第5話『ルギタニア式魔術』
高等科の演習場は、第三校舎の西側に隣接する十階建ての別棟の三階にある。
白い石造りの演習場は、最大五十人の使用を想定した広大なもので初等科・中等科・高等科の各学年に一つ割り当てられている。
演習場の内外には、防護魔術が何重にも施されており、大抵の攻撃魔術は通さない。
演習場の中央にリョウと銃剣付きの小銃を肩に下げた一年一組の生徒たちが整列している。ニーナは何も持っておらず、メリルは白い柄の古びた直剣を腰に差していた。
一年一組の生徒以外にも他の組や他学年の生徒、教師たち合わせて百名近くが演習場の隅っこで固まっている。リョウの実技の指導を見たいと大挙してきたのだ。
授業の邪魔だから出て行くように言ったが、一人として退出する者はいなかった。
「まったくミーハーどもが……隅っこでも存在感すげぇーってんだよ」
誰にも聞こえない声量でぼやき、指を鳴らした。それと同時に床に青く輝く魔術陣が二十一個展開される。魔術陣の展開から数秒後、金属製の人型の的が召喚された。
「お前ら小銃を構えろ」
リョウが指示すると、ニーナとメリルと除く全員が小銃を構える。
ニーナは銃の代わりに右の掌を的に向けているが、メリルは剣を鞘に納めたままだ。
「よし。いい構えだ。全員射撃用意……撃て!」
リョウの号令を同時にニーナとメリルを除く全員がトリガーを引いた。十九の小銃の銃口から青い魔力弾が踊り出し、金属製の人型を捉えた。
甲高い音を鳴らして魔弾が弾ける。着弾点には僅かなへこみが見られるも的の貫通には至っていない。銃声と弾着音が絶え間なく響くも、的を貫く音は聞こえてこなかった。
皆が射撃に熱中する中、ニーナは右掌を的に向けたまま立ち尽くしていた。時々不思議そうに自分の掌を見て、また的を狙うを繰り返している。
メリルに至っては剣を鞘に納めたまま退屈そうにしていた。
メリルは明らかにやる気がないが、ニーナの場合はそういうわけではなさそうだ。射撃魔術を使いたいのに使えない、という風に見える。
ニーナが魔術を撃てない原因に、リョウは見当をつけていた。
「射撃やめ!」
リョウの号令で生徒全員が一斉に射撃をやめる。
「お前らに質問だ。お前たちが使う魔力封入弾に付与されている魔力量で、あの的を貫通するために必要な魔力増幅構築と魔術構築式は?」
リョウの質問に、生徒たちは互いの顔を見合わせるばかりで答えない。ルギタニア式魔術の基礎中の基礎なのだが、原理を正確に理解せず感覚で使っているようだ。
以前からこういう生徒は多くいる。この場合必要なのは、基礎を思い出させることだ。
「基礎の基礎から行くぞ。魔術には大別して二つの体系がある。ニーナ分かるか?」
「ルギタニア式とワイズ式」
「正解だ。俺たちが使うルギタニア式とワイズ帝国で生み出されたワイズ式だ。ワイズ式の歴史は古い。千七百年前、地球を支配した
旧神とは、宇宙から来たとも異界から来たともされる〝魔法使い〟だ。彼らは今世界にいる全ての魔術師と魔獣の始祖でもある。
醜悪な異形の姿と巨大な体躯を併せ持つ旧神は千八百年前、この世界に突然姿を現した。
彼らの最大の特徴は、強大な魔力と驚天動地の技〝魔法〟を持っていたことである。
当時の人類の力では彼らに成す術はなく、支配を受け入れるしかなかった。
「元来この星に魔力という概念はなかった。だが強大な旧神の魔力の影響を受けて星全体が突然変異を起こした。大気と大地に魔力が固着し、人間を含めた多くの動植物に魔力を持つ突然変異体が生まれた。これが魔術師や魔獣の始まりだ」
魔力を得た人間は、旧神に抗うため彼らの技を観察し、技術を練り上げた。そして魔法を人間用に落とし込んだ技術〝魔術〟を完成させたのが、初代ワイズ帝国皇帝である。
「ワイズ式魔術は、旧神が用いた魔法を人間でも使えるようにアレンジしたものだ。だが旧神と人間では魔力量に絶対的な差がある。その差はざっと百倍。こいつを埋めるために初代皇帝が考えたのが少量の魔力を増幅する魔力増幅構築だ」
魔力増幅構築は、人類の使う魔術の根幹だ。人間の使用する全ての魔術に、この魔術増幅構築が組み込まれている。これに関してはワイズ式とルギタニア式に大きな差はない。
「旧神の魔力の運用法は水を勢い良く噴射するのに似ている。対して人間の魔術運用は爆薬に火をつけるようなもんだ。少量でも瞬間的に巨大な力を出せる。人間の魔術はそうやって増幅した魔力に様々な性質を与える」
ワイズ式魔術の開発によって高位の魔術師は、大半の旧神に匹敵する力を得た。
初代皇帝と彼の仲間たちは旧神に挑み、十年以上に及ぶ戦いの末、勝利を手にした。
後に初代皇帝はワイズ帝国を建国。世界をけん引する大国として今も君臨し続けている。
「メリル、こいつらにワイズ式魔術を見せてやってくれ」
リョウの頼みに、メリルは露骨に嫌そうな顔をした。
「頼む。成績には色をつけるからよ」
メリルは、気だるそうに鞘から剣を抜き放った。刃は曇っており、あまり手入れされていない。柄を両手で握り締めて剣を上段で構えた瞬間、メリルの左肩がわずかに震えた。
「はっ!」
勢いよく振り下ろした剣閃の軌跡が青い刃を描き出した。魔力によって形成された斬撃が飛翔し、的の表面に浅い傷を刻み込む。リョウは的の前まで行き、斬撃の痕を注視した。
「……なるほど。メリル、助かったぜ」
不機嫌そうにメリルは剣を鞘に納めて、リョウから顔を背けた。
「見ての通り、剣や杖といった触媒に魔力を通して魔術を起動するのがワイズ式魔術だ。世界中で広く使われ、ルギタニア人にも使い手がいる。だがワイズ式魔術には欠点が一つある。それは個人の資質に大きく依存しちまうことだ」
ワイズ式魔術は、生まれながらに魔力を持つ才能ある人間が使用することが前提になっている技術体系である。それ故魔力を生まれ持たない者には習得が出来ない。
「ワイズ帝国が世界で一、二を争う大国と呼ばれるのは魔術師が生まれやすいからだ。先の戦争でルギタニアが苦戦したのは、魔術師の数が三分の一にも満たないからだった」
ルギタニアも世界経済の牽引役を務める超大国である。しかしそれは工業製品の輸出入によって成り立っており、軍事力の面ではワイズ帝国に大きく溝を開けられていた。
「魔力を持たない者でも魔術を使えるようにする。その方法を編み出したのが俺の師匠ユウジン様だ」
ユウジンが開発した魔力の習得法は、魔力の濃い地帯で、特殊な呼吸法を用いて魔力を体内に取り込むことから始まる。
取り込んだ魔力は、呼吸法によって全身の体細胞へ送られ、少しずつ体細胞に馴染ませる。それを一定期間繰りかえすことで体細胞に変化が生じ、自ら魔力を生成出来るようになるのだ。この技術をユウジン式魔道術と呼ぶ。
「ユウジン式魔道術は、旧神の魔力で人間に起きた突然変異を人為的にやる。だがこれで得られる魔力は、先天的な魔術師には劣る。おまけに魔力を得るのに何年もかかるんだ」
魔力の量が絶対的な戦力差に繋がるわけではないが、魔力が多いに越したことはない。
そしてユウジン式でもルギタニア式でも魔術の基礎部分は、ワイズ式を参考にしている。故に魔力量で優れるワイズ式の魔術師相手では、長期戦で不利が生じてしまう。
「不足分の魔力を補うために、ユウジン様は小瓶にあらかじめ魔力を封入して持ち歩いた。ただ小瓶は戦闘中に割れやすい。俺はルギタニア式を開発する過程でより良い代替品を探した。石、鉄球、煙草……煙草はいい線行ったが、コストが嵩んで量産が難しかった。今でも試作品の残りを一つ持ってるが……って話が逸れたな」
リョウは、右手に銃剣付きの小銃を召喚した。
「一年間の試作の結果、最適なものを見つけた。ルギタニアで生まれた武器、銃だ」
銃は、魔術師の少ないルギタニアが他国の魔術師や魔獣に対抗するため開発した武器だ。
「あらかじめ弾丸に魔力を封入しておき、状況に合わせて魔術を構築してトリガーを引く。これで魔力量の絶対値の差を覆し、さらに銃を用いることで射撃魔術の命中精度も増す」
説明しながらリョウは小銃を持った右手の甲に左手の人差し指を走らせた。指の動きに合わせて幾何学模様の魔術陣が描き出される。
「これが魔力定着陣。晩年ユウジン様がほぼ完成させたものを俺が後を継いで仕上げた。呼吸法で数年かかる魔力定着も、この魔術陣によって数週間で行えるよう効率化されている。魔力のない人間でも即座に実践級の魔術師になれる。これがルギタニア式魔術だ」
後天的に魔力を得たルギタニア式魔術師は、ワイズ式魔術師の上位層と比較すると個の強さは劣る。だが個人の資質に左右されにくい分、平均的な強さでは上回っていた。
誰でも魔術師になれるルギタニア式の開発で、敗色濃厚だった戦況は逆転。ルギタニアは、ワイズ帝国との講和条約を結ぶに至った。これこそリョウが英雄と呼ばれる所以だ。
一方で多くの人を戦渦に巻き込んだ原因であり、リョウの罪の象徴でもある。魔力がない者でも魔術師になれることは、裏を返せば国民全員が戦場に送られることと同義だ。
一度生み出してしまった技術は、二度と世界から消すことは出来ない。
今度こそ若者たちに正しい扱い方を教えるのがリョウに出来る唯一の贖罪だ。
小銃を素早く構えて右手の人差し指に魔術を構築、トリガーを絞る。放たれた魔弾は的を射抜き、演習場の壁にめり込んだ。演習場全体を生徒や教師の感嘆の声が揺らした。
「魔力封入弾に封入されている魔力量は決まってる。つまり俺はお前たちと同じ弾丸、同じ魔力量で魔術を行使した。威力の差は、魔術構築の練度の差だよ。速く撃つことよりも構築をきちんと編むことを重視しろ。基本を疎かにすると、成長出来ねぇぞ」
リョウは、小銃を右肩に担いでニーナに近づいた。
「ニーナの魔術発動が安定しねぇのは、膨大な魔力を魔力増幅構築でさらに大きくしようとするからだ。魔術の構築が強大な魔力に耐えられねぇ。だから誤作動を起こす」
少ない魔力を旧神に匹敵する威力にすることを目的としたのが、人間の魔術だ。旧神以上の強大な魔力の運用は、そもそも想定されていない。構築が壊れるのは当然だ。
「増幅の構築式を抜いて魔術構築すれば安定して魔術を発動出来るはずだぞ」
「どうやるの」
リョウはニーナの目の前でしゃがみ、視線を合わせた。
「魔術の構築は、最初に魔力増幅、次に発動魔術の構築だ。ニーナの場合は、増幅の過程をすっ飛ばしていきなり魔術を発動しちまえばいい。やってみな」
リョウがそう言うと、他の生徒たちから悲鳴が上がった。
「先生! それはダメです!」
「そいつが魔術を発動したらとんでもないことに!」
「前任の先生は、ニーナに魔術を使わせなかったんですよ!」
見学に来たギャラリーも一様にざわついた。
確かにニーナの魔力量は、リョウの数百倍ではきかない。実技担当の前任者が持て余すのも理解出来る。だが強大な力であるからこそ使い方を学ばねばならない。
リョウは、的を指差した。
「使わせねぇから上達もしないんだ。ニーナ、やってみろ」
「ん」
ニーナが的に右手を向けると、メリルを含めた生徒たちが一斉にリョウの後ろに隠れた。
「お前ら、俺のこと尊敬してる割に、盾にすんのな」
的に向けたニーナの右手から黒い光の奔流が躍り出た。膨大な魔力の放出が二十一個の的全てを飲み込み、瞬く間に蒸発させてしまう。これを演習場の外で撃ったら山脈をもえぐるだろう。リョウもこのぐらいの火力は引き出せるが、相応の消耗を余儀なくされる。
だがニーナから感じる魔力は、いささかも衰えていない。これほどの一撃を放ちながら消耗をしないとは末恐ろしい。だが魔力の細かい制御に関してはまだまだだ。
「ま、あとは出力調整を覚えていくところからだな」
「めんどくさい。こんな世界滅べばいいのに」
「些細なことで世界滅ぼすんじゃねぇ。性格のほうも鍛え直すぞ」
リョウは、ニーナの額を人差し指でぺちんと弾いた。
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