第8話 忠誠心100

「それでドンは好きな食べ物とかありますか?」


 ピットとのひと騒動の後、俺とカノは屋台などが連なる商店街へ来ていた。どれも粗末な店構えながら焼きたての串焼きやパン、さらに麺料理なんかも売られている。


「食に好みはない。腹に入るものならなんだっていい」


「エリートなのに案外庶民派なんですね。じゃあサニの好物のホロ肉入りのパンでも買って帰りますか」


 そういって屋台の親父に注文し銅貨を払おうとするカノの手を止めた。

「ここは俺が払う。それから親父、そこの分厚い獣焼きを追加で三つ貰おうか」


「おっ見慣れねぇ顔だが景気がいいねぇ。全部で銀貨一枚だけど大丈夫かい?」


 黙って腰につけた皮袋から銀貨一枚取り出して渡すと、ほくほく顔になった屋台の親父はパンとよく焼けた肉の塊を紙に包む。


「あの私たちの分はちゃんと払いますよ。えっと銀貨一枚は銅貨十枚だから三分の二はっと……」


「いいって。一晩泊めてもらった宿代だよ。それくらいはお礼をさせてくれ……」


 そう言いかけたところで、聖騎士時代の習慣で、勝手に体が動いていた。屋台に並ぶ串焼きを金を払わずそのまま立ち去ろうとした少年の手首を反射的に掴んでしまったのだ。


 少年は驚いたような顔で俺をみた。そして、串焼きを手早く盗んで行こうとしたのは先ほど話題に上がった異端者のセネカだ。近くで見るとセネカは他の街の住人と同じように痩せ細っていて、とても凶悪な異端者には思えない。


 まるで昔の自分を見ているようで、咎める気も無くなってしまった。


「掴んでしまって悪かったな」


 手首を離すと、セネカは何も言わずに串焼きを持ったままそそくさと走って行ってしまった。やれやれと心でため息を吐いてから、俺は銀貨一枚を取り出した。


「親父、そのピット酒とやらを一本追加で。釣りはいらない」




「カノ、これって本物?」

 テーブルに並ぶ、屋台で買ってきた料理を見てサニは目を丸くした。


「サニ、本物だよ。でもドン、本当に私たちも食べていいんですか?」


「口からよだれをたらすお前らを前にして独り占めなんてできないよ。ほら、早く食べろよ。冷めてしまうぞ」


 姉妹のエルフは「「いただきます!」」と大きな声を挙げたかと思うと、勢いよく肉やパンを頬張りはじめた。美味しい美味しいといいながら嬉しそうに食べる二人を見ているとなぜだかこっちまで粗末な屋台飯が極上の料理に感じるから不思議だ。まぁ実際に味は悪くはない。


「それで闇ギルドの件なんだが」


 食事中、俺がそう切り出すと二人の手が止まり、真剣な眼差しでこちらを食い入るように見つめた。


 カノは言った。

「やっぱり、強引な話ですよね。私、聖騎士出身の方と知り合いになれるなんて夢にも思っていなかったので舞い上がってしまって。明日の朝、起きた頃にはレオンさんがいなくなってしまっていても私たち泣いたりはしませんから」


 そう話すくせにカノとサニの目にはみるみる涙が溜まっていく。


「いやいや、違う。そういう話じゃない。俺はカノの覚悟を知りたいんだ。本当にギルドをやっていくつもりなのかどうかを」


 カノは一瞬、驚いたような顔をしてから、姿勢をピンと伸ばした。


「もちろん本気です。普通に生きてたら異端スキル持ちのエルフなんて将来性なしですし、私だって何か成し遂げてみたいんです」


「つまり功名心のためだと」


「それももちろんあります。でも一番はこの街のためです」


「この街のため?」


「ドンも今日見たでしょう?敗者の街区はどの闇ギルドの縄張りでもなければ、聖騎士団にも見捨てられた忌地。太っちょピットのような男が幅を利かせているのも、この街に秩序を司る組織がないからなんです!」


「つまり、この街の人たちから依頼を受け、人助けをし、さらには治安を守る、そんな組織が必要だとカノは考えているわけだな」


 カノは頷いた。


 俺は一度頭を振った。俺もそろそろ現実を受け入れなければならないようだ。

「知っての通り、俺も今や異端者。騎士団に戻ることは不可能だし、冒険者にだってなれない。まだ心から納得したわけじゃないが、おそらくお前らに会ったのも運命というやつなんだろう。わかったよ。闇ギルドの件、引き受けることにしよう」


 カノとサニは大きな声を上げる。

「「今度の今度こそファミリーになってくれるの!?」」


「ああ、よろしく頼む」


 サニは言った。

「カノ、じゃあドンにあれをしなきゃ。お手手にするやつ」


「うん。ドンの気が変わらないうちに!」


 サニとカノは改まった顔をして俺の前で片膝を地面につけて、声を合わせた。


「「私たちの命は今この瞬間からレオン・シュタイン様に預け、絶対の忠誠を誓います」」


「いや、そんなかしこまらなくてもいい。上下関係があるってわけじゃないんだし」


「ダメです、ドン、こういうのはちゃんと流儀に基づかないと。ドン、私たちの前に手を差し出してください」


 真剣な二人の態度におされつつ手を差し出す。


 カノとサニは手をとり、少しもためらう様子もなく、俺の手の甲に柔らかな唇を当てた。エルフの少女二人にこんなことをされてかなり気恥ずかしいが、これは闇ギルドでドンに忠誠を誓う時の作法だというのは俺も知っていた。


 次の瞬間、部屋に緑の光がパッと広がった。


 みると俺の左肩に光が灯っている。これは騎士団時代によく見てきた光景。確か、スキルが解放された時に起きるスキルの芽吹きと呼ばれる現象だ。そして頭に古代言語が響く。


「スキル解放条件 異端者の忠誠達成」

「スキル 王の威光解放 異端者を引き寄せ、忠誠心を集めることが可能」

「スキル 王の慧眼解放 忠誠を誓う異端者の鑑定可能」


 その言葉とともにカノの頭上に浮かんでいた文字を囲んでいた靄のようなものが晴れていく。靄が完全に消えると視界にははっきりと古代文字が姿を現した。


 カノ・レインウッド 

 種族:エルフ 

 異端スキル: 鷹眼の盗み手 

 サブスキル:索敵 忍び 解錠 

 隠れスキル:シャドーウォーク サイレントボイス


 まさかの異端者鑑定能力の解放に俺は思わず息を呑んだ。このほかにも体力、俊敏性、腕力など身体能力を表すステータスが並ぶ。

 そして一番最後に浮かぶ古代文字を読んで俺はしばし絶句した。


 忠誠心:100 (王命により性交 婚姻 奴隷化 可能)



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