王子と寝た幼馴染の聖女が裏社会トップの俺を探しているらしい
みつばち架空
一章
第1話 全てを失った無能の俺
俺には二つの誇りがあった。
一つは王都の治安を守り、凶悪な異端者たちを取り締まる誉れ高い王都聖騎士団に所属する者だけに与えられる白金の甲冑。
そしてもう一つは俺の幼馴染であり、聖騎士団の団長でもある、聖女セシル・ウェイブ。
まさかそのかけがえのない二つの誇りが同時に自分の手から離れてしまうとは考えてもいなかった。
ナダエル副騎士団長から呼びつけられた時から何か悪い予感がしていた。指定された副団長室に赴くと、ナダエルが一人で俺を待ち構えていた。
「第七騎士団所属、レオン・シュタインであります!」
そう言った後も椅子に座るナダエルは何も言わずに俺の顔をじっと見つめたままだ。ようやく言葉を発した時、副団長の頬に笑みらしきものが生まれたのを俺は見逃さなかった。
「レオン・シュタイン。お前は聖騎士団団長である聖女セシル様と古い馴染みだそうだな」
「はい。幼少の頃からの知り合いであります」
「お前と聖女セシル様が密かに恋仲にあるという噂を耳にしたが、それは本当かね?」
それはYESかNOで答えられる質問ではなかったので俺は思わず言い淀む。当然、聖騎士は入団する際、純潔の契りという誓いを立てなければならない。これはすなわち騎士でいる間、色恋に関わらないという誓い。もちろん俺とセシルもまた叙任式の日にその誓いを立てている。
ただ俺はセシルから騎士としての奉職の任が解かれた暁には結婚してほしいと直接言われ、それを承諾しているという関係性。嘘はつきたくないが、どう答えていいのかもわからなかった。
ナダエルはテーブルに置かれた紙に目を向け、違う質問を口にした。
「レオン・シュタイン、お前の歳は幾つになる?」
「数えで十九であります」
「いまだに能力が発現していないという話を聞いたがそれは本当かね」
「はい、事実であります」
ナダエルは俺の答えに鼻で笑った。「つまり能無しというわけだな」
それに関しては否定しようがなかった。
セシルの聖女スキルと言わないまでも、十六歳までには誰にでも何らかのスキルが発現するのがこの世の理だ。神のご加護とも呼ばれるスキルの発現は人の能力を格段に飛躍させ、左腕にスキル名が刻まれて初めて人は一人前の大人と見なされるのだ。
反対にスキルを発現しない者は無能として軽蔑されるのもまたこの世の理。十九になってもスキルが発現していない俺は、いまだに新人が担当するような警備の仕事しか与えてもらっていない。
「知っての通り我々聖騎士団は国全体の優れた人物が集まるエリート集団。なぜ、お前のような能無しが白金の甲冑に身を納めているか私は甚だ疑問なのだよ。これはセシル様の配慮が働いているとみていいのかな?」
「確かに能無しではありますが、任された仕事は抜かりなく全うしているつもりであります」
その時にこやかだったナダエルの表情が一変し、テーブルを拳で叩きつけた。
「質問したことだけに答えろ、この無能が。お前は今自分が置かれている状況がわかっていないようだな」
副団長は胸ポケットから一枚の映し絵を取り出した。
「これは本来ならお前のようなものに見せてはならないものなのだが、王子が直々にお前には現実を理解してもらわないと言うのでな」
王子が直々に?なんのことだろうと思いながら、ナダエルから映し絵を受け取る。
城にはいくつもの空間記憶型の魔導機が設置されていて、離れた場所から映像を視認し警護にあたっている。この映し絵はその映像が保存されたものだ。
映し絵に映るのは明らかに王族が使うものだと思われる豪奢なベッドが置かれた寝室。そして次に現れたのは王位継承権一位であるレイモンド王子だ。彼が手を引くのは下着姿、そして腰までかかる美しい金色の髪を持つ女性。その姿を見て心臓の鼓動が速くなる。レイモンド王子に誘われてベッドに四つん這いになるのは俺の幼馴染のセシル・ウェイブだったのだ。
レイモンド王子の手が幼馴染の下半身に向かって行った時、映像は終わり、映し絵は真っ黒となった。
「見ての通り、そこに写ってたのはレイモンド王子とセシル様。二人はお前が見たままの関係だ。レイモンド王子は聖女であるセシル様にお世継ぎを身ごもってほしいとお考えのようだ」
「待ってください!セシルは聖騎士団団長。純潔の契りを守る必要があるはず!」
ナダエルは俺の疑問を一笑にふした。
「全く馬鹿なやつだ。そんな形骸化した誓いを守る騎士はそうはおらんぞ。それに相手はレイモンド王子。セシル様も求められたら拒めるわけもなかろうに。私は続きの映像を見たが、失神するまで声を上げる聖女様は実に見ものだったぞ」
俺はナダエルのそのあけすけな物言いに唖然としてしまった。
「そしてレイモンド王子はお前の噂を耳にして聖騎士団に深い憂慮を伝えてきたのだ。将来皇后になるセシル様に傷があってはならないからな。すぐさまお前を聖騎士団から追放しろとのことだ。もちろん聖騎士団としても無能のお前を庇う理由はない」
「セシル、そのセシル騎士団長はなんと言っているのです!」
ナダエルは胸ポケットから今度は便箋を取り出した。「これは遠征中のセシル様から今日届いた手紙だ」
俺は震える手でその手紙を受け取り、広げた。そしてその美しい筆致は間違いなくセシルのものだった。
「追放の方針に異議はなし。ただ、彼の名誉のため自分から退団した形にことを納めてほしい」
ナダエルは俺の前に退団届と書かれた紙を置いた。
「話は以上だ。そこに血判を押し、すぐさま荷物をまとめて騎士団から出ていくように」
セシルが暮らす屋敷に行き、言われた通り、荷物をまとめた。騎士団に所属する騎士は兵舎で暮らすが、団長のセシルは別で、王都から特別に広々とした屋敷を与えられている。そしてセシルからそばにいて欲しいと言われ、下級騎士として彼女の身の回りの世話をしていた俺の荷物も置かれていた。
実はこんなことが起きるのではないかと薄々気が付いてはいた。レイモンド王子がセシルに好意を持っているという噂は聞いていたし、ここ最近、幼馴染は人が変わってしまったように俺を馬鹿にするような言動が増えていた。
極め付けが遠征に赴く前にセシルから受けた叱責だ。
「あなたみたいな無能騎士がいまだに騎士団にいられるのは私のおかげなのに、何が不満なのよ」
そんな言葉でセシルは俺をなじった。不満を言った記憶がないので何も言い返せないでいると「文句があるならなんでもいいからスキルを発現させなさいよ」
「あなたみたいなどうしようもない能無しを見ているとそれだけで腹が立つ。さっさと消えてしまえばいいのに」
そう吐き捨てるように言って、セシルはレイモンド王子の命を受けて遠征に出かけて行った。その激しい罵倒は一時だけの言葉だと思っていたが、今思えばセシルは本気で言っていたのだ。
傷ついていないと言えば嘘になる。でも考えてみればいくら幼馴染であろうと、今や聖女と崇められるセシルと能無しの俺が添い遂げられるなんて信じた自分が馬鹿だったのだ。
それにいつまでもくよくくよしているわけにはいかない。無職となった今、稼げなければ生きてはいけない。もちろん元はつくが、王都のエリート集団である聖騎士の一人。冒険者ギルドに加入し、ダンジョンへ潜れば、生活に困らないほどには稼ぐことができるだろうと気持ちを切り替えるしかなかった。
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