第6話『契約魔術』
演習場での実技を終えたリョウは、高等科一年一組の教室で座学を行うことになった。
ニーナ個人相手の特別講義だ。彼女は魔力の多さから高等科に飛び級したが、その他に関しては初等科レベルの技術と知識しか持たない。
今日の座学の課題は、契約魔術についてだが、何故かメリルまで講義を聞きに来ており、ニーナの左隣の机に座っていた。
「なんでお前がここにいるんだ?」
「ニーナは友達だから一緒にいたいんですよ。それに先生の座学も聞いてみたいですし」
挑発的な口調からすぐに嘘だと理解する。リョウは、肩をすくめて黒板に向かった。
「契約魔術は成立さえすれば強力だ。契約条件に逆らうと全身に赤黒い電流が走り、凄まじい苦痛に苛まれることになる。旧神もまだ魔術を確立していなかった頃の人間に行使して多くを隷属させた」
リョウは、教科書を片手に黒板にチョークを走らせていく。
「中には旧神の子供を産まされた人間もいた。旧神の魔力を引き継いだおかげで強大な魔力を持ってたって話だ。今でも旧神の血を引く者の末裔はいる」
旧神の血を引く末裔がいるという話は有名だ。現代でもその血筋は脈々と続いている。
「見分ける方法もあるにはあるが……」
旧神の血を引く人間は、身体の色素が薄くなる傾向にある。髪や目や肌などの色が薄くなるのだが、生まれつき色素の薄い人間との区別が難しい。
ニーナのような色素の薄い人間は、旧神の血を引くとされ忌み嫌われてきた。わざわざこの情報を耳に入れる必要はない。リョウは、黒板から振り返ってニーナに微笑んだ。
「これに関しちゃまた今度な。それに旧神の血を引くって言っても大半はまっとうなやつだ。怖がる必要はない……だが中には、旧神の血を特別視したカルト教団がいる。組織名は〝アポカリプス〟だ」
アポカリプスは、現代の人類文明の破壊と旧神の復活を目的とする秘密結社だ。
組織の始まりは五百年前のワイズ帝国である。ワイズ帝国では旧神の血を引く者は他国よりも強く差別された歴史があった。それに反発したマリディアという女性がアポカリプスを創設したとされる。
最初は小規模な集団だったが、三百年前の最盛期には世界中に五十万人の信者がいた。
「こいつらの最大の特徴は、旧神の王の血を引くってことだ」
「きゅうしんの王さまって? つよいの?」
「当時世界にいた魔術師全員で戦って殺した。七割の魔術師が命を落としてようやくな。たった一体で世界を破滅させうる力を持つ旧神の王。アポカリプスは、その王の復活と旧神の世界の復興を目標にしてる。そのために旧神の王の末裔同士で近親相姦を繰り返して王の血を濃くするんだ。中でも特に旧神の血が濃い突然変異の子供を連中は〝アポカリプス・ドーター〟と呼んだ」
アポカリプス・ドーターは、旧神の血が濃い影響で極めて強い魔力を得ると言われている。過去に七人存在したとされ、その全員がワイズ帝国によって殺害されている。
「まぁアポカリプスが世界の脅威だったのは昔の話だけどな。今じゃ壊滅寸前の状態だ」
三百年前に最盛期を迎えたアポカリプスだが、ワイズ帝国を中心とした国際的な取り締まりにより、現代では数百人の信者がいるだけである。
「たまに残党が信者を無理やり増やすために契約魔術結ばせようとするから気をつけろよ。一度契約魔術を結ぶと、術者が設定した期限を迎えない限り、契約解除は困難だからな」
人間の魔力では数年単位の契約期間の設定が精々だが、旧神の魔力量では人間の寿命が尽きるまでの契約が可能だ。そのため旧神との戦いにおいて人間の魔術師たちは、これに対する防御手段の構築を何よりも優先した。
「身体強化魔術には、特定の魔術に対する防壁機能も組み込まれてる。契約魔術を強引に結ぼうと思ったら、初等科相手ですら旧神クラスの魔力がないと不可能だ……ニーナここまでは理解出来たか?」
ニーナは、首をふるふると横に振った。
「よく分からないわ」
「そっか。どこが分からない?」
「ぜんぶ。今日のお昼、なにたべようか考えたの」
要するに話を全く聞いていなかったということだ。
凄まじい徒労感に肩を落とすと、窓の外からチャイムの音が聞こえてきた。
「……よし、午前の授業はここまで」
そう告げると、メリルは愛想のよい笑顔でニーナの頭を撫でた。
「ニーナ、いつも場所に先行ってて。あたしが昼食買って持っていくわ。何がいい?」
「サンドイッチ。お肉のやつ」
「了解。じゃあ先行っててね」
メリルは、笑顔で手を振り、ニーナを残して教室を出て行く。
ニーナは、ニコリともせずに手を振り返してメリルを見送ると、リョウに近づいてきた。
「リョウも来る?」
「ああ、そうする。ニーナとメリルは仲いいんだな」
「メリルだけは優しい。優しい大人が一人しかないない。こんな世界滅べばいいのに」
「俺を勘定に入れろよ」
「まだそこまで互いを知らない。一方的な好意はメイワクなだけ」
「悪かったな。じゃあ昼飯食って親睦深めるか。いつもの場所に連れて行ってくれ」
「分かった」
ニーナの案内されたのは、学院の南端にある庭園である。一面に色とりどりの花が生い茂っており、花の蜜の甘い芳香が鼻腔をくすぐった。
リョウが最初に赴任した頃からデートスポットとして人気の場所だ。学院側もそのような目的で使われていることは認知しており、庭園の各所にテーブルやベンチを置いている。
以前はカップルたちの甘ったるい雰囲気で胸やけしそうになる空間だったが、今日はリョウとニーナ以外誰もいなかった。
「昔は人多かったんだけどな。何があったんだ」
「わたしのお気に入りの場所」
リョウは、ニーナの一言で全てを察した。人気のデートスポットは一転して、破滅思想の少女と高確率で遭遇する恐怖のスポットに代わってしまったのだ。
午前中の授業を見ているだけでもニーナがクラスメイトから煙たがられているのは間違いない。強大な魔力を持ち、制御もままならない。加えてこの性格である。
だが魔力量も制御が上手くいかないことも、ニーナの性格も彼女のせいではない。
一緒に過ごした時間は短いが、子供らしい一面があることを知れた。ニーナの人を寄せ付けない性格は、孤児として育った彼女なりの処世術なのだろう。
そんなニーナが唯一心を許していると言えるのがメリルだ。メリルに対するニーナの態度はリョウに対するそれよりもはるかに素直で子供らしい。
だからこそ、罪悪感が膨らんでいく。これからリョウがしなければならない行いはきっとニーナを悲しませてしまうから。
後方から近づく者がいる。人数は一人。リョウが銃剣付きの小銃を手元に召喚して振り返ると、笑顔のメリルが立っていた。腰には授業で使っていた古びた剣を下げている。
「今ここでニーナを殺すつもりか? メリル」
リョウの問いかけに、メリルは笑顔を崩さない。
「何を言ってんですか? おかしいんじゃないですか先生」
「圧倒的な強さゆえ、戦場で出会った誰も生きて帰ってこなかった。故に性別も年齢も分からねぇ。ただその伝説染みた強さだけが語り継がれて逸話になった。まさかワイズ帝国の英雄・紅がこんなに若かったとはな」
「ちょっと先生やめてくださいよ。あたしが紅なわけがないでしょ?」
メリルは、笑顔のままシラを切った。だがリョウも追及の手を緩めるつもりはない。
「あの紅がどうしてルギタニアにいるのかと思ったが、その若さなら納得だ。学生の身分で潜入出来て且つ優れた技量を持つ魔術師。てめぇが適任だったわけだ」
「……なるほど。無駄に鼻が利くようね」
皮肉っぽく笑ったメリルは右手で剣の柄を握り、鞘から抜き放った。
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