第4話 異端スキル

 闇ギルドの本部に出入りするような連中は王都の貴族にも負けないくらい贅沢な生活をしていると聞く。反対にカノに連れてこられた建物は外からの見た目同様、みすぼらしいボロ屋敷だった。部屋は何部屋かあるらしいが、床は朽ち、蜘蛛の巣がかかっている。


 そして闇ギルド「ミチーノファミリー」のメンバーとして紹介されたのは、カノよりさらに年の若いエルフの少女だけ。流石に他にもファミリーがいるだろうが、とてもギルドの程をなしているように見えない。


「サニ! 聞いて! すっごい大物を見つけてきました! なんと! ここにおられるのは全王都民の憧れと言っても過言ではないあの聖騎士団に所属していたレオン・シュタインさんです!」


「カノ、本当? このお兄ちゃん聖騎士団にいたの?」サニという名の小さなエルフは目を輝かせて言った。


「それが本当なの。そのせいで、今日は本当に大変だったんだから。ねぇ、レオンさん?」


「あ、ああ。それは間違いないが、俺はこんなグループに加入するなんて一言も言ってないからな」


「公認ギルドの所属を拒否されているのにどこに行くつもりですか?」


「旅だよ、旅。辺境に行けば、聖騎士団とも関係のないギルドはいくつもあるだろう。そこで冒険者として暮らすさ」


「あーあ、それはいわゆる都落ちってやつですね」


 そう言われると言葉もない。


「それに聖騎士団とトラブルを抱えたまま王都を離れるのはレオンさんの経歴に傷が付きますよ」


 騎士団がとった行動は半信半疑だったが、索敵スキルを持つというカノの話は聞くに値する。

「なぁカノ。俺が騎士団から見張られていたというのは本当なのか?」


「もちろん本当ですよ! なぜなら私、それなりにすごい子なんですから!」


 自信ありげにカノは腕をまくった。カノのほっそりとした腕に刻まれたスキルの名を見て俺は目を見開いた。


 カノの腕に刻まれたスキル名は「鷹眼ようがんの盗み手」


「カノ、このスキルって」


「そうです! 普通のスキルではなく異端スキルです!」


「ということは君は……」


「はい、異端者です!」


 そう元気よく話すカノを前にして俺は頭をかかえるしかない。


 一般的なスキルが神の恩寵として見なされる一方で、社会に災厄をもたらすとされるスキルが存在する。それは異端スキルと呼ばれ、ごく稀に発現し、その能力もかなりイレギュラーなものだ。一般的なスキルは数百年前に神学者が全て体系化したので、どんな能力なのかはすぐにわかるのだが、異端スキルは発現するその人固有のスキルという特性があることから、幾人もの神学者が比較分類を試みたが、全て徒労に終わっている。


 そして、異端スキルを発現させた異端者を捕縛することは聖騎士の重要な仕事の一つでもあるのだ。


「よく元聖騎士の前でそんな身分明かせるよな。聖騎士団に捕まれば異端審問にかけられ、死罪になることだってあるんだぞ」


「レオンさんはもう聖騎士じゃないから大丈夫かなと思って」


「いやいや、そういう問題じゃないだろ」


 呆れていると、妹のサニが俺の左腕をギュッと抱きしめた。

「えっと、レオンさんのスキルを教えて欲しい! 聖騎士団に所属していたくらいなんだからすごいスキルもってるんでしょ!」


 全く子供ってのは案外的確に人の痛いところをついてくる。「俺はなんのスキルも持っていない」


 カノとサニはキョトンとした顔で俺をみた。カノが尋ねた。「レオンさん、年齢は?」


「歳は十九。それなのに今だにスキルが発現していないんだよ」


 隠していても仕方がない。俺は正直に言って、腕をまくって見せた。この忌々しいまっさらな腕が騎士団を追われた理由でもある。


 スキルは遅くとも一六までに誰しも発現する。特に人生において重要な場面でスキルが発現する場合が多い。原理は不明だが、スキルの発現は人の運命と呼応していると考える神学者もいる。セシルも叙任式の日に聖女スキルが発現したが、聖騎士団に入団するという人生において重大なタイミングでスキルが発現するのはごくごく自然なことだ。

 

 だが、俺は何のスキルも発現しなかった。入団した時の能力は断トツでトップだったのに、次々とスキルを発現し出世していく同期に置いてきぼりにされるしかなかった。その間も人一倍努力を重ね、剣術にしたって上級騎士に引けを取らない自信があるが、周りの人間がヒソヒソと「才能なしの努力バカ」と俺を嘲笑していたのはよく知っている。そんな俺を幼馴染のセシルはいつも庇ってくれていたけど、いつからかセシル自身も俺を馬鹿にするようになり、最後はどうしようも無い凡人との烙印を押されてしまった。


「というわけで騎士団に所属してはいたが、能無しだってことだ。まぁそこらの冒険者よりは腕が立つ自信はあるけどな」


「でもそれって、未完の大器っていうことでもありますよね」


「俺もそんな甘いことを考えていた時期があったよ。なにかすごいスキルが発現して、周りを見返すことができたらなってな。まぁいい、とりあえずミチーノファミリーなる闇ギルドの話だけでも聞かせてもらおうか」


 俺がそういうとカノとサニは「ファミリーになってくれるの!」歓声をあげた。


「いやいや、一度話を聞いてから加入するかどうか判断させてもらう。それで、この闇ギルドのドンや他のファミリーはどこだ?何かの依頼でもこなしているのか?」


 カノは気まずそうな表情を浮かべた。「えっと、言いづらいのですが、ファミリーは今の所この三人です!もちろんこれからもリクルート頑張るんで安心してください!」


「はぁ?」


「それから、押し付けがましいんですが、この闇ギルドミチーノファミリーのドンは、元聖騎士のエリートであるレオンさんが是非!」


「いやいや、何言ってんだよ」


 ファミリーはこの三人?そして挙げ句の果てには俺がファミリーのドンだと?やっぱりただの子供の遊びじゃないか。


 流石に断ろうそう思っていたその時、カノとサニが声をあげた。

「レオンさん、腕!」


 二人の視線の先に目を向け、左腕から放たれる爛々とした緑の光を見た後もなんの言葉も出てこなかった。


「レオンさん、スキルの発現ですよ!」


「あ、ああ。そのようだな」


 なんでよりによってこのタイミングなんだ。騎士団にいた時はどんなに待ち望んでもなんのスキルも発現しなかったのに、追放され、元同僚に捕まりそうになって、さらには訳のわからない自称闇ギルドに勧誘されているときにその時が来るなんて。これが俺の運命とでも言うのか?


 戸惑っているうちに、俺の腕に灯る光は秒を追うごとに強くなった。閃光のようなまばゆい光が視界を覆い、目も開けられないほどだ。


 何が起きている?普通、こんなに強い光は灯らない。まるであの時、セシルに聖女スキルが発現した時のようだ。今発現しようとしているのは普通のスキルじゃないのか?


 光が収まると、俺は恐る恐る左肩に生まれた古代文字を読み取り、言葉を失った。


 俺が発現したスキル名は「異端者の王」


 どんな能力なのか見当もつかないが、これが異端スキルであることは疑う余地のないことだった。

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