第2話 冤罪

「申し訳ありません。レオン・シュタイン様を当ギルドに加入させることはできないとギルド長にいわれまして」


 騎士団の駐屯地を去った後に訪れた三軒目の公認ギルドでもそう告げられた。


「現役世代の元聖騎士なんて経歴は珍しいので本来ならば是非とも加入して欲しいのですが……本当に申し訳ありません」


 決してスキルがないことや、能力が足りなかった理由で断られたわけじゃないのは、ギルド加入にあたって受けた試験の結果からも明らかだった。


 試験内容はギルドメンバーの冒険者と一対一の立ち合い。元聖騎士という経歴もあってか、いきなりA級冒険者の槍使いと対峙することになったが、難なく圧倒してしまった。


 見物していた他の冒険者は目を丸くしていたけども、結果は不合格。受付嬢に理由を聞いても、お答えできませんと平身低頭謝るばかりだった。


 まぁ理由はある程度想像がつく。俺はレイモンド王子から目をつけられているらしいし、なんらかの圧力が働き、ギルドから締め出されてしまったのだろう。


 小さい頃から武芸一筋で生きてきた自分が稼げるとしたら公認ギルドに登録して冒険者になるのが必須。王都では公認ギルドを通さず、ダンジョンに潜ることは罪とされている。つまり、俺はすでに稼ぐ手段の大方を取り上げられたようなものだった。




 ギルドを出た後、王都でも一際賑やかな凱旋広場で俺は呆然と立ち尽くした。まるで昔に戻ってしまったみたいだ。


 俺は聖騎士団試験に合格するまで俺は路上で暮らしてきた孤児だった。家も親もなく、ただただ物乞いをしたり、時には盗みを働いて食い繋ぐ生活。努力を重ねて、聖騎士団入団試験に合格し、やっとあの生活を抜け出せたと思っていたのに、また振り出しに戻ってしまったわけだ。


 ぼんやりと賑やかな凱旋広場を眺めていると、こんな時だというのに、職業病というやつだろうか。ふと女と男がトラブルになっているのが目に留まった。服装からして女は僧侶、男らは戦士とシーフといったところか。そのうち戦士は剣を抜いて女を威嚇しはじめるが、通り過ぎる人々は注意を払う様子もない。


 聖騎士を辞めた今となっては自分には関係のないことだが、ずっと警備ばかりしていた癖で、どうしても意識がそちらに向いてしまう。今日の凱旋広場担当は何してるんだよと辺りを見回しても、聖騎士の姿はどこにもなかった。


 ただのパーティー内のいざこざだったらいいが、聖騎士を務めてきた勘で言うと、何か悪いことが起きる、そんな印象がある。


 仕方がない、あの三人がエスカレートしたら仲裁に入ろう。そう思い、争いを遠目に眺めていると肩をトントンと叩かれた。


「あ、あの!」

 緊張した面持ちで話しかけてきたのは見知らぬ若い女エルフだ。

「ギルドで偶然耳にしたのですが、聖騎士団に所属していた元聖騎士って本当ですか!?」


「え? ああ、そうだが」


「えっと、行き先に困っているなら、是非、うちのギルドに入って欲しいのですが!」


 俺はまじまじと女エルフを眺めた。顔立ちのいい若い女エルフだが、それほど豊かな生活を送っているわけではないらしく、痩せ細り、粗末な身なりをしている。冒険者には見えないし、どこかのギルドに所属しているようにも思えない。一応「ギルドの名は?」そう尋ねた時、注意を払っていた三人に動きがあった。男ら二人が僧侶の女を抱えて裏路地の方に歩いてしまったのだ。


「ごめんな、今はちょっと話している暇がない」


「えっ? いや、あの! 待ってください!」


 俺は話しかけてきたエルフを置いて三人の後を追跡した。今は自分の職探しより、トラブルを解消する方が先だ。


 裏路地に入ると凱旋広場の賑やかな声が薄まり、しんとした空気が漂っていた。その静けさに気味の悪い違和感を覚えつつ、路地裏を進んだ。


 しばらく道を進むとうめき声が聞こえる。背中の剣を抜き、路地の角を一気に曲がった。


「大丈夫ですか!」


 地面には血を流して倒れる女の僧侶。着ている僧服と下着は剣で切り刻まれ、大部分の肌が露出している。俺は倒れる僧侶の元に駆けより、自分の腰につけた道具袋からポーションを取り出した。


「これ、飲んでください」


 女は息をしているものの意識が混濁していて、ポーションを飲もうともしない。これはポーションでの応急措置ではなく、ヒーラーによる専門的な治療が必要だ。何かの事件に巻き込まれたわけだし、聖騎士団に通報し、この女の治療を任せるのが最善策だろう。そう考えていると、馴染み深い甲冑の音が聞こえ、俺は安堵した。


 おそらく誰かが通報してくれて、巡回の騎士がやってきたのだ。このまま女を引き渡せば、治療も、その後の捜査も抜かりなく進む。


 続いて現れた聖騎士三人に俺は見たままのことを伝えた。

「それほど時間が経っていないので男たちはまだ近くにいるはずです」


 そう話しながら、またしても俺は違和感を覚えた。騎士たちは倒れる女に眼もくれず、俺を見据えたまま動こうとしないのだ。


「どうしたんです?」


 戸惑っていると、甲冑から重々しい声が響いた。

「なるほど、ナダエル様がおっしゃった通りだ」


「は?」


「お前にスキルが発現しないのは聖騎士としての資質がないからだとナダエル様は言っておられた。その意味が今はっきりとわかったよ。まさか、騎士団を辞めたその日に女に暴行を加えるとはな」


 すぐには言葉が出てこなかった。女に暴行?何を話しているんだ。


「いや、俺は何もしてません。トラブルになった三人を仲裁しようとしただけで」


「言い訳は無用だ。なぜ騎士をやめたお前がトラブルの仲裁をする必要がある。地面に跪け。拘束する」


「待ってくださいよ。本当に俺はなにもしてないんですよ」


「黙れ。この聖騎士団の恥さらしめ。少しでも暴れてみろ、騎士団の名においてお前をこの場で叩き斬る」


 冗談だろ、そう思っていたら目の前の騎士らは突然剣を抜いた。そして剣先をこちらに向け、ジリジリと近づいてくる。


「本当に俺はなにもしてないんです」


「この女が証拠じゃないか。おい、そこの女、お前はこの男に暴行を受けた。そうだな?」


 地面に倒れる女は急に息を吹き返したかのように頷いて答えた。「はい、この男は私を力づくで連れ去り、乱暴しました。抵抗すると、何度も殴りつけてきて……」


 その言葉に頭が真っ白になる。

「俺があなたに乱暴するわけないだろう……」


 女が何か言う前に、騎士が遮った。

「もういい、これ以上の話は後で聞く。早く地面に跪け」


「だから、俺は何もしていないんです」


「次は警告なしで斬るぞ。いますぐ地面に跪け! レオン・シュタイン!」


 様々な出来事が重なり、もう何も考えられなくなっていた。俺は手を挙げたまま地面に膝を付いた。聖騎士の一人が捕縛紐を取り出し、こちらに近づいてくる。

 

 その時、思っても見ないことが起きた。パン!と乾いた破裂音が路地裏に響いたのだ。


 地面には明らかに手作りだと思われる粗末な白煙弾が転がっていて、白い煙をあげている。そして次々と同様の白煙弾が路地裏に投げ込まれ、みるみると辺りの視界が曇っていった。


 聖騎士たちも突然の事態に辺りを見回すしかできない。


 状況を読めないでいると、突然、手をぐいっと引っ張られた。煙の中、手を握るのは先ほど話しかけてきた若い女エルフだ。


「事情は知りませんが、レオンさん、ここは逃げた方が無難かと」


 王都で聖騎士団から逃げることなんてできるわけがない。そんなことは誰より一番よく知っているはずなのに、気がつくと俺はエルフに手を引かれるまま路地裏を全速力で走り始めていた。

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