第5話 青天の霹靂(セシル視点)

 王都を出て二週間以上が経つ。レイモンド王子から命を受け、王都から遠く離れたオルレアン伯領に訪れ、二人の異端者を異端審問にかけた。異端者といえどそれほど害がないような農民で、聖騎士団長である私がわざわざ赴くまでもなく、地方の異端審問官に任せておけばいいようなケースだった。何日もかけてわざわざこんなところまで来たのに、なんの成果もあげずに帰還することになったわけだ。


 王都で闇ギルドの抗争が激化している中、こんな瑣末な仕事をレイモンド王子に命じられたのは疑問でしかない。王都に帰ればさらに多くの仕事が待ち構えているだろう。何より一つの悩みの種が頭をぐるぐると巡る。馬に跨りながら、私はため息をひとつついた。


(なんで、あんなこと言っちゃったんだろ)


 頭を巡るのは出立の日にしたレオンとの口論だ。レオンが私との関係に不満を漏らしているという噂を鵜呑みにして、ついつい「能無し」「私の前から消えて欲しい」なんて酷い言葉を口にしてしまった。


 スキルが発現していないことをレオンが気にしているのは誰よりも知っているのに、ストレスがたまっているせいで、ここのところレオンに対してあたりが強くなってしまう。レオンは優しいからいつでも許してくれるけど、今回はどうしてだか心に引っ掛かる。


(変な夢を見たからいけないのよ。レオンには手紙も送ったんだからなんの心配もないはずなのに)


 そう、王都を出てすぐに、私は嫌な夢を見た。レオンが聖騎士団を追放されるという現実では起きるはずがない夢だったが、目を覚ますとすぐに私は筆をとった。私にしては珍しくレオンに謝罪の言葉を認め、手紙をミネルバの足にくくりつけた。ミネルバは賢い伝書鳥で、確実に手紙を王都まで送り届けてくれる。そろそろ、レオンから返信の手紙が届いてもおかしくはないのだけど。


 手紙が帰ってこない間、どうしてか悪い事ばかり考えてしまう。それも全て夢のせいだ。夢でみたレオンはひどく悲しそうにしていた。現実のレオンは正義を愛する真っ直ぐな人。それなのに夢の中のレオンは追放されただけじゃなく、何かの異端スキルを発現していた。それも異端審問にかければ確実に火焙りにしなければならないくらいの凶悪な異端者。


 彼は激しく葛藤していた。異端者として生きるべきか、もしくは正義を貫いて命を絶つべきかと。最後に彼は全てを捨てることを選んだ。正義、聖騎士団、それから幼馴染の私、全てを捨てて異端者として生きることを選んだのだ。


 全く、馬鹿げた夢だ。あの善良で優しいレオンが異端者になるわけがないのに。そんなことを考えながら馬を進めていると、ミネルバの美しい鳴き声がかすかに聞こえた。天に目を向けると翼を広げて飛翔するミネルバ。足には書簡が巻きつけられている。高鳴る心臓を必死に抑えて、ミネルバが肩に止まるのを待った。


 レオンはいつだって私に優しいから、柔らかな言葉で私を許してくれるだろう。この陰鬱な帰路を心弾むものにしてくれるに違いない。しかし、手紙には想像もしていないことが記されていた。



 馬が静かに街道を進んでいる間、頭の中が真っ白になっていた。手紙を送りつけてきたのはレオンではなかった。私が不在の間、王都を守る副団長のナダエルだ。そして、これはどういうことなの。


 ナダエル曰く、レオン・シュタインは本人の希望により王都聖騎士団を退団。荷物をまとめて私の屋敷から去り、行き先は不明。私との関係も解消するとの言付けを残す。


 私の暴言が彼を傷つけたの?それとも、まさか、あの日のレイモンド王子との一件がレオンに知れたというの?


「総員に告ぐ! 全速力で王都に帰還! 十日、いや五日で帰るわよ!」


 レオン、嘘でしょう。家に帰ったら、いつものように笑顔で迎えてくれるよね。だって、今までずっと二人でどんなことも乗り越えてきたじゃない。

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