第3話 闇ギルド

 王都中に警鐘が鳴り響いていた。この都で聖騎士団から逃げるのは容易なことではない。いくら走っても背中には聖騎士が二人ぴったりと張り付いている。


 刹那に宿った気持ちが冷めると、段々と自分の置かれた状況を理解し始める。なぜ俺は騎士団から逃げている?正義を司る聖騎士団から逃げるなんてまるで罪を認めたようなものじゃないか。何より俺のせいで一般の市民に罪を着せることになっている。


「おい! 君! 手を離せ! あとは俺一人でなんとかする! 君はどこか隠れていたほうがいい!」


「大丈夫ですって、もうすこしでまけますから!」


「このままだと君にまで迷惑をかけてしまうんだぞ!」


「こんなのは迷惑のうちに入りませんよ!」


 若い女エルフは王都育ちの俺でさえ知らないような小さな路地まで把握していた。迷路のように入り組む職人通りから、活気のある商人街、人が一人なんとか通れるような小道を女は颯爽と走って行った。


 ただ相手は天下の聖騎士団だ。頭上には騎士団が放った鷹が飛翔し、俺たちを追尾しながら、鳴き声で居場所を知らせている。緊急警備体制が敷かれたようで追っ手の騎士の数が瞬く間に増えているのもありありとわかった。


 エルフは声を上げた

「さらにスピード上げますよ!」


 その言葉と共にエルフの走る速度がグッと上がり、高い壁を一息で飛び越える。そしてまた狭い路地裏に入り、スピードがまた上がる。走るごと、通りを曲がるごとに騎士達の気配が遠のいていくが、俺たちは無言で走り続けた。


 どれだけ走ったのだろう。気づくと、王都の中心から遠く離れた寂れた地域に俺たちは足を踏み込んでいた。粗末な建物が並ぶこの街は確か、敗者の街区と呼ばれるスラム地域だ。息を吸うだけで肺が病むとも言われる忌地で、普通の王都の住民が訪れることはまずない。


 俺とエルフは足を止め、大きく息を吐いた。辺りを見回すが、騎士の姿は完全に消えていた。


「うまく撒けたみたいですね」

 女エルフはそう言って満足げに笑った。「それにしても、騎士団を辞めた上に、冒険者としてギルドに登録もできない、さらにはこんな面倒なことに巻き込まれるって何があったんですか? 人生最低の状況じゃないですか」


「それは俺が聞きたいくらいだ。っていうかなぜ、君はそんなに俺のことを知ってるんだ」


 女エルフはわざとらしく頭をポリポリとかいた。「だから、ギルドで登録を断られているのを見聞きしたんですよ。ずっとそばにいたのに気づきませんでしたか?」


 このエルフがずっとそばにいたなんて少しも気づかなかった。


「まぁ無理もないか。私の持つスキルは索敵アーンド尾行系なんで」


 なるほど索敵や尾行スキルの持ち主か。それなら一連の行動に納得する。人に気づかれないよう尾行し、街を素早く移動するにはうってつけのスキルだ。


 なんにせよ、この女エルフがずっとそばにいてくれていたのなら話は早い。

「なぁ名前も知らないのにこんなことを頼むのも気がひけるのだが君は知ってるだろ? 俺があの女になにもしていないことを。騎士団に証言して冤罪を晴らしてもらえると助かるのだが」


 女エルフは首を振った。

「多分、ダメですよ。事情はわかりませんが、騎士団はレオンさんのことを端からはめる気満々でしたから」


「端からはめる気満々?」


「なーんか朝から、騎士団の巡回の動きが違ってたんですよね。凱旋広場なんか、ありえないくらいたくさんの騎士がレオンさんのことを見張っていたんですよ。多分、彼らはトラブルがあったら見逃せないレオンさんの性格を知ってて、機会を伺っていたんですよ」


 俺の性格を知っていて機会を伺っていた?一体何のために騎士団がそんなことをする必要があるのだ。


「でも捨てる神あれば拾う神あり。レオンさん、私に会えて幸運でしたよ。どこにも行き場のないレオンさん向けのうってつけのギルドがあるんです」


「バカ言え。公認ギルド全てに断られたんだ。そのほかのギルドといえば、闇ギルドくらいなもんだ」


 闇ギルドとは、公認ギルドが取り扱えないような文字通り闇の仕事を取り仕切るギルドのことだ。売春街の管理からドラッグの流通、はたまた要人の暗殺といった汚い仕事を引き受けている、いわば王都の裏の側面だ。王都には公認ギルドと同じように三つの闇ギルドがあって、それぞれのファミリーは互いに反目しあっている。ギルド間の抗争はここのところ激しさを極めていて、騎士団が神経を尖らせているのも主にこれが原因だった。


「まさに、その通りです。私はとある闇ギルドに所属するカノと申します。率直に言います。レオン・シュタインさん、あなたをスカウトしたいのです」


 思わず笑ってしまった。

「おいおいおい、君みたいな子供が闇ギルドに関係しているとも思えないし。闇ギルド関連者だったら見ず知らずの俺なんかをスカウトするわけないだろ」


 闇ギルドのファミリーに入るのはそれ相応に信用されないといけないとされる。特に俺みたいな王都聖騎士団に所属していた表の人間なんかはまず信用に値しない。


「もちろん、三大闇ギルドなら、そうでしょう。でも私のファミリーは最も歴史の古い4つ目の闇ギルド、諸事情あってファミリーへの加入条件がゆるゆるなのです」


 最も歴史の古い4つ目の闇ギルド?そんな話聞いたことない。


「案内しましょう。私たちの本部に」

 当惑する俺をよそにカノはそう言ってみすぼらしい建物に入って行った。

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