第三章『揺らぐ思い』
第12話『お肉パーティ:毒薬を添えて』
リョウとニーナとメリルが買い物から帰宅した頃には、学院は夜のベールを纏っていた。
教員寮に帰宅するなり、メリルはキッチンを占領して慌ただしく料理をしている。
リョウとニーナは食卓に着き、調理の様子を眺めていた。メリルの料理の手際は悪くない。だが、とにかく大ざっぱだ。
フライパンひとつ使って作る巨大ハンバーグ。塊肉をぶつ切りにしてぶち込んだビーフシチュー。米よりも鶏肉の量が多いチキンドリア。見ているだけで胃もたれしてくる。
しかもどの料理にも小瓶に入った白い調味料をこっそり入れていた。リョウが購入した物ではないからメリルが持ちこんだのだろう。
ニーナは待ちきれない様子で足をパタパタさせながら身体を揺らしている。
「お肉。お肉。お肉」
メリルは、出来上がった料理を皿に移すことなく、調理器具ごと食卓の上に置いた。
「出来たわよ!」
「お肉!」
ニーナは感嘆の声を上げ、食卓の料理を舐め回すように見つめている。
「さぁ食べるわよ。ニーナもいっぱい食べなさい」
ニコニコしたメリルが一つの皿に全部の料理を盛りつけてニーナの前に置いた。
ニーナは、にんまり笑ってフォークとナイフを一緒に持ち、一口大にハンバーグを切る。切ったハンバーグをフォークで口に運ぶと同時に、赤黒い電流がメリルに駆け巡った。
「ぎゃああああああああああああ!?」
契約魔術の戒め。その激痛は紅と呼ばれた伝説的な魔術師でも抗えるものではない。赤い長髪を振り乱しながらメリルは、床をのたうち回っている。
リョウは、ニーナの手からハンバーグを刺したフォークを取り上げた。するとメリルを蝕んでいた赤黒い電流が消失した。
試しにフォークをニーナの口元へ持っていく。ニーナがあーんと口を開いた瞬間、再び赤黒い電流がメリルに走った。
「きゃああああああああ!」
ニーナの口からフォークを離すと、電流が止む。また近づけると電流が走った。
「いやああああああああ!」
メリルが用意した謎の調味料の正体は、やはり毒だ。
直接的な攻撃ではだめでも、毒殺ならば可能性があると考えたのだろう。
「結果は、この通りってわけか。抜け道探すのは失敗みてぇだな、紅さんよ」
リョウがニーナにフォークを近づけると、メリルの緑色の瞳に涙の粒が滲んだ。
「お、お願い……やめ――」
フォークを近づけるのとやめると、メリルがほっと一息ついた。
すかさずリョウは、フォークに刺さったハンバーグを自分の口元に持っていく。ハンバーグを口の中に入れる寸前、メリルから赤黒い電流が迸った。
「いやああああああああああああ!?」
契約魔術は、メリルとリョウがお互いに対して行う攻撃も契約違反の対象になる。リョウがメリルに殺される心配はないが、逆にリョウがメリルを殺すことも出来ない。
これは単独での戦闘力でメリルに劣るリョウにとっては優位な状況である。
検証も済んだのでもうメリルの悶絶ショーは見なくていい。ニーナにハンバーグの刺さったフォークを返した。
フォークを受け取ったニーナは、ハンバーグを口に入れようとした。
「ぎゃああああああああああ!?」
ニーナは繰り返しハンバーグを食べるふりをし、その度メリルは電流によって悲鳴を上げた。完全にニーナのおもちゃにされてしまっている。
何十度目かの電撃の後、メリルは泣きじゃくりながらよろよろと立ち上がった。
「あたしを殺す気!?」
「そうなってくれても俺は一向かまわん」
「怪物的には、人が苦しんでる顔を見るのは最高」
「この畜生どもめ……」
度重なる電流で限界を迎えたのか、メリルは糸が切れた人形のように脱力して床に倒れた。ニーナは、白目を剥いて泡を吐いているメリルを鼻で笑った。
「この程度で音を上げるなんて。もっと楽しみたかったのに」
「末恐ろしいことを言うんじゃねぇ」
「でも楽しかった。もっとやりたいわ」
満足げに微笑むニーナのお腹がきゅうーと小さな音を鳴らした。
ニーナは、食卓の上の料理をじっと眺めて唾を飲んだ。
「お腹空いた。これ食べちゃダメなの?」
「毒が入ってっからな。まぁメリルのことだから自分も食わなきゃいけない状況になったことを想定して解毒剤を持ってるとは思うがな」
「解毒剤飲みながら食べれば平気?」
「いや、やめとけ。解毒剤飲んでも腹壊すぞ多分」
「お肉……お肉……お肉に飢えてるのに」
ニーナは、不満そうに唇を尖らせた。せっかくのごちそうを前にしてお預けを食らったのだから無理もない。リョウは、椅子から立ち上がってニーナの頭を優しく撫でた。
「余りの食材で何か作ってやるから待ってろ」
「お肉がいいわ」
「分かってるって。ちゃんと肉料理にすっから。いつまで寝てんだメリル。邪魔だ退け」
メリルを蹴飛ばし、リビングの端っこに転がして排除。リョウはキッチンに立った。
冷蔵庫から取り出すのは、ステーキ肉と野菜とパンとチーズだ。
ステーキは両面を強火でさっと焼き、ホイルに包んで寝かせておく。肉を休ませている間に野菜を切ってサラダボールに盛り付けた。
休ませた肉を切って食べやすいサイズにカットして、サラダの上に盛り付ける。
肉を焼いたフライパンに砂糖・ソイソース・ライスリキュール・・ライスビネガー・胡椒・すりおろしたにんにくを入れてよく煮詰める。
煮詰めたソースをステーキと野菜にかけてステーキサラダの完成だ。
続いてパンを厚めに切ってオーブンで軽くトーストする。
チーズは塊のまま鉄串に刺し、コンロの火で表面を炙った。とろりと溶けた部分をナイフで削ぎ落としてトーストしたパンにたっぷりと乗せる。
「ニーナ。出来たぞ」
ステーキサラダとチーズトーストを食卓に置くと、ニーナが喉を鳴らした。
「……野菜もあるけどお肉料理」
「両方たっぷり美味しく食えるからな、俺、この料理好きなんだよ」
ステーキサラダとチーズトーストを別の皿に盛り付けてニーナの前に置いた。
ニーナは、すぐにフォークを持ったが、これは毒入り料理に使ったものだ。
リョウは、新しいフォークを食器棚から出してニーナに渡した。
「肉と野菜を一緒に食うと美味ぇぞ」
「うん」
ニーナは、言われた通りに肉と野菜を一緒にフォークで刺してぱくりと一口、頬を蕩けさせた。続けてチーズトーストをかぷり。溶けたチーズとトーストに目を細める。
「おいしい! じゃなくて……わるくないわ」
「そこは素直に美味いって言えよ」
「きょーじに反するわ」
「難しい言葉知ってんね、お前も」
二人が夕食を食べている間、メリルは微動だにせず床に転がっていた。
彼女が目を覚ましたのは、リョウが食器の片づけを終えた頃だ。
のっそりと起き上がって、椅子に座って舟をこいでいるニーナを睨みつけた。
「……この子、いいご身分ね」
「子供なんてそんなもんだろ。ニーナそろそろ寝るか?」
「ん……」
ニーナは椅子から下りてふらふらと階段へ向かって歩き出した。このままだと転びそうである。リョウはひょいっとニーナを抱き上げた。
「よし。部屋行くぞ」
「ん……わたしの部屋で寝る……みんなで寝る……」
「勘弁しろ。あの残虐女が傍にいると寝られねぇんだよ」
「こっちのセリフよ。陰険ロリコン教師。大体ね、ニーナ。あたしは今あんたを殺そうとしたのよ? なんでそんなあたしと一緒に寝たいと思うのかしら?」
「……リョウとメリルが好きだから……」
ニーナは、リョウの胸に顔を擦り付けてくる。まるで微睡む赤ん坊のようだ。
「家族は……一緒に寝る……の……メリル……いっしょ……にねる……」
「もう! 分かったわ。また戒めが発動しても困る。寝ればいいんでしょ! 一緒にっ!」
渋々メリルが了承する頃には、リョウの腕の中でニーナは寝息を立てていた。こうしていると強大な魔力を持つ天才ではなく、どこにでもいる普通の子供だ。
リョウは、ニーナを抱っこしたまま、二階へと続く階段を上る。
ニーナの部屋は、二階の廊下の一番手前の右側の部屋だ。
部屋の内装は、通学鞄が乗った机が一つとベッドが一つ置かれているだけの質素なものである。入り口から見て左側の壁がクローゼットになっていた。
ニーナをベッドの上に寝かせると、メリルが溜息混じりに部屋へ入ってくる。
メリルは、ぐるりと部屋を見回して顔をしかめた。
「殺風景な部屋ね。もう少し女の子らしい部屋にしてあげたら?」
「まぁ、それに関しちゃ俺もそう思ってるよ。明日業者探して連絡してみるわ」
リョウは、クローゼットからニーナの上下黒のパジャマを取り出した。
「メリル、着替えさせてやれ」
「なんであたしが!?」
「女の子だぞ。俺が着替えさせるわけにもいかねぇだろ」
「……仕方ないわね」
メリルはパジャマを受け取り、ベッドに傍らに腰かけた。
リョウが二人に背を向けて部屋を出る間際、
「悪魔みたいな性格のくせに……寝顔だけはかわいいわね」
彼女は、暗殺者らしくない優しい声でそう言った。
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