第6話 もう一つの顔

 スキルが発現し、一晩がたった今でも俺は現実を受け入れることができない。


 昨日までは心のどこかでセシルと直接話せば騎士団に戻れるかもしれないなんて希望を俺は抱いていた。あの臣下の妻や娘に次々と手をだす寝取り好きのレイモンド王子の前で下着姿になり、淫らな格好をするセシルの映し絵だって信じきれてなかった。

 二人で話せば全て解決する、そんな希望は俺に異端スキルが発現したことで潰えてしまった。


「そもそもなんなんだ、このわけの分からないスキルは……」


 鏡に映る、自分のものとは思えない凶悪顔を見ながら俺はそう呟くしかなかった。


「レオンさん、すごいよ! まるで別人みたい!」


 すっかり打ち解けたエルフの姉妹であるカノやサニはそう言うけど、俺が望んでいたスキルはこんなのじゃない。剣聖や剣豪とまで行かないまでも、武人として役に立つスキルが発現して欲しかったのに。


 スキルは神の恩寵とみなされ、何百年も前に神学者によって体系化されているので、発現すればどんな能力なのかはすぐに分かる。スキル学は聖騎士団入団試験の必須の科目なので、元騎士の俺は全てのスキルを諳んじることだってできるくらいだ。


 ただ社会に災厄をもたらすとされる異端スキルは別だ。幾人もの神学者が異端スキルの比較分類を試みたが、そもそも普通のスキルと違って鑑定する方法すら見つかっていない。


 だから「異端者の王」スキルはどんなものかと半分期待もしていたのだけど、剣の技術に変化は見られなかった。


 ただ一つ能力と呼べそうなものは異端者の王スキルと一緒に習得した「裏の顔」と言うサブスキル。


 このスキルは発動すると顔をまるっきり変えることができるメタモルフォーゼ系の能力。ただし変身の自由はなく一時的に強面の男になることができるという使い道に困る能力だ。


「結構使える能力だと思いますけどね。だって、顔を変えられるなんて、騎士団から追われている時とか便利ですよ」


 カノはそうあっけらかんと言った。

「それにレオンさんはこれから闇ギルドのドンをやっていくんですから、異端スキルくらい持ってないと箔が付かないですよ」


「だからドンになるとは一度も了承していない!」


 俺の拒絶を完全に無視してカノは続けた。

「あと、まだレオンさんのスキルはほぼ無垢の状態。これからスキルの解放が起きますから」


「スキルの解放か」


 よくスキルは一本の樹木に例えられる。最初に発現したベーススキルが木の幹ならサブスキルは枝葉。所有者の生き方次第で、緑が生い茂る立派な大木のような強力な能力に成長することもある。そういえばセシルの聖女スキルは異端者を異端審問にかけるたびに解放されていったっけ。しかしベーススキルである異端者の王の具体的な能力が分からなければ解放条件なんかも見当がつかない。


「それで、レオンさん。名前はどうしますか?」


「名前?」


「ほら、これから闇ギルドのドンとしてやっていくんですから元聖騎士のレオンさんの本名を通り名として使っては弊害があるかと」


「だからドンなんてやるつもりは……」


 そう言いかけたところでカノの言うことも一理あると思い直す。騎士団に追われている立場でもあるわけだし、外に出る時は顔を変え、別の名前を名乗った方がいいだろう。


「そうは言ってもなんと名乗っていいものだろうか……」


 自分の名前を考えることほど奇妙なことはない。気取った名前を名乗りたくもないし、どうしたものかと考えていると、不意に奇妙なことに気づく。


 そういえば、ずっとカノの頭上に文字のようなものが浮かんでいるのだ。古代文字のように見えるが何か靄のようなものがかかっていて読む解くことができない。目を一度擦ってみるが錯覚ではないらしい。


「レオンさん、どうしたんですか?」


「いや、なんでもない」


 少し打ち解けたとはいえ、いきなり君の頭上に文字のようものが浮かんでいる、なんて言われたら気味が悪いに違いない。


 これは異端者の王スキルと関係しているのか?もし万が一、異端スキルを鑑定できる能力でも解放したら、長く続く神学論争がひっくり返るような偉業につながるが、流石にそれはないか。


「まっ考えていても仕方がない。それより腹が減ったから街を案内してくれないか? この街についてはほとんど知らなくてな」


「もちろんです! 食料の調達がてら私たちの拠点、敗者の街区を案内します。貧しい街ですが案外面白いところですよ!」

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