははははっ!!」


 スタッフは胸を張りながら高笑いし、ニーナの頭を撫でた。


「この訓練用魔王人形と木剣は特別製でね。魔術で補強してあるからちょっとやそっとじゃ壊れないんだ。だから遠慮なくガンガン叩いていいぞ!」

「んっ!」


 気合の込もったニーナの木剣が魔王人形を叩きまくる。しかし人形は傷一つつかない。

 この人形に防護魔術を付与した魔術師は相当な凄腕だ。リョウでも木剣で破壊するのは簡単じゃないだろう。さすが国内屈指のテーマパークのゲームコーナー。スタッフも超一流どころを揃えているようだ。


「時間切れ!」


 スタッフの宣言と同時に、ニーナは手を止めた。全力を出し尽くしたのか肩で息をしている。スタッフは、大きな掌でニーナの肩を優しく叩いた。


「残念だったがいい筋をしているなっ! 君は勇者になれるぞっ! がははははっ!!」


 壊せなかったのが悔しいのか、ニーナは俯いて唇を噛んでいる。

 しばらくそうしていたが、突然何かを思いついたかのように顔を上げた。


「メリル! やってっ! メリルなら壊せるっ! 賞品ゲットだわ!」

「いや、大人がやるもんじゃないわよこれ」

「大人の方でも大丈夫だ! 勇者候補生は年齢問わず大歓迎だっ!!」


 年齢問わず遊ばせるのは、魔王人形が壊されない自信の表れだろう。

 たしかに魔王人形の防御魔術はハイレベルだ。おまけに木剣にも防御魔術を施すことで二重に防御力が増している。並大抵の魔術師では、魔王人形を破壊するのは困難だ。

 しかしニーナは、メリルならば破壊が可能だと信じているのだろう。期待感に満ちた笑顔でメリルに木剣を差し出した。


「メリルっ!」


 メリルは、やれやれといった顔で木剣を受け取り、魔王人形の前に立った。


「これ壊したら貰える賞品って?」

「ドリアニのキャラクターの巨大ぬいぐるみだっ! 好きなキャラを一人選べる! ちなみにこの先のカーニバルエリアの出口にある売店でも二万ダエドで売っているぞっ!」


 スタッフが指差す先に、白く塗装された木造の売店があった。その売店から長い行列が伸びている。並んでいる全員がゲームに負けた者たちなのだろう。

 ゲームコーナーで取らせず二万ダエドのぬいぐるみを買わせる商法とは、案外商売のやり口が汚い。だがパーク側の思惑通りにいかないことをリョウは確信していた。

 メリルは木剣を上段で構える。すると木の剣身から紅の波動が滲み出した。


「はっ!」


 一声と共に振り落とされた斬撃は、一刀の下に魔王人形を両断した。

 破壊される可能性が頭の片隅にもなかったのか、スタッフは呆然と立ち尽くしている。


「メリル! すごいっ!」


 嬉々としてニーナがメリルに抱き着いた。けれどメリルは不機嫌そうに眉をひそめる。


「……賞品くれるかしら?」


 メリルは、そっとニーナを突き放してスタッフに木剣を返した。


「……これ引換券です……ご希望の商品と引き換えてください」


 キャラクターのなりきりを放棄したスタッフは、ローテンション且つ事務的な口調でメリルにチケットを渡した。すると突然拍手の音が鳴り響いた。


「素晴らしい一撃ですね。相当な達人とお見受けしました」


 リョウが声のした方を見やる。そこにいたのは黒いスタッフジャンパーとカーキ色のカーゴパンツを身に着けたキャシー・ランドーであった。


「リョウ先生、遊びに来てくださったんですね」


 ここに来れば会う可能性があるとは分かっていたが、いざ対面すると緊張させられる。

 今リョウは、マリーを殺したメリルと一緒にいるのだ。キャシーにとっては最愛の娘の仇である。もしもメリルの正体がばれたりしたら、厄介な状況になるのは明白だ。

 生徒の遺族を欺くような真似をしなければならないのは心苦しいが、誤魔化すしかない。リョウは愛想のよい笑顔を作ってキャシーと向き合った。


「ええ。キャシーさんが調教した魔獣のパレードも見てみたかったので」

「でしたらちょうどいいですね。この先にあるドリームエリアでもうすぐやります。ブレイブ・ファミリーのパレードなんですよ」


 ブレイブ・ファミリーの名前が出た途端、ニーナが満面の笑みを浮かべて飛び跳ねた。


「ブレイブ・ファミリー! リョウ! メリル! はやくいこうっ!」


 はしゃぐニーナをキャシーは微笑ましげに眺めていた。


「ニーナさんは、ブレイブ・ファミリーが好きなんですね」

「うん。だいすき。わたしにもビーンみたいに家族ができた」

「家族ですか……」


 キャシーは、メリルをちらりと見た。

 対するメリルは、不機嫌そうな顔のままで愛想も欠片もない。

 リョウは、内心ひやりとした。けれど動揺が表に出さないように努める。下手な反応をすればそれこそキャシーの不信を買ってしまう。

 メリルとキャシーがしばらく見つめ合っていると、キャシーがにこりと微笑んだ。


「ではあなたたち家族に最高のパレードをプレゼントします」


 笑顔のまま踵を返してキャシーは去った。内心ほっとしてリョウがキャシーを見送っていると、突然メリルが引換券をひらひらさせながら歩き出した。


「スパイダコのぬいぐるみ引き換えてくるわ。二人で先にパレード行ってて」


 ニーナは、メリルの前に立ちはだかった。


「わたしも行くっ!」

「あの列を見なさい。パレード見損なうわよ。一番好きなアニメでしょ?」


 こくこくと頷いてからニーナは、背伸びをしながら思い切り両手を広げた。


「スパイダコっ! いちばん大きいの!」

「分かったわよ。その男と先にパレード行ってなさい」


 メリルは、素っ気ない態度で売店へ向かった。

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